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短編2

前世の事を思い出した僕の発言で殿下たちが暗躍した

作者: 猫宮蒼
掲載日:2026/08/27



「馬鹿どもを一掃したい」


 殿下がそう言ったのは、別に突然ではなかった。

 突然ではなかったものの、その一言と同時に自分が異世界転生をしている事実に気付いたのは突然だった。

 思っていた以上の情報量に頭痛を感じて思わず頭を押さえたものの、周囲は特に気にした様子はない。何故なら周囲も頭の痛い事態で、各々そんなリアクションをしていたからだ。


 殿下の気持ちもわかる。


 貴族たちが通う学園の治安が最近悪化しているからだ。

 ちなみに殿下はこの学園で生徒会長をしている。

 僕――マルセル・テオドールは生徒会メンバーの一人だ。


「一掃、と言われても具体的にどのような?」


 そう言ったのは同じく生徒会メンバーにして殿下の側近でもあるトマスだ。

 物理的に一掃できればいいけれど、話はそう簡単なものではない。


 毎年聞く話だが、学園に入学すると今までと違って人間関係が広がる者が多い。

 そうでなくとも地方の領地から王都へやってくる者たちからすると、都会の空気に浮かれてしまいがちだ。

 そこに更に増える知り合い。

 友人が増えるだけならまだしも、中には恋に落ちる者もいる。


 学園側も恋愛に関して口を挟むつもりはないが、しかし婚約者がいる場合は話が別だ。

 やれ不貞だ浮気だと揉めて泥沼になった挙句、あの可愛げのない婚約者が愛しいハニーを虐めただのどうだのと、浮気を棚に上げてのたまう馬鹿や婚約なんて本人同士の契約ではなく家の契約にもなってるのだから正規の手順を踏めばいいのにそれをせずにでもでもだってとうじうじぐちぐちする馬鹿に、いざ話し合おうとしても互いの言い分しか押し通す気がなくて話し合いの意味を辞書で引けと言いたくなる馬鹿。

 新たにできた友人に自分の方が上だとマウントを取ろうとして見栄の張り合いに発展する馬鹿。


 実に様々な馬鹿が発生するのが学園である。


 貴族とか平民とか関係ないんだなぁ……と思ったのは記憶に新しい。


 ちなみにこの僕マルセルは平民である。

 何代か前までは貴族だったらしいけど、没落して平民になったって話だ。だからなんだって話なんだけど。

 平民だから本来なら貴族の通う学園になんて縁がなかったはずなのに、特待生として通う事になってしまった挙句まさかの生徒会入り。


 今までは縁遠かった貴族が身近にいることで最初こそ恐縮しまくりだったけど、まー、育ちのいい馬鹿が多すぎて別の意味で恐れたよね。だって馬鹿ってこっちの予想の斜め上をいくからさ。


 教育を受けているから、そこらの文字も読めない平民と比べればマシな部分もあるけれど、でも勉強ができるからって賢いとは限らない。

 むしろなんでちょっと考えたらわかる常識がわかってないんだこのお貴族様は……と思うようなのもいて、こんなのを取りまとめていかないといけない王家の人って大変なんだなぁと思ったくらいだ。



 さて、殿下が頭痛の種とも言える馬鹿どものやらかしを纏め、時に教師へ、場合によってはこいつぁ悪質だと判断されたものはその生徒の実家――つまり親へと知らせたりして、おまえんとこの教育はどうなってんだ? と目を光らせたりしてはいるものの、これは別に本来なら生徒会の仕事ではないはずなのだ。

 勿論それなりの教育を受けた貴族のお嬢様お坊ちゃんどもは大人の目があるところではそれなりに猫を被ったり体裁を整えたりしたりはするけれど、しかしそうじゃないところではそりゃもう羽目を外しまくる。


 こういう言い方をすると馬鹿しかいないようだけど、きちんとマトモなのもいる。そうじゃなきゃとっくに学園内部は教育崩壊待ったなしだ。


 というか、一応学園に通う貴族のほとんどは家で最低限の教育を受けているわけだし、平民の特待生に関してもある程度の成績を取らなければならない。だからまぁ、勉強に関しては皆それなりなのだ。


