第8話 最初の失敗
バルサ材を買った翌日、優翔は授業中もそわそわしていた。
ノートの端には、昨日よりもさらに細かい図が描かれている。
翼の幅、尾翼の角度、胴体の長さ。
頭の中で、模型グライダーの形が少しずつ固まっていく。
「藤枝、黒板写してるか?」
先生の声に、優翔は慌ててノートを閉じた。
周りの友達が小さく笑う。
優翔も笑って返したが、心はすでに家の机の上にあった。
――早く作りたい。
その思いが、胸の奥で静かに膨らんでいた。
放課後、家に帰ると、両親はまだいなかった。
玄関の静けさが、今日は“作業開始の合図”に思えた。
机の上にバルサ材を置く。
昨日触ったときよりも、軽さが際立って感じられた。
「……よし」
優翔はカッターを取り出し、慎重に刃を当てた。
バルサ材は柔らかい。
少し力を入れただけで、すっと切れる。
だが――
ぱきっ。
「……あ」
力を入れすぎた。
翼にする予定だった板が、真ん中から割れてしまった。
優翔はしばらく固まった。
割れたバルサ材を見つめる。
紙飛行機とは違う。
一度割れたら、もう戻らない。
「……むずいな」
小さくつぶやき、深呼吸する。
気を取り直して、別の板を切る。
今度は力を弱めて、ゆっくりと。
だが――
すじが曲がった。
切り口がガタガタになった。
尾翼にする予定のパーツは、形が歪んでしまった。
「……なんでだよ」
焦りが胸に広がる。
頭の中では完璧な形ができていたのに、
手はその通りに動いてくれない。
三枚目のバルサ材を切ったとき、
優翔はようやく気づいた。
――自分は、まだ“切り方”すら知らない。
図書館で読んだ本には、
「刃を寝かせて切る」
「一度で切ろうとせず、何度もなぞる」
と書いてあった。
でも、頭で知っていることと、
実際にできることは違う。
優翔は割れた板を手に取り、
しばらく黙って見つめた。
悔しさが、じわりと胸に広がる。
それでも、動画は撮った。
今日も声は入れない。
代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。
「バルサ材、難しいです」
文字は小さく、紙の端には昨日の折り跡が残っている。
その控えめな一言に、優翔の“正直な気持ち”が滲んでいた。
割れたバルサ材をそっとカメラの前に置く。
失敗の跡。
でも、それも記録に残すことにした。
タイトルはこうした。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #7」
投稿ボタンを押すと、胸の奥が少しだけ重くなった。
昨日までの“前に進む感覚”とは違う。
今日は、初めての“壁”を感じていた。
動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。
夜風が静かに流れ込む。
その風の冷たさが、少しだけ胸に沁みた。
「……どうすればいいんだろ」
つぶやいた声は、風に溶けて消えた。
でも、優翔はまだ知らなかった。
この日の動画が、コメント欄に“初めての長文アドバイス”を呼び込むことを。
そしてそれが、
優翔の世界をまた一つ広げることを。




