第九話
一頭の馬にエリアスとシヴァが同乗し、もう一頭の馬にアーシェを乗せて(うつぶせて乗せたため、荷物のような扱いになってしまった)一行はアーシェたちの街へと向かった。
○●○●○
その街は道から逸れて、馬で一時間ほどのところに存在していた。
だが、それはもはや街とは言えない有様だった。
「これはひどい」
思わずそう呟いてしまうほどに、街の状態は悲惨であった。
とはいっても街並み自体はそう崩れているわけではない。
せいぜいガラスが割れ、花壇が踏み荒らされているくらいだ。
街を惨憺たらしめているのは、住民たちの表情だった。
何もかも、諦めた表情。空を見て何事かを話しかける者がいれば、突然泣き出す者もいる。
人影はまばらであるのに、街がおかしいのだと理解させられる異常な雰囲気。
歩いているだけでこちらの気分まで悪くなりそうな街を、速足で進んでいく。
「ここが私の家よ」
町の中心にある豪邸を指してそういったアーシェを、シヴァはまじまじと見つめてしまった。
「・・・アーシェも貴族だったんですか?」
噴水まで完備された広大な庭に、数十の部屋を有するであろう白亜の屋敷。
確実に一般庶民の家ではありえない。
「やだ、うちはただの地方領主よ。お貴族様とは次元が違うわ」
ということは、エリアスはさらに大きな家に住んでいるのか。
想像もつかない。
「私たちのところでは土地が非常に高価だったので、個人の家でこれほどの豪邸を見るのは初めてです」
「うふふ、有難う。家令は今いないから、そのまま入って頂戴」
「それじゃ、失礼するね」
この程度のものは見慣れたのものなのか、エリアスはアーシェを背負うとスタスタと屋敷の中へ入っていく。
だだっ広いエントランスホールを抜け、階段を上る。
静かすぎる屋敷に、二人分の足音だけが響きわたる。
「人の気配がありませんね。ご両親は家を離れているんですか?」
シヴァが尋ねるとアーシェは悲しげに首を振った。
「父も母も、もう・・・」
「ごめんなさい。無神経なことを聞いてしまいました」
街がこのような状態なのだから、当然予測して然るべきことだった。
「魔獣は毎夜きっちり10人の人間をさらっていく。二人は私をかばって魔獣の餌食になったの。私が死ねばよかったのにっ」
アーシェが涙ながらにそう叫び、ぐすぐすと泣き出すのを見て、シヴァが慰めの言葉をかけようとした。
だが、それより早くエリアスが首だけ振り返った。
「ごめん、耳元で大声出さないでくれるかな」
しん、と一瞬にして静まり返る階段。
白ける空気。
「・・・エリアス」
「何?」
「後で言いたいことがあります」
「ん、わかった」
その後、長い回廊を歩く中、三者の間に会話はなかった。
○●○●○
「エリアスは少し空気を読むことを覚えた方がいいです」
アーシェをベッドに寝かせ、エリアスとともに治療用具を取りに行く途中、シヴァはそう断言した。
「空気?見えないものをどうやって読むの」
「空気っていうのは雰囲気のことです。雰囲気を読むのは社会人の必須スキルですよ。社会人といわず、最近は子供でもその場の雰囲気を察して小賢しい気遣いをするものです」
「僕だって場を読むことくらいできるよ。たださっきのは、あまりにも白々しかったから」
「たとえそう思っても、あの場はアーシェさんを慰めるのが正解です」
「いい年した大人が、自分より一回りも年下の子に慰めてもらうなんて、その方が哀しい図だと思うけど」
「それでも女性は悲劇のヒロインになりたいことがあるんですよ。たとえ、いい年した大人でも、です」
「へぇ。これからは気を付けるよ。」
「そうしてください。私もあんな風に言われたら傷つきます。」
「シヴァはあんなわざとらしいことはしないでしょ。でも、うん。シヴァが泣いていたら、もし嘘泣きでもちゃんと慰めることにする」
そういったエリアスが笑みを浮かべた気がして、シヴァは彼の顔を凝視した。
だが笑みは一瞬で消え、そこにあるのはいつも通り無表情な顔だった。
「僕の顔に何かついてる?」
「いいえ、きっと見間違いです」
そう、きっと夕日が眩しくて見間違えたのだ。
夜が、来る。
間が開いてしまい申し訳ありません。
この寄り道は、予定外のお話なのでかなり詰めが甘いです。