第13話 埋まっていくノート
翌朝、優翔はいつもより少し早く学校へ着いた。
教室の窓から差し込む光が、机の上に淡く広がっている。
席に座ると、自然とノートを開いていた。
昨日の風洞実験のメモが残っている。
・迎角
・揚力
・風の当たり方
・翼の揺れ方
その横に、欠けた翼のスケッチが描かれていた。
――外では飛ばせない。
――でも、部屋の中なら“風を見る”ことはできる。
優翔は、昨日の airfoil_lab のコメントを思い出した。
「角度を変えながら風を当ててみると、
どの角度で浮こうとするかがわかる」
その言葉が、頭の中で静かに響いていた。
授業が始まっても、優翔の手はノートの端で動き続けた。
先生の声を聞きながら、
翼の角度を少しずつ変えた図を描いていく。
5度
10度
15度
角度を変えるたびに、
風洞の中で揺れた翼の動きが頭の中で再生される。
「……10度くらいが、一番揺れた気がする」
小さくつぶやき、メモを書く。
・10度 → 揺れが大きい
・15度 → 失速っぽい動き
・5度 → ほとんど反応なし
授業の内容は頭に入ってこない。
でも、ノートのページはどんどん埋まっていく。
周りの友達は気づかない。
誰も優翔のノートを覗かない。
でも、それでよかった。
これは、優翔だけの“研究ノート”だ。
放課後、家に帰ると、優翔は机に向かった。
昨日の風洞をもう一度セットする。
段ボールの箱。
扇風機。
そして、まっすぐ切れた翼。
「……今日は、角度を細かく見てみよう」
優翔は翼を少しずつ傾け、
風を当てて揺れ方を観察する。
ぶおおお……
風が段ボールの中を通り抜ける。
翼が揺れる。
角度を変える。
揺れ方が変わる。
優翔はそのたびにノートに書き込んだ。
・8度 → 揺れが強い
・12度 → 揺れが弱くなる
・14度 → 失速の気配
「……こういうことか」
昨日よりも、風が“読める”気がした。
風洞は簡易的だ。
正確なデータなんて取れない。
でも、優翔にとっては十分だった。
風が、翼が、
“何をしたいのか”が少しずつ見えてくる。
優翔はスマホを構え、録画を始めた。
今日も声は入れない。
代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。
「ノートが埋まってきました」
文字は小さく、紙の端には折り跡が残っている。
でも、その一言に、優翔の“積み重ね”が滲んでいた。
風洞の中で揺れる翼。
角度を変えるたびに変わる反応。
ノートに書き込まれた数字と図。
タイトルはこうした。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #12」
投稿ボタンを押すと、胸の奥が静かに熱くなった。
動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。
夜風が静かに流れ込む。
外の風は相変わらず読めない。
でも、部屋の中には、
優翔が作った“風を見る箱”がある。
そして、ノートには、
今日も新しいページが埋まった。
「……次は、尾翼だな」
つぶやいた声は、静かに部屋に溶けていった。
優翔はまだ知らない。
この日の動画が、
コメント欄に“元鳥人間OB”の視聴者を呼び込むことを。