 ただそういう手合いは自分は賢いと思っているので、自分なら失敗しないと言う謎の過信を持って犯罪すれすれの事や犯罪をやらかすのである。馬鹿だな。



 平民は流石に貴族相手に喧嘩を売るような真似を堂々とはしないけれど、しかしやらないとは言っていない。

 なんというか、各々で悪知恵を働かせているというのが現状である。


 貴族だろうと平民だろうと、ここに通っている生徒は皆言ってしまえばまだ未成年だ。

 貴族あたりは親からのお小遣いと場合によっては既に自分で資産を増やしたりしているらしいけれど、それだって莫大な財を築き上げているわけではない。

 今まで貯め込んだものも、学園に通い始めて人付き合いが増えた事でそれはもう様々な出費が……となると、金なんていくらあっても足りないのかもしれない。


 貴族ですらそうなのだから、特待生である平民は言うまでもない。


 そもそも、親からの仕送りがもらえればいい方だ。

 王都で生活していて学園には自宅から通える、という平民はまだしも、そうじゃない地方から来るしかない平民は寮生活だし、お金がなければ休日にバイトに勤しむしかない。


 田舎から来たなんて生徒に王都は刺激的過ぎた。


 そうなるといっそ、授業をサボってバイト三昧、と考える者も出そうではあるけれど、しかしそれはできなかった。


 というのも僕を含めた特待生は、魔法が発現した事で制御法を学ぶ事も含めて通っているからである。

 本来ならば王族や貴族が使えるとされる魔法の力。

 まぁその魔法だってお伽噺に出てくる魔女みたいになんでもかんでもできるわけじゃないけれど、それでも使い道は探せばあるわけで。

 そんな魔法をいかにして使えるようにするか、これも学園で学ぶべきものだった。


 将来的に魔法が使えるようになれば、貴族の家に仕えて働く事もできるかもしれないし、仕官だって可能になるかもしれない。魔法が使えない平民よりは稼げる、という未来が提示されれば多少なりとも未来に期待もできようというもの。


 だがしかしそこで捕らぬ狸の皮算用が発動するのか、それとも学園に入った事で安心しきって油断しているのか、目先の事ばかりで学業を疎かにする者も出てしまっている。



 Q もし魔法が使えないままだと卒業できないの?

 A 卒業はできるけどその場合魔法の力を吸い取る魔道具で力を奪われます。


 これは特待生になった時に説明を受けているので、知らない奴はいないと思う。

 貴族でも場合によってはその処置を受けるらしいし、そうなった場合そいつは貴族として価値がないとされて平民落ちするのだとかどうとか。

 でも実際のところ、今まで平民落ちしたとか、魔法の力を奪われたっていう相手は現れた事がないらしいので、もしかしたら本気にしてない人もいるかもしれない。

 っていっても、過去にいなかったわけじゃないんだけどね。ここ数年にはいないってだけで。


 なので、多分大半は甘く見てるんだと思う。

 仮にそうだとしても自分には関係ないとか思ってるのかも。


 自分だけは大丈夫、そんな感じなのかもしれない。


 だがしかし、殿下のストレスの上昇っぷりから最近貴族も特待生もたるんだ空気でいるのは間違いない。

 特に領地から王都へやってきた貴族なんて流行の最先端って事でそりゃもう色々とタガが外れそうになってるのもいる。令嬢たちのテンションはそのせいかいつだって高かったし、令息はじゃあ落ち着いているかというとそうでもない。

 オシャレをバッチバチにキメてる女子とか見て、恋人や婚約者を作ろうと一生懸命なのだ。


 学園内ならともかく休日にデートに誘うなら最低限身だしなみは整えないといけないし、ましてや二度目以降のデートに誘った時、毎回同じ服で行くわけにもいかない。

 毎回同じ服で許されるのはゲームのグラフィックとかそういう都合上くらいで、現実で季節も関係なく毎回同じ服だと流石に相手は引く。お金がなくて服が買えないのかって思うところから、何かの呪いを受けて同じデザインの服を選び続けているのか、そうでなくとも服のセンスが悪すぎて他の服を見せられないのか。

