第15話 形になり始める
翌朝、優翔はいつもより少しだけ軽い気持ちで学校へ向かった。
昨日の尾翼実験の感触が、まだ胸の奥に残っている。
――尾翼の角度で、揺れ方が変わる。
――機体の“気持ち”が変わる。
old_wing_1975 の言葉が、頭の中で静かに響いていた。
教室に入ると、友達がいつものように話しかけてくる。
「優翔、今日の数学やばいらしいぞ」
「昼、購買の焼きそばパン行く?」
「昨日の動画、またコメント増えてたな」
優翔は笑って返す。
でも、心の奥では別のことがずっと動いていた。
――次は、胴体だ。
授業中、ノートの端に細長い線を描く。
胴体の長さ。
重心の位置。
翼と尾翼の距離。
「……これでいいのかな」
小さくつぶやき、また線を引き直す。
放課後、家に帰ると、優翔はすぐに机へ向かった。
昨日の風洞が、静かにそこにある。
「……胴体、どう作ればいいんだろ」
翼と尾翼は形になり始めた。
でも、胴体はまだ“ただの棒”のイメージしかない。
優翔はスマホを開き、昨日の動画のコメント欄を見た。
その中に、ひときわ丁寧なコメントがあった。
投稿者名は
「model_craft_tokyo」
model_craft_tokyo のコメント
胴体は“ただの棒”じゃないよ。翼と尾翼をつなぐ“空気の通り道”だ。バルサ材を細く切って、
ねじれないように、
まっすぐに、
軽く作る。それから、
重心をどこに置くかで飛び方が変わる。君のノートの図、いいね。
あの距離感なら、
たぶん安定する。もしよかったら、
胴体の作り方、少しずつ教えるよ。
優翔は、スマホを持つ手が止まった。
“空気の通り道”。
“重心”。
“ねじれないように”。
知らない言葉なのに、
なぜか胸の奥が熱くなる。
誰かが、自分のノートを見て、
自分の図を見て、
自分の“考えようとしている形”を理解してくれている。
「……すげぇ……」
小さくつぶやいた。
優翔はバルサ材を取り出し、
細く、長く切り始めた。
昨日までの自分なら割っていた。
でも、今日は違う。
木目を読む。
刃を寝かせる。
一度で切らない。
何度もなぞる。
すっ……。
細く、まっすぐな棒が切れた。
「……できた」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
次に、尾翼と翼の位置をノートで確認しながら、
胴体の長さを決める。
「……このくらい、かな」
優翔は、切ったバルサ材を机の上に置いた。
翼。
尾翼。
胴体。
まだバラバラだけど、
確かに“形”が見え始めていた。
優翔はスマホを構え、録画を始めた。
今日も声は入れない。
代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。
「胴体、作り始めました」
文字は小さく、紙の端には折り跡が残っている。
でも、その一言に、優翔の“次の段階”が詰まっていた。
細く切れたバルサ材。
ノートに描かれた図。
少しずつ形になり始めた試作機の部品。
タイトルはこうした。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #14」
投稿ボタンを押すと、胸の奥が静かに熱くなった。
動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。
夜風が静かに流れ込む。
外の風は相変わらず読めない。
でも、部屋の中には、
優翔が作った“風を見る箱”と、
少しずつ形になり始めた部品たちがある。
「……次は、組み立てだな」
つぶやいた声は、静かに部屋に溶けていった。
優翔はまだ知らない。
この日の動画が、
コメント欄に“初めての議論”を生むことを。




