第08話 幽函の落文師
──トントン……ガラッ!
「樫瑠璃、入るぞ」
畳んで重ねた寝具に背を預けて、新しく買った本の精読。
その優雅なひとときを邪魔する配慮のない大家が、ノックの直後に部屋へと立ち入り──。
「胡麻斑……ノックの意味をまた一から教えないと駄目か? いいかげんわたしも錠を付けるぞ?」
「大家の許可なき改築は認めない」
「まさかおまえ……いずれ夜這いをする気か?」
「意外に自信家なんだな」
「おまえが好事家という恐れもある。で、きょうはどのような仕事だ?」
「裏が一件。刑務所宛て」
「刑務所か、ふむ。胡麻斑、婦女暴行未遂で捕まって、文を落としてきてくれるか?」
「未遂か」
「……完遂したいのか? わたしが相手の狂言だが?」
「未遂だと留置場止まりだと思っただけだ」
確かにこいつほどの美形だと、わたしが訴え出たところで警察は相手にしなさそう。
いかにも狂言だ。
「それから樫瑠璃。新たに一人、代理人がつく」
「……あ?」
「入れ」
なかなか部屋に入らないなと思ったら、背後に人を隠していたのか。
しかし新たな代理人とは……あっ!
カラスミ屋の若旦那!
「ははっ、樫瑠璃さん。そういうわけで、手前もきょうから、お仲間……ってことで」
「……これはどういうわけだ、胡麻斑?」
この胡麻斑、慎重に慎重を期す男。
放蕩息子を仕事に絡めてきた思惑は……?
「俺もそれなりに忙しい身。使いっ走りをほしいと考えていた。そこでおまえが仕事に絡ませた、この男を選んだ」
「使えるのか?」
「実家の信用が高いのがいい。俺が出入りできないところへ、たやすく入れる。そして暇も十分」
うむ、それは実証済み。
幽函という仕事については、若旦那にいっさい話していないから、胡麻斑独自の判断か──。
「……わかった。わたしも使い道が多そうな男だと思っていた。これからよろしく頼む、若旦那」
「へへっ、よろしく。じゃあいつまでも『若旦那』呼びも寂しいですから、あらためて自己紹介を……こほん」
「胡麻斑、仕事を詳しく」
「ちょっと樫瑠璃さん! 名前くらい聞いてくださいよっ!」
当面は若旦那で十分、フフッ。
騒がしいのは苦手だが、若旦那がいれば動きやすくなるのも事実。
さらなる面白き幽函へありつける。
落文師・樫瑠璃。
あらためて腕が鳴る────!