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玉子焼き

小さなキッチンから卵を混ぜる音が聞こえる。

少しの心地よさを感じた。

ーもう一度眠ってしまいそうだ


卵の殻を最初に割った人は何を感じたのだろうか?

ふとつまらない思考にふける。白い殻から黄色の形をとどめない物体が出てきたら少しばかり驚かないだろうか?焼けば形を変え、匂いをまとうそれを意外と変幻自在だよな、とか思いながら鼻で笑う。


「なーに、ニヤニヤしてるんですか!」

「いてっ」


おでこに軽い衝撃を感じぼやけた意識を戻すと片手に玉子焼きを持った彼女…、あかねが立っていた。

一つに束ねられた髪に赤のエプロンが映えていてどうもかわいらしい。

「朝ごはんできたよ、食べよ」

「ありがとう」


机の上に少しばかり焦がされた食パンとあかねが得意とする大きな玉子焼きが置かれている。


『いただきまーす!』


砂糖で味付けされたやわらかい味だった。あかねも満足げに頬張っている。

咀嚼をとめた彼女がこちらに目を向ける。


「しょーたくん、なぜ玉子焼きは卵焼きって言わないんでしょーか!」

ふざけたように僕の名前を君付けして、あかねは首をかしげる。

少し意味が分からなかったが言われた言葉を頭の中で往復すると意味が飲み込めた。

なぜ卵を焼いたものを「玉子」焼きと呼ぶのかという単純な質問だ。


「卵より玉子のほうがやわらかい印象を与えるからじゃないのか?」

何かの番組できいたことがあるような知識をそのまま口にする。


「まあ、70点ー!」

妥協してやる!、という表情で彼女が笑う。


「一説によるとね、『玉』って言う字には宝物、美しいものっていう意味があるんだって。殻の中に命のある宇宙みたいな玉子への敬意をこめて玉子焼きって意味もあるらしいよ、たしか」


「豪勢な意味合いだな」


馬鹿にしたように言ったが殻の中に命、なんてさっき自分が考えていたことを客観視しているようでどうも恥ずかしい。それを隠そうと口を走らせる。

「まあ、殻じゃなくても外っつらで全てを知ることも不可だよな。」


ぽろっと口から出た僕の言葉にあかねはぴくッと箸の動きを止める。と思ったらすっと動かしだす。

「何言ってんの!」

何か察したのだろうか。いつもより少し作りっぽい顔で笑っていた。


「そんなことより今日は病院でしょう、11時には出ようね」

「ああ、あったかくするんだぞ」

ちょっと、父親っぽかったか?


「んふ、お父さん見たい」

案の定笑われてしまった。僕も苦笑しながら頭をかく。

窓からおだやかな春が見えた。


そんな僕を見て幸せそうに笑うあかねと1001回目の春を2人で迎えられないだろうかと思う。

1001年後のミライなんて何も見えなかった。

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