第8話 新たなる命
記者会見から幾日も経たぬうちに、海辺の祠は白木の飾りと花々で埋め尽くされていた。
幾千もの人々が駆けつけ、誰もが新しい海の花嫁を祝福しようと集まっていた。
白無垢に身を包んだ葵の姿は、かつて「男の跡取り」として生きた影をみじんも感じさせなかった。
「……葵」
澄海が手を差し伸べる。蒼き瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめていた。
「そなたをもう誰にも奪わせはしない。そなたらしく、生きてくれ」
葵は涙を浮かべ、力強くその手を握り返す。
「私が私であれるのは……あなたに出会えたからです」
拍手と歓声が波のように広がり、ふたりは夫婦として結ばれた。
潮騒が祝福の調べとなり、祠の灯がふたりの未来を照らし出していた。
やがて季節は巡り、神殿にひとつの産声が響き渡った。
葵が腕に抱いた赤子は、小さな手をぱっと広げ、澄海の蒼い瞳を映したかのように澄んだ光を宿していた。
「……澄海さま、この子が」
震える声で告げる葵の頬を、澄海はやさしく撫でた。
「そうだ。私たちの子。神と人との橋渡しとなる者だ」
赤子の泣き声は海を渡り、まるで国中に届くように響いていった。
村人たちはこぞって祝福し、蒼波国には再び信仰の灯が戻った。
澄海の力は完全に甦り、その胸に抱かれた子は未来の象徴となった。
葵はその傍らで、波打つ海を見つめながら静かに祈る。
――お母さま。私は本当の自分で、生きていきます。
夜空には無数の星が瞬き、海辺の祠にはひとつの灯がともった。
やがて人々は語るだろう。この日、海と人とをつなぐ花嫁が現れ、蒼波国に新たな神話が始まったのだと。




