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鬼を喰らう  作者: ロゼ


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第二話

 夕飯を終えて、部屋で読書をしていると、玄関の方が騒がしくなった。


 怪我をした額は、母が丁寧に洗ってくれ、しっかりと手当もしてもらったが、まだズキズキと痛んでいる。


 見せなかったが、肩と背中は青アザになっていて、それも地味に痛む。


 何か起きたのかと部屋から出てみると、堂守家の現当主であり、寺の住職である『堂守 実嗣(さねつぐ)』の姿が見えた。


 修三の父親でもあるその男は、ひょろんとした長い顔に坊主頭で、笑っているようで笑っていない目をし、腹だけが妙にでっぷりとしている。


 朱色の法衣と、深緑に金で細かな模様が施された袈裟をいつも着ていて、それ以外の格好は見たことがない。


「うちの馬鹿息子が申し訳なかったね」


「謝罪ならば、まずはその本人を連れてくるのが筋でしょう」


 父が対応しているが、声に怒気が含まれているのが分かる。


「あの馬鹿を連れてきたところで、反省もしてない者に謝罪など出来ますまいて。ですがね、私は違う。息子の仕出かしたことは親の罪も同然。大変心が痛みましてね。こうして謝罪に来たわけです」


「……修三くんからの謝罪ならば受け入れます。ですが、あなたからの謝罪はいらない! お引き取りください!」


 普段はとても穏やかで物静かな父が声を荒げている。


 そこに愛情を感じて、涙が出そうになった。


「まぁまぁ、そう言わずに。修三が紅子ちゃんをキズモノにしてしまったのは事実。だから私の方で紅子ちゃんを引き取らせていただこうと言っているんですよ。キズモノの女の子なんて、嫁の貰い手にも困るでしょう。鬼喰家としても悪い話ではないはずですよ?」


 実嗣の言葉に、肌がゾワッと粟立つのを感じた。


「あんたは、自分が何を言っているのか分かってるのか! 紅子はうちの大事な一人娘で跡取りだ! 何であんたにくれてやらなきゃならん! 帰れ! 帰ってくれ!」


「今日の今日では冷静な判断も出来ないでしょうから、一旦帰りますが、私の提案をじっくり考えてみれば、自ずと答えも出るでしょう。あ、これは謝罪の」


「そんなもんいらん! 帰れ! 菊江! 塩だ! 塩持ってこい!」


「は、はい!」


 父の声に、母が慌てたように返事をし、パタパタと奥へ引っ込んで行った。


 私の存在は気付かれていなかったので、そっと部屋へと戻った。


 一人で部屋にいると、実嗣の言葉が頭の中で幾度となく流れ、気持ち悪さが込み上げてくる。


 昔から実嗣は、私を見掛けると必ず近寄ってきては、髪や肩を触ってきていた。


 その触り方が気持ち悪く、私はあの男を避けた。


 両親にも「住職には近寄るな」と言われ続けていたのだが、その理由が分かった気がした。


 今年で十六になる私は、法律上結婚が出来る年齢になる。


 実嗣の妻は私が幼い頃に流行病で死んだと聞く。


 あの男の言葉は、修三の嫁として私を貰い受けるということなのか、それともあの男の妻として娶るということなのだろうか?


 どちらだとしても、そうなったら死んでしまった方がマシだと思うほど嫌だ。


「紅ちゃん? まだ起きてる? 傷の具合はどうかと思って」


 母が部屋を訪ねてきた。


 優しく手当をしてくれる母を見ていると、さっきのことは悪い夢のように思えてくる。


「私、堂守の家に貰われていくの?」


「な、何てことを! 聞いていたの!?」


 小さく頷くと、母は私を抱きしめてくれた。


「そんなことは絶対にさせないし、するはずがないわ! 例えこの村を出ていくことになっても、お前をあの男にやったりするもんですか! それは父さんも同じよ。だから紅ちゃんは何も心配しなくていいの」


 母の言葉に安堵しながらも、何故か胸のざわつきは消えなかった。


 それから一週間、私は家から出ない日々を過ごしていた。


 丁度雨の時期と重なっていて、連日の雨に川の決壊を心配したが、雨量がそこまでなかったため、氾濫は免れたようだ。


 村に流れる小さな川は、雨が続くと度々その雨量を蓄えきれずに氾濫を起こす。


 川の傍には田畑が並んでおり、洪水になると作物は全滅してしまう。


 我が家の田畑もそこに含まれているため、他人事ではなかったのだ。


 ぼんやりと窓から外を眺めていると、駐在さんがやって来たのが見えた。


 村に一つだけある駐在所は、外部から来た警官が住み込みで勤務していて、今の駐在さんは私の記憶の中では二人目の警官である。


 前までいた初老の優しい駐在さんは、ある日忽然と消えてしまい、「夜逃げをしたんじゃないか?」「女と逃げたらしい」と嫌な噂だけが流れていた。


 だけど、この村では人がいなくなるなんてよくあることだ。何の娯楽もない、農業しかないこんな村だ、嫌気も指すのだろう。


 ある日村の誰かが家を捨てて都会に出て行ったなんて話は年に何度も聞こえてくる。


 今の駐在さんは嫌いだ。


 よく堂守家にいるのを見掛ける。あいつは堂守の犬だと言われているし、実際、堂守の手下のような働きをしている。


「駐在所の山下です! 鬼喰さん! いらっしゃいますか!?」


「は、はーい、ただいま」


 母の声がして、慌ただしい足音が聞こえてきて、玄関の引き戸がガラガラと開く音がした。


「ご苦労様です。今日はどういったご要件で?」


「畑野保くん、こちらに来てませんかね?」


「保くんが、何故うちに? 近寄りもしませんよ! あの子だけじゃなく、この村の人なら、誰一人」


「いや、まぁ、そうなんでしょうがね。念の為の確認ですよ。保くん、一昨日から行方知れずでしてね」


「一昨日からですか?」


「えぇ、そうなんですよ。一昨日の夕方に、ちょっと出てくるって出掛けたっきり、帰ってこないそうでね。だから自分が一軒一軒尋ねて回ってるってわけです。どっかで見掛けませんでしたかね?」


「私は見てませんし、紅子も、ここ一週間は家から出てませんから、知らないと思います。うちの人は、今出てるので分かりませんが」


「そうですか……また何かありましたらお話を伺いに来ると思います。ご協力ありがとうございました」


 それだけ言い残し、山下は去って行った。


 保が行方不明……。


 胸のざわつきは益々大きくなるばかりだ。



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