 勘繰るだけなら色んな理由が出るものだ。


 そうでなくとも遊ぶ場所もたくさんあるから、領地から出てきた子女たちも授業が終わった後や休日に暇になるという事がない。

 多少なりとも落ち着いているのは王都住まいの高貴な身分の方々くらいだろうか。

 まぁそういうのは田舎から出てきた連中の盛り上がりや暴走によって多少なりとも思う部分がありまくってるわけなんだけど。


 さっきもいったけど、遊ぶとなると金がいる。

 でも僕ら学生は気軽にお金を持ってるわけでもない。

 特待生である平民なんかはいかに短時間で稼げるバイトを見つけるか、そりゃもう獲物を狩る目をして探しているし、貴族の方々もいかに自分の資産を増やすか、ライバルを出し抜こうとするように虎視眈々と考えている。


 そこそこ割のいいバイトとしては、貴族のお使いを受けたりするやつかな。

 今までは使用人に頼んでいた雑用も、しかし王都のタウンハウスでは気軽に頼めない、なんてものもある。そういうのを僕ら平民にバイトとして頼んでやらせる、なんてのもあったりするのだ。


 平民からすればパシリに使われてるだけなんだけど、でもそれで何度も依頼をこなせばそのうちもうちょっといい仕事斡旋してくれるかもしれないし。

 いい感じの人脈を築けるかもしれないからね。


 ただ、そういうのを悪用してる奴がいるってのも噂になってる。


 そういったあれこれのせいで、学園の治安は今色々と問題が出ているのだ。

 そして殿下は生徒会長としてそれらをどうにかしないといけない。

 正直知らねぇよそいつらの教育まで面倒見てられっか、って気分になりそうだけど、でもなんとかしないと殿下が王族として能力不足……みたいに言われたりしちゃうからね。上に立つ人って大変なんだなー。


 ま、それはともかくとして。


「はーい殿下、今パパッと馬鹿なら引っ掛かるかもしれない案を考えたんですけど」

「言ってみたまえ」


「はい、ほら僕らが入学した時に魔力を制御する補助として指輪もらったじゃないですか。これ」


 これ、と言いながら殿下に手を見せる。どの指に嵌めるかは決まっていないが、大抵の人は左右どっちかの中指あたりにしているやつだ。

 魔石が埋め込まれていて、シンプルながらも装飾品としてオシャレに見えなくもない。


 貴族からすると貧相なデザインですこと……とか言い出す人もいるかもしれないが、僕みたいな平民からすると貴重品であるので、あまり治安の悪い場所に行ったら指をもぎ取られるんじゃないかと恐怖する代物だ。

 実際魔石は売れるからね。


「金に困ってる、もしくは手っ取り早く楽して稼ぎたい馬鹿どもにそれとなくこの指輪が売れるって話流せばいいんじゃないですか」

「それは……」

「勿論、入学する時に色々説明は受けたし、なんだったら書類も合わせてきっちり教えられました。

 でも、馬鹿ってそこ軽視すると思うし引っ掛かるんじゃないかな~って」


 そう、多分だけど事の重大さを理解できてないタイプのお馬鹿さんなら引っ掛かる。

 前世で利用規約とかロクに読まないようなのだって沢山いたしな。


「ついでになんですが、銀行口座の方もチェックした方がいいと思いまーす」

「ほう?」

「や、ほら、仮に、仮にですよ?

 指輪を売ったとするじゃないですか。

 そしたらほら、手元にそこそこの金がくるわけです。

 でもそのお金、ぜぇんぶ財布の中に入れておくってわけにもいかないでしょ?」

「確かに急に羽振りが良くなれば周囲は不審に思うだろうな」

「部屋に保管するにしても家だと家族に見つかって大金の出所を尋ねられるだろうし、寮だって誰かに見つからないとも限らない。だったら口座に預けておく、ってなると思うんですけど……

