第1章 - 陳さんと趙さん夫婦
私はベトナム出身の作者です。ここでは、東方文化の影響を受けたファンタジー作品を書いています。そのため、日本語の文体にはまだ不自然さや翻訳調が残っているかもしれません。
本作はもともと母国語で執筆したもので、その後、自分で日本語に翻訳した作品です。したがって、自然な日本語表現になりきれていない部分もあるかと思います。どうか温かい目で見守っていただければ幸いです。
もし本作を少しでも楽しんでいただけたなら、それは私にとって大きな喜びであり、何よりの励みになります。
暁の光が、新疆ウルムチ人民病院の救急科の廊下に差し込んでいた。
スピーカーから流れる声――
「神経外科カンファレンスは午前七時、三〇二号室にて。」
陳明軍は歩みを進めた。まだ鼓動の乱れが収まらぬうちに、看護師が急ぎのカルテを差し出す。
――「女性患者、四十歳。バイク事故による発作が持続、浅い血腫、脳圧迫の危険あり。」
明軍はカルテを握りしめ、即断する。
――「すぐに手術室を準備してくれ。」
小さな手術室に入ると、彼は手袋とマスクをつけ、まるで決闘に臨む武人のように視線を研ぎ澄ませた。
手術が始まる。頭皮を切開し、血腫を探り、圧迫を和らげるため吸引する。
看護師がメスを渡し、ガーゼを支える。照明が彼の蒼白だが揺るぎない表情を照らす。
一時間近い緊張の末、血腫は除去され、脳圧は下がった。
患者は縫合され、回復室へと運ばれる。弱々しいが手足が動き始める。
マスクを外した明軍の額には汗が滲み、早朝の窓明かりを見上げてつぶやく。
――「もう大丈夫だ。数日で完全に意識が戻るはずだ。」
昼休み、新疆の陽光が食堂の窓から差し込み、白米や野菜炒め、茉莉花茶の香りが響く食器の音と混ざり合う。
明軍は落ち着いた足取りで食堂に入り、トレーを手に席へ向かう。
角の席で待っていたのは、二人の同僚だった。
郭雪嫻、三十二歳、外科主任看護師。明るい声と冗談で緊張を和らげる存在。
程家義、四十一歳、内科医で毒研究の専門家。寡黙だが的確、仲間から「兄貴分」と慕われる人物。
郭雪嫻が箸でトレーを叩き、笑いながら言う。
――「陳先生、今朝は私たちも冷や汗でしたよ。まるで剣舞のような手術でしたから。」
程家義も微笑む。
――「確かに。吐魯番に来て間もないのに、もう評判ですね。でも体力を大事にしないと、龍脈でも救えませんよ。」
明軍は静かに笑い、トレーを置く。
――「自分の務めを果たしただけです。ここでは誰もがそれぞれの重荷を背負っていますから。」
郭雪嫻は声を落とす。
――「重荷といえば...新疆にはまだ秘密があるんです。アイディン湖は美しいだけじゃない。湖の下には尽きることのない熱流が眠っていて、老人たちはそれを『龍の息吹』と呼ぶんですよ。」
食卓の空気が一瞬静まる。外では乾いた風が窓枠を揺らし、これから訪れる何かを暗示するかのようだった。
その朝、吐魯番地質研究センターでは地震計が激しく数値を跳ね上げていた。
白衣姿の趙可欣は三次元地図を凝視し、アイディン湖下の亀裂に目を止める。
助手の陸玉珍が不安げに声を上げた。
――「先生、この揺れは地下水だけの原因とは思えません...。」
可欣は低い声で答える。
――「もし本当に龍脈なら...研究だけでは済まされない。」
同時刻、ウルムチから吐魯番へ向かう高速道路。
明軍は車を飛ばし、砂漠を駆け抜ける。
両側に舞い上がる砂嵐、遠くには雪を戴く天山が聳える。
トンネルを抜けた瞬間、灼熱の盆地が広がり、気温は五十度近くに達していた。
草原の風が吹き渡り、緑が波のように揺れる。
