prologue.b
――どうしてこうなった?
その問いはひたすらに私を苛む。
子供たちの無垢な笑顔さえ、私を癒すことはかなわぬ。
私が彼らの笑顔を奪うのだ。
私は人を愛した。
私は人から愛されたかった。
私は殺す。
人を愛するために。
人から愛されるために。
私は決して化け物などと呼ばれたかったわけではなかった。
prologue.b
荒廃した大地に絶え間なく風が吹き、赤茶けた砂埃が低く漂う。
たった一時間前には国有数の都市であったこの街も、目の前の男のせいで一瞬にして朽ち果てた。
私の服は血と泥で、元の色が分からぬほどにぐちゃぐちゃだ。
呼吸をするたび喉が引き攣れ、全身に負った切り傷と火傷が思考を蝕む。
頭ががんがんと鳴ってうるさい。
だが、もう終わりだ。
私は痛む右腕に鞭打って、目前の男に刃を突き付けた。
「私の勝ちだ、フェルマータ」
停滞と衰退をつかさどる神、フェルマータ。
数多の国を戯れに滅ぼしてきた最高位の邪神。
徒に名を呼ぶことすら憚られてきた強き神であるが、もはやフェルマータには術を使うほどの通力は残されておるまい。
術式を扱えぬ神など、多少俊敏な人間と変わらない。
勝敗はもはや決した。
その思いが油断が生んだ。
突如強風が荒野を吹き抜ける。
砂が一斉に舞い上がり、私は反射的に目をかばった。
停滞をつかさどる神。
時を手繰る力をもつフェルマータにとって、一瞬の隙は永遠に等しかっただろう。
視界の戻らぬうちにフェルマータによる術の詠唱が聞こえ、とっさに剣を横薙ぎに振るったものの牽制にもならなかった。
悪あがきもむなしく術は完成し、目も眩むような閃光が私に向かって迸る。
彼につきつけていた右手から急速に術が私を侵食していく。
「くっ、ははははははっ!苦しむが良いよシルヴィア。人を愛せど愛されること無き哀れなトレボロに、永久に解けぬ呪いを進呈しようよ。有難く受け取るが良い」
フェルマータはそう言い捨て、ガラスが割れるような音を立ててその身を灰へと散らした。
「フェルマータァッ!!」
解術を結んだ時には、既に半身が術に侵されていた。
「・・・くそっ」
心なしか力の入りにくくなった右手を握りしめる。
知っている。
これは命を媒介とした禁呪だ。長い時をかけ、真綿で首を絞めるように相手の力を奪っていく。
解術の方法は存在するはずだが、それを知るのは術者のみ。
そして術者はもう存在しない。
その灰すらも風に乗り、飛ばされていく。
術を解く術は失われたに等しい。
だが、解けぬ術をかけられたことよりずっと痛烈であったのはフェルマータの放った言葉だ。
「愛されること無きトレボロか。・・・ははっ」
空笑いに涙がにじんだ。両足から力が抜け、その場にへたり込む。
帰らねばならぬ。
愛する民の待つ祖国へと。
足に力を込める。呪いのせいかうまく立ち上がれない。
・・・果たして民は待っているのだろうか。
近い未来役立たずになる国主など。
愛してもいない国主など。
剣を杖代わりにしてようやく立ち上がったものの、数歩もいかぬうちに転んでしまう。
視界がぼやけ、手の甲に熱い雫がこぼれおちた。
「うるさいんだよ、フェルマータ」
私は力なく呟いた。
――どうしてこうなった?
それはどうしようもなく必然であり。
希望が絶望の海にのまれた時、私はこの世界から逃げ出した。
後期…忙しいです。。
この話もここで入れるべきじゃ無かった気がするんですが。。
あとで修正するかもしれません。
更新遅れに遅れてごめんなさい。