 でも元々ある口座に突然ドカンと大金入るのも銀行がおかしいぞって思うかもしれない」

「確かに学園に入る際に作った口座は親が仕送りを振り込むだとかに使われるだけだからな」


「でしょ? でもそこに親じゃない誰かが大金振り込んだら銀行だっておかしいって思うわけで。

 本人が働いて稼いだバイト代です、って言えばまぁ、銀行もそれで一度は納得するかもだけど」


「だが愚か者は立て続けにやらかすかもしれない、と」

「ですです。もしかしたら、その手段に味を占めて繰り返すかもしれないし、なんだったら自分の口座じゃない口座を使うかもしれない」

「というと?」

「他の人の口座を借りる、とか?」


 前世でもあったなぁそういうの、と思いながら話していけば、殿下の表情はどんどん厳しくなっていくし、ついでに周囲の生徒会メンバーにして殿下の側近の方々の表情もどちゃくそ深刻なものになっていく。


 わかる。これが本当だったらどんだけヤバイかって話だよ。

 わからないようなら殿下の側近とか早々にお役御免になってそう。

 側近じゃなくても、僕と同じで生徒会メンバーに入ってしまっただけの特待生も、マジかよ……みたいな顔して僕を見てる。


 まぁ、常識があれば思いつかないよね。わかる。


 でもそのやらないだろうなって一線を軽率に超える奴はどうしたっているわけで。


 今学園の治安を乱してる連中は多分やるだろうな。だって表向きのリスクは低く思えるもん。

 後から地獄を見る事になるなんて考えてないんじゃなかろうか。


 この手の人間って目先だけ見てその後の何十手も先までは考えてすらいないだろうし。その場を凌げればそれでいいって考えなんだと思う。

 勿論、それをやるのが馬鹿ばかりとは限らない。

 中にはこのくらいなら大丈夫だろうと軽率に、深刻に考えないでやらかすようなのもいると思う。

 たとえば……そう、貴族のご令嬢やご子息なんてのも、その危険性に気付かないでポン、とやらかすかもしれない。馬鹿というよりは危機感の欠如。でも今の今まで自分が危険な目に遭わないまま、このくらいなら大丈夫だよって言葉を素直に信じちゃったりするようなら、引っ掛かる可能性はある。


 殿下の馬鹿を一掃したい、って言葉に含まれてる馬鹿がどこからどこまでなのかは知らないけれど。


 まぁ、殿下の事だから上手くやるんだろうなって思いたい。


「すまないが、今日はここまでにしよう」


 殿下も側近たちもアイコンタクトだけで大まかな方針を決めたらしく、生徒会の活動は今日はここまで、と切り上げた。

 恐らくはこの後、彼らだけで作戦を立てて行動に移るんだろうな~とは思ったけれど、僕ら平民は口を出さない。勿論何か聞かれたら答えるけれど、何も知らないていでいるのが重要だろう。


 もし他に殿下の足を引っ張ろうと考えるようなのがいた場合、同じ生徒会の僕らに目をつける可能性がある。

 その時は危険な目に遭うかもしれないけれど、何も知らなきゃ情報なんて吐けないからね。


 下手に知ってたら、自分だけが危険な状況ならまだしも……家族とか人質に取られたりするとゲロっちゃうだろうなぁ、って思うわけだし。

 殿下もそこら辺は勿論考えてるだろうから、そこにも目を光らせてくれるとは思う。

 思うけど、それを僕らがわかってますよ大丈夫! な雰囲気でいれば、殿下と敵対するだろう相手がどう動くか。バリバリに警戒して深く水面下に潜られたら面倒だけど、そうじゃなければ引きずり出す方法だってそれなりにあるはずだ。


「わかりました。それでは僕たちはこれで」

「失礼します」

「また明日」

「お疲れさまでした」


 僕が席を立つと、他の平民メンバーも同じように席を立って速やかに生徒会室を後にした。


 僕らは何も見なかったし知らない。


 そんな風に装っていれば殿下は鷹揚に頷いて、

「あぁ、気を付けて」

 そう言って微笑んだ。


 とても裏のありそうな微笑みだった。



 ――学園で支給される魔法制御の指輪は、基本外したりしないからなくすことは滅多にない。

 それでも指輪をつけ慣れない者からすれば、お風呂だとか着替えだとか寝る前だとか、ともあれ外す事はそこそこある。


 その際うっかり紛失して……なんて言えば、一応新しい指輪が支給される。


 一人に一つ、何がなんでも失くすなよ、というものではないのだ。


 だがマトモな神経をしている平民からすれば、そんな高価な物をポンポン失くせるかという話だ。


 何故ならこの指輪、決してタダではない。

 勿論最初の一つめは貰えるものだけど、二つめ以降は失くしてしまいました、という紛失申請をすれば二つめも三つめも手に入る。それこそあっさりと。

 だから、考えの足りない奴は失くした事にして申請して複数指輪を貰えば、それを売って金にできると考えるかもしれない。実際指輪に使われている魔石によって、売れない、ということはないはずだ。


