好きだ、って言えたら
今回、初めて短編ものを作ってみました。
宜しければ、最後まで読んでいただけると幸いです。
卒業式と一人思い出探索ツアーを終え、教室に戻ると、誰もいなくなっていた。
黒板には先生が書いた「卒業おめでとう」という文字の周りに、「ありがとう」とか「バイバイまたね」とか、雑に書かれた寄せ書きが残っていて、それが妙に現実味を欠いて見えた。
荷物をまとめ、俺は窓の外を見た。
少し赤みがかった夕日が差し込んでいて、見慣れた校舎も、なんだか違う場所みたいだった。
昇降口を出ると、校門前に女の子が待っていた。
「遅いよ。めっちゃ待った」
そう言って笑う彼女は、幼馴染の咲だ。
今日も変わらず明るくて、だけどその笑顔の奥に、ほんの少しだけ寂しさが見えた。
「ごめん。教室でちょっとブラブラしてた」
「私も誘ってよ」
「今からもう一周?夜になるぞ?」
「……んー、仕方ない」
「ごめんな」
「うん、いいよ。……ってかさ、信じられないっていうか……卒業したんだね、私たち」
「明日から、早起きしなくていいのは嬉しいけどさ。なんか、変な感じだよね」
「……そうだな。もう、一緒に登校も下校しなくなるもんな」
「そうそう、あのコンビニの角で合流して、だいたい私がちょっと遅れてて」
咲が楽しそうに笑う。
俺も彼女の笑いにつられて笑いながら、横目でその表情を盗み見る。
ほんの少しだけ、髪を切ったことに気づいた。きっと卒業式のためだろう。
「なんか……終わっちゃったね」
ぽつりと、咲が呟いた。
俺はそれになんて返していいかわからなかった。
終わったのは学校生活で、でもたぶん、彼女が言いたいのはそれだけじゃない。
「咲は東京行っても、変わんないのかな」
「え? なにそれ」
「なんでもない。忘れて」
言葉を濁してごまかす。
本当は言いたいことが山ほどある。
けど、ここで言ってしまったら、今日までの空気が壊れてしまいそうで──怖かった。
「そっちは、通学どうするの? 自転車?」
「ああ、多分」
「……そっか」
お互いの進学先の話や、友達のことなどくだらない話ばかりして、帰り道を歩く。
俺も咲も笑っていたけど、段々お互いの言葉が少なくなっていく。
駅まであと少し、というところで、咲が立ち止まった。
「……ここでいいや。私、ちょっと寄り道してく」
「そっか」
「うん。あのさ──」
咲が何か言いかけて、でもやめるように目を伏せた。
その仕草だけで俺は少しだけ心が揺れた。
「悠真と毎朝歩くの楽しかったよ」
「……俺も」
「ありがとね。三年間……ううん、今までありがとう」
言葉のひとつひとつが、終わりの鐘みたいに胸に響く。
咲はいつもの笑顔を浮かべている。
でも、その奥にあるものを見ないふりをしているような笑顔だった。
俺は言おうか迷った。
でも、言葉はのど元まできて、そこから動かなくなった。
「じゃあね」
「……ああ。またな」
咲はふわりと手を振って、背を向ける。
その歩幅は、いつもより少しだけ速かった。
俺は呼び止めなかった。
いや、呼び止めることができなかった。
まるで金縛りにでもあったかのように、言葉が出てこない。
……ただ、その後ろ姿が見えなくなるまで、何も言えずに立ち尽くしていた。
彼女の姿が完全に見えなくなったあと、俺はぽつりと呟いた。
「好きだ、って言えたら──」
違う未来があったのか。
小学校、中学、高校と今までいくらでもチャンスはあった。
でも、関係が壊れるのが嫌……怖くて、あと一歩、あと一歩を踏み出すことができなかった。
スマホを開くと、咲からの通知がひとつだけ届いていた。
「またね」
たったそれだけの言葉に、どうしようもなく胸が締めつけられた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
初めて短編を作ってみたのですが、いかがだったでしょうか?
感想・改善点などいただけると幸いです。