第10話 まっすぐな翼
翌朝、優翔は昨日より少しだけ軽い気持ちで学校へ向かった。
風は冷たいのに、胸の奥はほんのり温かい。
教室に入ると、友達がいつものように話しかけてくる。
「優翔、今日の英語プリント持ってきた?」
「昼、購買の新作パン行くぞ」
「昨日の動画、また伸びてたな」
優翔は笑って返す。
でも、心の奥では別のことがずっと動いていた。
――木目を読む。
――刃を寝かせる。
――一度で切らない。
授業中、ノートを開くと、昨日のまっすぐ切れたバルサ材の断面が頭に浮かんだ。
ページの端に、翼の形を描く。
昨日よりも線が迷っていない。
「……できるかもしれない」
小さくつぶやき、ノートを閉じた。
放課後、家に帰ると、優翔はすぐに机へ向かった。
昨日切ったバルサ材が、静かにそこにある。
「よし……」
優翔は新しい板を取り出し、木目をじっと見た。
細い線が、一定の方向に流れている。
――この向きに逆らわない。
カッターを寝かせ、そっと刃を当てる。
力を入れない。
一度で切らない。
何度もなぞる。
すっ……。
昨日よりも、さらに滑らかに切れた。
「……よし」
優翔は息を整え、もう一枚切る。
今度は少し長めの翼。
木目を読み、刃を滑らせる。
すっ……すっ……。
切れた。
割れない。
曲がらない。
まっすぐ。
「……できた」
声が漏れた。
昨日の失敗が、今日の成功に変わった瞬間だった。
次は、翼の形を整える。
図書館で見た図を思い出しながら、
翼端を少しだけ丸く削る。
バルサ材の粉が、机の上にふわりと落ちる。
その匂いが、優翔の胸を静かに満たしていく。
「……こういう匂いなんだな」
紙飛行機とは違う。
“ものづくり”の匂いだ。
翼が二枚、机の上に並んだ。
どちらも、昨日よりずっときれいな形をしている。
優翔はしばらくそれを見つめた。
胸の奥がじんわりと熱くなる。
「……俺、ちゃんと前に進んでる」
誰に言うでもなく、つぶやいた。
優翔はスマホを構え、録画を始めた。
今日も声は入れない。
代わりに、冒頭に手書きのメモを映す。
「翼、切れました」
文字は小さく、紙の端には折り跡が残っている。
でも、その一言に、優翔の“達成感”が滲んでいた。
まっすぐ切れた翼を、そっとカメラの前に置く。
昨日とは違う。
確かな手応えがある。
タイトルはこうした。
「【初心者】鳥人間を目指す高校生の紙飛行機日記 #9」
投稿ボタンを押すと、胸の奥がまた少し熱くなった。
動画を投稿したあと、優翔は窓を開けた。
夜風が静かに流れ込む。
その風の冷たさが、今日は心地よかった。
「……次は、胴体だな」
つぶやいた声は、静かに部屋に溶けていった。
優翔はまだ知らない。
この日の動画が、
コメント欄に“新しい仲間”を呼び込むことを。