 ただ学園で支給されている物を売ったとして、それを買い取る店があるか。

 真っ当な店なら買わない。

 けれど、多少後ろ暗い事をやってるところなら買い取るだろう。

 本来の値段より足元を見るかもしれないが、それでもそこそこの金額になるはずで。


 これが例えば、自分が命がけで採ってきた魔石、とかならその程度の値段で売るかよ! となるかもしれない。

 でも学園から支給される、申請を出せば簡単に入手できる代物だ。リスクがない。

 そうなれば、ローリスクハイリターンだと思う馬鹿は絶対に現れる。


 僕が殿下にその話をする以前に、そういった馬鹿がいなかったのか、というともしかしたらいたとは思う。

 いたけれど、それはあくまで極僅かで表立ってその話をするような事でもなかったに違いない。

 むしろ下手に話が大きくなれば、その話の出所はどこだとなって指輪を売った相手に何らかの処罰が下る可能性もあり得るのだ。本当に大事な儲け話っていうのは誰かに話さず自分だけがこっそり利益を独占するはずなわけで。誰かにその儲け話をするっていうのは、つまりそいつらを食い物にする事で話した側が儲かる場合が大きい。


 ただなぁ……魔石を買い取る店も、この国じゃなくて他の国にその魔石を持ち出せば……って考えてるところなら出所気にせず買うと思うんだよなぁ……魔石の使い道はそれこそ沢山あるわけだし。


 僕が殿下にあの話をしてから数日後、学園ではここだけの話としてまさしく僕が言った魔石買い取りの話が流れていた。といっても大きな声で言われているわけじゃない。

 あくまでもこっそりと、時間をかけず、労力も少なく、でもそれなりの金額がすぐ手に入る割のいい儲け話として、だ。

 同時に銀行口座の貸し出しの話もそれとなく流れていた。


 いくらバイトで稼いだ金です、って言ったところで、僕らのような平民が頻繁にそこそこの大金を口座に振り込まれてたら銀行だって怪しむし、それだけ稼いでいるのなら税を多く支払え、となるのは言うまでもない。


 でも貴族の口座ならそこそこの金額が動いていても、然程不審には思われない。

 といっても、それでも裏で確認するくらいはあるはずだ。


 家によっては、特に何の資産運用もしていないのに自分の子どもが大金を動かしている、となれば放置はできないだろうし、もし犯罪に手を染めているとなれば家の名誉もガタ落ちだ。まぁ、親がロクでもない場合はその子の稼ぎを家にいれろ、って取り上げるかも、なんてケースも考えられる。


 そこで口座の貸し出しだ。

 自分で新しく口座を作ってそちらに財産を移す、というので時間を稼ぐ事もできはするだろうけれど、別の人の口座に金を一時的に預けてそこからそれらしい名目で別の口座に更に移す。

 ぶっちゃけて言うとマネーロンダリングみたいなものだ。


 勿論何も知らない誰かの口座を勝手に使った場合、その金を別に移す前に引き出されるとか、知らんうちに大金振り込まれてるとかで騒ぎになるかもしれない。

 だからそうならないよう、あらかじめ借りるという寸法だ。

 わざわざ他人の口座を使わないで、偽名とかで別の誰かとして口座を作るにしてもいざバレた場合結局罪をかぶるのは自分だけど、でも他人の口座だと何かあってもなすりつけられるからね。


 ……まぁこっちの世界でもそれ犯罪なんだけどね。

 マネーロンダリングかます時点でそれはそう。


 でも多分それが犯罪だって理解してない奴はいる。

 前世だと昔、少なくとも前世の自分が働いてた頃は同じ銀行で複数の口座を作る時って結構面倒だった。

 あと口座作った時銀行の人から長々説明も受けた記憶がある。

 けどネットで簡単開設! とかだと恐らく利用規約とかの注意文を読むだけだから、人によっては読み飛ばしてそう。口座が簡単に作れるから、だから簡単に考えちゃう、なんて部分もあるのかもしれない。


