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空の向こう側  作者: 双鶴


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第12話 飛ばせない街

翌朝、優翔はいつもより少しだけ早く目が覚めた。

昨日作った簡易風洞のことが、まだ胸の奥で温かく残っている。


――風が見えた。

――翼が揺れた。

――浮こうとしていた。


その感触が忘れられなかった。


学校へ向かう道で、ビルの隙間を抜ける風が頬をかすめる。

その風の向きや強さを、自然と観察してしまう自分がいた。


「……今日、飛ばせるかな」


小さくつぶやいた。


放課後、優翔は家に帰らず、

紙袋に入れた“まっすぐ切れた翼”を持って外へ出た。


向かったのは、家の近くの小さな公園。

ブランコと滑り台があるだけの、よくある場所。


でも、ここなら――

少しだけなら――

飛ばせるかもしれない。


優翔は周囲を見回した。

人はいない。

風は弱い。


「……いける」


翼をそっと取り出し、

手のひらに乗せて、風に向けて傾ける。


その瞬間――


びゅおっ。


ビルの隙間から、突然強い風が吹き抜けた。


翼があおられ、優翔の手から飛び出し、

地面に叩きつけられた。


ぱきっ。


乾いた音がした。


「……っ」


優翔は駆け寄り、翼を拾い上げた。

端が少しだけ欠けている。


風は止まらない。

ビルの壁に当たって、渦を巻いて、

方向を変えて吹きつけてくる。


まっすぐじゃない。

一定じゃない。

読めない。


「……無理だ」


優翔は小さくつぶやいた。


東京の風は、

“飛ばすための風”じゃない。


紙飛行機のときもそうだった。

でも、今日の風は、

昨日の成功を打ち消すように冷たかった。


優翔は翼をそっと紙袋に戻し、

公園を後にした。


家に帰ると、部屋の静けさが胸に重くのしかかった。

机の上には、昨日作った風洞が置かれている。


「……ここでしか、できないのか」


外で飛ばせない。

風が読めない。

場所がない。


その現実が、じわりと胸に広がる。


優翔は机に座り、

割れた翼の欠けた部分を指でなぞった。


「……どうすればいいんだろ」


誰に聞くでもなく、つぶやいた。


でも、次の瞬間、

昨日のコメント欄の言葉が頭に浮かんだ。


「外で飛ばせないなら、部屋の中で“風を見る”ところから始めてみて」


airfoil_lab の言葉。


優翔は、そっと息を吸った。


「……そうだよな」


外で飛ばせないなら、

できることをやるしかない。


優翔はスマホを構え、録画を始めた。

今日も声は入れない。

代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。


「外では飛ばせませんでした」


文字は小さく、紙の端には折り跡が残っている。

でも、その一言に、優翔の“悔しさ”と“現実”が滲んでいた。


欠けた翼をそっとカメラの前に置く。

風に叩かれた跡。

でも、それも記録に残すことにした。


タイトルはこうした。


「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #11」


投稿ボタンを押すと、胸の奥が少しだけ重くなった。


動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。

夜風が静かに流れ込む。


外の風は、今日も読めない。

でも、部屋の中には、

昨日作った“風を見る箱”がある。


「……続けるしかないよな」


つぶやいた声は、静かに部屋に溶けていった。


優翔はまだ知らない。

この日の動画が、

コメント欄に“工学部の大学生”を呼び込むことを。


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