第14話 知らない世界の言葉
翌朝、優翔はいつもより少しだけ早く学校へ着いた。
教室の窓から差し込む光が、ノートの白いページを照らしている。
席に座ると、自然とノートを開いていた。
昨日の風洞実験のメモが並んでいる。
・迎角
・揚力
・失速
・風の当たり方
その横に、角度ごとの揺れ方が細かく書かれていた。
「……次は、尾翼だよな」
小さくつぶやき、尾翼の形を描き始める。
翼より小さいけれど、飛び方を大きく左右する重要な部分。
でも、どう作ればいいのか、まだよくわからない。
授業が始まっても、優翔の手はノートの端で動き続けた。
先生の声を聞きながら、尾翼の角度を少しずつ変えた図を描いていく。
周りの友達は気づかない。
誰も優翔のノートを覗かない。
でも、それでよかった。
これは、優翔だけの“研究ノート”だ。
放課後、家に帰ると、優翔はすぐに机へ向かった。
昨日の風洞をもう一度セットする。
段ボールの箱。
扇風機。
そして、まっすぐ切れた翼。
「……尾翼の角度で、どう変わるんだろ」
優翔は、翼の後ろに小さな紙片を貼り、
即席の尾翼として角度を変えてみた。
ぶおおお……
風が段ボールの中を通り抜ける。
翼の揺れ方が、昨日とは違う。
尾翼の角度を変えると、揺れが安定したり、不安定になったりする。
「……すげぇ……」
紙飛行機では感じられなかった“制御”の感覚が、
今、目の前で起きている。
優翔はそのたびにノートに書き込んだ。
・尾翼を上げる → 揺れが弱くなる
・尾翼を下げる → 揺れが強くなる
・水平に近いほど安定する
「……こういうことか」
昨日よりも、風が“読める”気がした。
スマホを開くと、昨日の動画に新しいコメントがついていた。
その中に、ひときわ長いものがあった。
投稿者名は
「old_wing_1975」
優翔は息を呑んだ。
old_wing_1975 のコメント
尾翼の角度を変えると、
機体の“安定性”が変わる。君の実験は正しい。
風洞が簡易的でも、
“揺れ方”を見るだけで十分だよ。それから、
尾翼は“機体の気持ち”を整える場所だ。機体がどこへ行きたがっているのか、
風がどんなふうに流れたがっているのか、
それを感じながら作るといい。僕は昔、鳥人間に出ていた。
君の動画を見ていると、
あの頃を思い出すよ。
優翔は、スマホを持つ手が止まった。
“鳥人間に出ていた”。
その言葉の重さが、すぐには理解できなかった。
でも、胸の奥が静かに震えた。
誰かが、自分の動画を見て、
自分の実験を見て、
自分の“揺れる翼”を見て、
昔の空を思い出している。
「……すげぇ……」
小さくつぶやいた。
優翔はスマホを構え、録画を始めた。
今日も声は入れない。
代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。
「尾翼の実験、始めました」
文字は小さく、紙の端には折り跡が残っている。
でも、その一言に、優翔の“次の一歩”が詰まっていた。
段ボールの中で揺れる翼。
尾翼の角度を変えるたびに変わる反応。
ノートに書き込まれた数字と図。
タイトルはこうした。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #13」
投稿ボタンを押すと、胸の奥が静かに熱くなった。
動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。
夜風が静かに流れ込む。
外の風は相変わらず読めない。
でも、部屋の中には、
優翔が作った“風を見る箱”がある。
そして、ノートには、
今日も新しいページが埋まった。
「……胴体も作らないとな」
つぶやいた声は、静かに部屋に溶けていった。
優翔はまだ知らない。
この日の動画が、
コメント欄に“社会人モデラー”を呼び込むことを。