 こっちの世界でも一応複数の口座は作れなくはない。

 僕の場合だと親からの仕送りを振り込んでもらう口座と、あとは生活にかかる生活資金を分けておく口座、一つに全部まとめておくと、何かの拍子にうっかり支払いに使う分をド忘れして「あっ、今月お小遣いに余裕ありそうだな~」なんて思って使っちゃうかもしれないから。

 全部を財布に入れておくと、万が一の事が起きた時が怖い。

 こっちの世界の治安、前世ほどじゃないし。

 財布すられた時点で全財産そこに入ってたら生活が詰む。


 多分、同じようにそういった感じで複数の口座を利用している人はそこそこいるんじゃないかな。


 複数持ってたら、その中の一つくらい貸したり売ったりしたって……なんて考える奴が出るのも、そういう意味ではあるのかもしれない。



 僕が殿下に馬鹿を炙り出す方法として発言かましてから更にそこそこの日数が経過した。

 あれからウマいバイトの話がそこはかとなく流れていたり、なんだったら割のいいバイトあるんだけど、なんて勧誘されたりもした。

 そんでもって話を聞いてみれば、指輪を高く買い取ってくれる店の話だった。

 指輪は売ってもまた申請だせばすぐ貰えるから実質元手ゼロで大儲けできる! とかなんとか言ってた馬鹿を「そうなんだ、考えとくね」でスルーしたその後、今度は別の奴に口座の貸し出しバイトしないかって声をかけられた。

 一時的に他人に貸し出すから、銀行の口座の暗証番号は後で変更する形になるけど、一つの口座でこんくらいお金出るよ、なんて言われたけどそのこんくらいはどう考えてもはした金だ。


 でも馬鹿には大金に見えるんだろうな。


 馬鹿な奴らだ。


 どうにも貴族でもやらかしてる奴らがいるらしいけど、問題は特待生――つまりは僕と同じく平民だ。

 入学する時に結構しっかりめに注意も説明も受けたはずなのに、なんで忘れてるんだろう。


 ……目が眩むにしたってなぁ。


 生憎とその話を持ち掛けてきたのは僕の友人でもなんでもない、ただ同じ学園に通う生徒ってだけの共通点しかないくらいの間柄だったから、僕はスルーを決め込んだ。

 既に教えられてる事に対して説明しなおして、どうして教えてくれなかったんだ! なんて八つ当たりをくらったら堪ったものじゃないからね。



 で、更に数か月が経過して。


 ある日教室に入ったら、半分程生徒が消えていた。


 うわー、僕のクラス半分が馬鹿だったのか~ってなったよね。


 朝のホームルームにて担任がとても沈痛な面持ちで教室に入ってきた時点で、皆「あっ」と口に出さなかったけど、まぁ察した。

 そっかぁ、しょっぴかれたかぁ……



 銀行口座の売買、または貸出なんてそもそも前世でもアウトだけどこの世界でも勿論アウトだった。

 前世でもなんか口座の貸し出しとかで2万だか3万だかって闇バイトがあったけど、こっちの世界の相場もまぁそんなものだった。

 貴族のお坊ちゃんやお嬢さんに貸し出して資産の動かしくらいなら、犯罪グループに口座渡してるわけじゃないし、そこまで重い罪にならないんじゃないの? なんて思う奴もいるかもしれない。

 でもな、そういう事をするお貴族様が本当に悪い事に使わないって誰が言えるよ?

