第十二話
アーシェと別れて3日が経った。
王都に近付くにつれて道行く人々の数が増えてきた。
水分補給のために立ち寄った道から少し外れた場所にある水辺でさえ、少し見回せばぽつりぽつりと人が休んでいるのが見える。
「あと半日もあれば王都に着くかな。」
エリアスが手拭いを濡らしながらそう呟いたのを聞いて、シヴァは首をかしげた。
「予定より少し早いですね?」
「うん、少し順調すぎて驚いてる」
絞られた手拭いをエリアスからシヴァは、ありがたくそれを使わせてもらう。
馬での移動は砂埃とともにあるといっても過言ではないので、いつでも体が埃っぽいのだ。
シヴァが手拭いで顔や腕をぬぐっていると、すぐ近くで馬に水を飲ませていた人のよさそうな男が近付いてきた。
「お前さんたち、これから王都に向かうのかい?」
正直に答えていいのかわからずシヴァがエリアスを仰ぐと、彼はシヴァに頷いて見せた。
「はい、王都に向かっています。あなたも王都に行かれるんですか?」
「いや、おれは王都から出てきたところだよ。これから寒くなるからきりきり働かんとね。」
「大変ですね」
そうでもないよ、と男は朗らかな表情で首を振った。
「ところで、道中なんか変わったことはあったかい?盗賊が出たとか」
変わった、と言われても普通の状態がシヴァには分からないので答えに窮する。
盗賊には遭わなかったが、獣には追われたし魔物にも遭遇した。
あれは普通の事なのだろうか?
シヴァが困っているのが分かったのか、エリアスが大丈夫、というようにシヴァの頭を撫でた。
「街道沿いは特に問題なかったよ。少し外れたところに、魔物に襲われた街があったから物資を届ければ歓迎されると思う。」
どうやら男は商人のようで、エリアスの言葉に身を乗り出した。
「ほんとうかい。よかったら地図を描いてくれないかね」
エリアスはそういって差し出された紙と筆記具を受け取り、さらさらと簡単な地図を描いていく。
「そう難しい場所にあるわけじゃないから迷うことはないと思う。ここから4日もあれば着くよ」
「おう、ありがとな!復興地ならすぐ商品がさばけそうだ」
男は地図を丁寧に折りたたんで懐にしまった。
「王都の方は何かなかった?」
「王都はいつでも話題の宝庫だぜ。マニョン侯爵夫人の浮気発覚に皇太子殿下のお妃選び、クイガ伯爵の脱税だとか…ああ、魔道士長突然の失踪とかもあったな」
「そう。…セトルにちゃんと伝えておいたはずなんだけど」
なぜか脱力したようにつぶやいたエリアスを、シヴァは不思議そうに見つめた。
●○●○●
商人の男と別れ、6時間ほど馬を駆り日も沈みかけてきたころ、ようやく王都の門が見えてきた。
高さが5Mはありそうな城壁に、検閲兵が並ぶ大きな門。
夜が近いからか、城門の前に並ぶ人は多く、シヴァ達もその最後尾へと並んだ。
「すごい…」
石造りの城壁の重量感に圧倒されて、シヴァはつばを飲み込んだ。
「魔法が存在しても結界とかで囲うわけではないんですね。」
「結界は効率が悪すぎるからね。シヴァの世界の都市は、こういう造りではないの?」
「城壁っていうのは見たことないです。他の国にはもしかしたら有ったのかもしれませんけど、あちらの世界は魔獣とか居ませんでしたし」
「なんだか平和そうな世界だね」
「あながち、そうも言えないんですけどね」
シヴァが苦笑し、エリアスが問いただそうとしたところで、検閲の順番が回ってきた。
門の両脇に兵が立ち、両端に据えられた机にいかにも文官といった男が一人ずつ座っている。
シヴァ達は空いた左の方の机へと歩み寄った。
「身分を証明できるものがあればご提出願います」
文官は忙しなく手を動かし、シヴァ達が近づいても顔も上げることなく書類へ何事かを書き込んでいる。
検閲なのに人相とか見なくてもいいんだろうか。
「これが僕の身分証明。こっちの子は僕の客人」
「お預かりします。そちらの方はこちらに名前をお書きください」
シヴァは元の世界の名前を書くかべきか数秒悩んだが、結局のところシヴァ=アスカートと書いて台帳を返した。
エリアスが発音しにくいというのなら、シヴァの本名はこちらではあまり一般的な名前ではないのだろう。
「はい、シヴァ=アスカートさんに、エリアス=ザカリアルさんで…ええ!?」
初めて文官が顔を上げた。
エリアスの身分証と顔を見比べ、もう一度ええっ!?と叫ぶ。
「何でこんな所にいるんですか、ザカリアス卿。王都じゃあなたが失踪したって話でもちきりですよ」
「一応言付けていったはずなんだけどね」
「そうなんですか?とりあえず所在が判明してよかったです。塔の方にはこちらから連絡入れておきますので」
「うん、ありがとう。」
シヴァはここにきて、先ほどの商人との会話を思い出す。
もしかしてエリアスさん、彼の言ってた魔道士長ってやつですか。
相変わらずの遅さです。申し訳ありません。