湖畔に二人の騎士が馬を進めていた。衣装は黒と白、対照的に翻り、夕陽が黄金を纏わせる。
女が湖を指差し、柔らかい声で言う。
――「ご覧なさい...」
男は微笑み、瞳に水の色を映す。
――「美しいな。」
それが物語の主人公二人――
陳明軍、三十六歳。神経外科医、ベトナム系華人、新疆に赴任した戦う医師。
趙可欣、二十八歳。地質学・考古学・言語学の専門家。砂漠の氷花のような存在。
二人は運命に導かれ、龍脈をめぐる冒険へと踏み出す。
湖畔で視線が交わり、風が頬を撫でる。
――「妻よ、この異国の地こそ、私たちの本当の始まりだ。」
二人の影が湖面に伸び、静かに口づけが交わされる。
龍脈さえも沈黙するような瞬間――
ここから「龍脈の記憶」が幕を開ける。
* * *
一か月後。
アイディン湖から四〇キロ離れた吐魯番風の小さなカフェ。
客はまばらで、濃厚なコーヒーの香りと、民族音楽の低い調べ、隅で静かにシーシャを吸う影が漂っていた。
窓際の席に、趙可欣は一人で座っていた。
薄い本をめくる手――しかしその瞳は、コーヒーカップに映る人影をずっと観察している。
静かにドアが開き、中年の男が入ってきた。
砂色のロングコートに毛皮の帽子。深い眼差しは、幾百里もの砂漠を渡ってきた者のようだった。
彼は周囲を見回さず、まっすぐに可欣の席へ向かう。
男は小さな紙袋を机に置いた。表には黒い万年筆で「龍脈」と二文字だけが記されていた。
低く掠れた声で言う。
「趙さん、この瞬間から、あなたは民間の測量業務をすべて中止していただきます。これは極秘命令です。」
可欣は顔を上げた。表情は静かだが、胸の奥で微かな震えが走った。
男は続ける。
「情報によれば、契丹勢力がタクラマカン砂漠への道を突き止めた。彼らは龍脈を吸い尽くそうとしている。成功すれば、この地域全体が――比喩的にも、文字通りにも――崩壊する。政府は公に動けない。我々が必要としているのは、少数で、機動力があり、秘密を守れる者だ。」
紙袋を彼女の方へ押しやる。
「中には古地図、数枚の衛星写真、そして特殊なクレジットカードが入っている。その取引は即座にシステムから消える。だが覚えておけ。一度この任務に踏み込めば、退路はない。龍脈を守ること――それは均衡を守ることだ。」
男は深く息を吸い込み、重い眼差しを向ける。
「そしてこれは、あなた個人の秘密ではない。国家の任務だ。政府は二人を後ろ盾にする。資源のため、生活のため、国の安全のために。龍脈を絶対に守らねばならない。」
可欣はカップを持ち上げ、ひと口含む。琥珀色の瞳が灯りの下で煌めき、微笑を浮かべた。
「分かりました。これは私のためだけでなく、新疆のために行くのですね。」
男は立ち上がり、コートを正し、背を向ける。
だが扉を出る直前、振り返りざまに言葉を残した。
「陳明軍も呼んでおけ。この旅路は、あなた一人では背負えない。」
そして彼は夜の街に消えていった。
テーブルの上にはまだ湯気を立てるコーヒーと、可欣の胸に重くのしかかる使命だけが残された。
ベトナムの神話には、武侠やファンタジーっぽい要素があまり多くないんです。
だから、物語を考えるときは、日本や中国、あるいは神様の文化が濃い国の舞台のほうが、ぐっとイメージが広がります。
私の国では、もし武侠や魔神の物語を観光地のグルメ街や賑やかな魚市場に置いて、登場人物が気功を放ったら、とても場違いで不自然に見えてしまいます。
だからこそ、私は神話や武侠の雰囲気が濃く漂う土地を選びました。そうした場所なら、武侠も魔道も物語の風景に自然に溶け込むのです。