 裏で黒幕みたいに操ってる奴がいないとも限らないし、結果としてその口座が犯罪に使われたと判明した時点で、その口座の持ち主が後になって騙されたんです! って言ったところでそうなんだじゃあ無罪、とは絶対にならないわけで。


 そもそも銀行とかお金の関わる所って情状酌量とかないんだよな。それやったら後々色んなものが崩壊するから。あくまでも事実確認をして、相手の心情だのなんだのはノータッチ。

 お金に困って売ってしまいました……とかそういうのはお役人側には多少通用するかもしれないけど、銀行はそれやったら後からどんどんそういうのが湧くからむしろ心情的な訴えはやるだけ無駄だ。というか場合によっては余計に悪印象植え付けられるだけだから、下手に罪を軽くしようとするよりは潔く謝罪と反省をした上で沙汰を待った方がマシまである。


 まぁそれでも、こっちの世界でもその口座は凍結されるし、場合によっては当人の他の口座も強制凍結食らったりするけど。

 そうだよね、一つの口座が犯罪に使われてるとなったら、そいつの他の口座もそうじゃないって言えるかって話だよね。怪しいと思った時点で凍結されるわけで。


 だってもし他の口座も犯罪者がそのために使ってたとして、凍結しなかったらその間に口座のお金全部引き出して持ち逃げされるかもしれないからね。犯罪のために使われるお金があると、更なる犯罪が生じるからそうなると巻き込まれる被害者が増えるわけで。


 そうなると銀行にも何やってんだって言い出す奴も出るから仕方ないよね。犯罪の気配を察知したら見ない振りはできないもの。


 先生が朝からとてもお疲れモードな口調で説明してるのを聞く限り、口座を売った奴の中にはどうも本当に犯罪組織にその口座が渡った奴もいたらしい。

 貴族の子女に口座を貸すだけだったはずが、どうにもそのお貴族様も別口の犯罪に巻き込まれたらしくて、というか犯罪組織だと気付かないまま口座を手配した結果……らしい。

 モノの貸し借りは当人同士でのやり取りだけならまだしも、又貸しとか高確率で拗れるだろうにそれを口座でやっちまった、と。


 詳しい背景は僕も全部は知らない。


 けれども犯罪だと思わず気軽に口座を貸し出したら、その相手がまさかの犯罪者一味で、それらが捕縛された時に一部の貴族の名前も出て。

 当然その家は無関係だと言ったようだけど、しかし口座を使われている。

 そこから更に調べが進んで、犯罪者の手助けをしたのは事実だったので無関係とは言い切れなくなってしまった。

 なんでも盗品を売った金がその口座に振り込まれたりしてたみたいで。

 盗品売買に関わっただとか、どこぞで盗まれた金と同額が振り込まれただとか。

 貴族も平民も関係なく口座の貸し出しや売買に関わった相手のほとんどが、その犯罪者グループと接点を持つ流れになっていたのだとか。


 こっわ。


 ついでに魔法制御の指輪の売買に関しても、どうやら他国の犯罪者グループが関わっていたらしい。

 正当な価格で買おうとすると高くつくけど、生徒の持つ指輪を安く買い叩けばそこそこの数は集まると踏んでの事……だったとかどうとか。


 まぁその辺は先生も詳しく知らされてないらしく、どうにも言葉を濁されたけど。


 じゃあ指輪を売り払いまくってた奴って下手したら他国のスパイと繋がりがある疑いとかもかけられたりしたんだろうか。

 その指輪を買い取った相手と個人でのやりとりならいざ知らず、どうも買い取ってた商会がその……他の国に拠点を持ってるところだったらしくて。

 その拠点の国がうちの国とはここ最近関係が冷えつつあったってのがなぁ……



 勿論そこで捕まったらしき生徒たちの大半は、そんなつもりはなかったって言ったようだけど……


 指輪は紛失届を出せば新たに支給されるとはいえ、二つめ以降は有料なんだよね。

 これは学園に入る時にちゃんと説明を受けている。

 一つめはともかく、紛失して失くしたら二つめ以降は学園を卒業する時にその分の金額を請求するって言われてる。もし払えない場合、労働奴隷として働いて金を返さなければならないとも。

 勿論労働奴隷にならずにもっと稼げる仕事に就く事ができてるなら、それでも構わないって言われたけど、でもそんな出世できるような展開、僕ら平民の特待生だと期待は薄い。

 だからこそ、最初にそれを聞いた僕だって嵌めた指輪を見て失くさないようにしないと……! と内心でガクブルしたのだ。


 ついでに、売り払った先での買取価格を聞く限り、指輪の請求額には足りない。

 つまり、ノーリスクハイリターンだと思って喜んで指輪を複数売った奴は、洒落にならない借金を背負う事となる。一時、ちょっと大金入手して金持ちになれたと思っていた連中は、しかし実際そのお金全部を集めたところで、本来の指輪の価格には全然足りていないというわけだ。

