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空の向こう側  作者: 双鶴


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第9話 長文コメント

翌朝、優翔はいつもよりゆっくり家を出た。

昨日の失敗が、まだ胸の奥に重く残っていた。


バルサ材が割れた感触。

切り口がガタガタになった翼。

動画に映した“失敗の跡”。


――あれを見て、どう思われたんだろう。


学校へ向かう足取りは、少しだけ重かった。


教室に入ると、友達がいつものように話しかけてくる。


「優翔、今日の体育マジ寒いらしいぞ」

「昼、購買でコロッケパン買うから付き合えよ」

「昨日のゲーム、またアップデート来てたぞ」


優翔は笑って返す。

でも、心の奥では別のことがずっと動いていた。


――動画、どうなってるんだろう。


授業中、ノートを開くと、昨日のままの図が残っていた。

翼の形。

尾翼の角度。

胴体の長さ。


その横に、割れたバルサ材の断面を思い出して描いた線がある。


「……難しいよな」


小さくつぶやき、ノートを閉じた。


放課後、家に帰ると、玄関の静けさが迎えてくれる。

両親はまだいない。

その静けさが、今日は少しだけ怖かった。


靴を脱ぎながら、優翔はスマホを取り出した。

画面を開く。


――再生数「312」

――コメント「14」


「……増えてる」


胸が跳ねた。

でも、怖さもあった。


コメント欄を開く。


短い励ましの言葉が並んでいる。


「焦らなくていいよ」

「最初はみんな割る」

「続けてるのがすごい」


その下に――


ひときわ長いコメントがあった。


投稿者名は、

「windcraft」


優翔は息を呑んだ。




windcraft のコメント


バルサ材は、最初は必ず割れる。

それは“失敗”じゃなくて、“素材の癖を知る作業”だよ。切るときは、力を入れない。

刃を立てず、寝かせて、

一度で切ろうとせず、

何度も同じ線をなぞる。それから、君の動画を見て思ったんだけど、

切る方向が逆だ。

木目に逆らうと、必ず割れる。木目を読むこと。

それが、最初の一歩だよ。君はちゃんと前に進んでる。

続けてほしい。




優翔は、スマホを持つ手が止まった。


何度も読み返した。

ゆっくり、ゆっくり、意味を噛みしめるように。


「……木目……」


昨日の失敗が、頭の中で繋がっていく。

割れた方向。

切り口のガタつき。

力の入れ方。


全部、理由があった。


「……そういうことか」


胸の奥がじんわりと熱くなった。


誰かが、自分の動画をちゃんと見てくれている。

ただの励ましじゃない。

具体的な技術。

経験のある人の言葉。


――この人は、本当に“飛ばすこと”を知っている。


優翔は、スマホをそっと胸に引き寄せた。


机の上に、昨日の割れたバルサ材を並べる。

木目をじっと見る。

細い線が、一定の方向に流れている。


「……これか」


昨日は気づかなかった。

でも、今日は見える。


優翔はカッターを手に取り、

木目に沿って、そっと刃を当てた。


力を入れない。

刃を寝かせる。

一度で切らない。

何度もなぞる。


すっ……。


バルサ材が、静かに切れた。


割れない。

曲がらない。

まっすぐ。


「……できた」


声が漏れた。

昨日の悔しさが、少しだけ溶けていく。


優翔はスマホを構え、録画を始めた。

今日も声は入れない。

代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。


「windcraftさん、ありがとうございます」


文字は小さく、紙の端には折り跡が残っている。

でも、その一言に、優翔の“感謝”が詰まっていた。


切れたバルサ材をそっとカメラの前に置く。

昨日とは違う、まっすぐな切り口。


タイトルはこうした。


「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #8」


投稿ボタンを押すと、胸の奥がまた少し熱くなった。


動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。

夜風が静かに流れ込む。


昨日とは違う。

今日は、風が少しだけ優しく感じた。


「……続けよう」


つぶやいた声は、静かに部屋に溶けていった。


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