 味をしめて複数指輪を紛失したと言って売りさばいていた奴の借金総額とか、怖くて聞きたくもない。

 しかもその味をしめた奴は簡単に金が手に入るからって、散財したみたいだしな。

 羽振りがよくなって自分が金持ちになったつもりでいたようだけど、実際はとんでもない借金が残された。


 天国から奈落に落とされたみたいな感覚だったろうな。


 こっわ。


 口座売買に指輪の複数を売り払った生徒に至っては、理解能力の欠落、という烙印を押される形となった。


 まぁそうだろう。

 事前にちゃんと説明を受けているのだこっちは。

 それを聞いていませんでした、忘れてました、でやらかしたわけで。


 書類も渡されてたのに、文字が読めても内容を理解できません、と宣言したも同然で。


 そうなれば、魔法の扱い方を教えても肝心な時に扱い方を間違えて周囲に被害を出すかもしれない、と思われても否定できる材料が少なすぎる。


 結果として、大半の特待生とこの国の三分の一程の貴族の家が処分される形になったらしい。


 思った以上に多いな、が感想だった。


 なるほど、こんだけの馬鹿がいたとなると、そりゃあ殿下が馬鹿どもを一掃したいとか言い出すのも納得だ。


 魔力を吸い取られ、魔法が使えないよう封印処置を受け、今後は借金を背負って労働奴隷とか、特待生として学園に通う事になって送り出した家族からするととんでもねぇ爆弾だな。

 貴族の方も同じように魔法が使えないように処置をされて、魔力が空になった魔石に魔力を注ぎ込む作業に従事したりする……まぁ、労働階級落ちだ。貴族ではなくなる、というのはさぞ屈辱だろう。


 もっとも僕みたいに昔は貴族だったらしい、でも自分が生まれた時はそうじゃないって状況ならなんとも思わないけど、昨日まで貴族として生きてきたのが今日から平民です、じゃなぁ……



 ……上手い話って、それこそ最初の一口部分は美味しいのかもしれないけど、後味は最悪なんだよね。

 楽して儲けたいって気持ちはあるけど、実際にそんな都合の良い話、そうそう転がってるわけがない。

 転がってたらむしろ罠だと思う。



 朝のホームルームは思った以上に長引いて、一時間目の授業が潰れた。

 でもそれも織り込み済みだったらしくて、先生は一通り話し終わるとじゃあ次の授業から気を引き締めていけよー、とゆるーく激励の言葉を残して教室を出ていった。

 アレは多分、職員会議とか色々ごたつくやつだな。

 全部終わったって顔じゃなかった。むしろ面倒なのはまだこれからいっぱいあるって感じのやつ。


 まぁそうだよな。僕のクラスだって半数がいなくなったけど、他のクラスだって相当減っただろうし。


 時期外れのクラス替えとかありそうだな。

 減った分ある程度纏めたらクラスの総数もコンパクトになりそう。



 ちなみに。

 授業が終わって放課後、生徒会室に行ってみれば、殿下も側近の方々もお疲れな表情だったけれど。

 それでもやり遂げた漢の顔だった事だけは述べておく。



 更に後日、発案が僕だったという事から、僕は殿下からちょっといい万年筆を褒賞として貰う事となった。

 えっ、この万年筆、平民が気軽に持ってて大丈夫なやつですか?


 そう問いかけると、殿下はやっぱり裏しかなさそうな笑顔でにっこり笑うだけだった。


 こっっっっっっっわ!!

 なお殿下と側近たちだけで暗躍したわけではなく根回しできるところはやったし各方面に報連相もしたので全部殿下たちだけで解決というわけではない。


 次回短編予告

 婚約者と会う前日、ドキドキしすぎて助っ人に頼りたくなった。

 だがそこで思い出す。

 婚約者との逢瀬に幼馴染などを連れていってはいけないと。


 次回 教訓と言うにはどうだろう

 確かにそうなんだけど。そうなんだけどもさぁ……

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