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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第4章 愚かな滅びに至るまで
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63 砂漠へ


突然だが、戸ヶ森の様子がおかしい、或斗は訝しんでいた。


具体的に何がおかしいかというと説明が難しい。


何だか分からないが、或斗が出勤してオフィス区画で仕事をしていたらいつのまにか隣の席で仕事をしている(或斗はびっくりする)し、思わず声をかけたら何故か戸ヶ森側が挙動不審になるし、昼食の食堂では以前に増して必ず顔を合わせるし、まず遭遇頻度がおかしい。


その割に、以前と違って或斗に全く突っかかってこない。


郵便配達員にも果敢に向かっていくトイプードルのような勢いがもう全然ない、キャンキャンのキの字もない。


普通に挨拶とか、仕事の調子とか、休日の話とかを振られるだけなのである。


いや同僚としては普通だと思うが、あの戸ヶ森である、様子が変わるにしても限度があるだろう。


命の危機に晒されて未だ不安定で元気がないのかと思えばそんなこともなく、遠目に見た食事の量は普通であったし、体調も悪そうでないし、精神面は何というか、自信過剰かもしれないので大きな声では言えないが、或斗と話しているときはいつも機嫌が良さそうだ。


不可解である。


帰りの無人タクシーで世間話として普にその話をしたら、興味の無さそうな顔から一転、ものすごく不愉快そうな顔をされ、空腹の熊のごとき目線で睨まれた。



「急に不機嫌になるのやめてもらえませんか?」



と或斗が頼むも、「うるせえ全部お前が悪い」と無情にも打たれて終わった。


普の機嫌の変化は、ちょうど今頃、秋の空模様より意味不明である。


帰宅してから洗濯物を取り込み終えた瞬間に降りだした雨を見て、或斗はしみじみした。


まあ普にこういった人間の心の機微の話をしてまともな解答がもらえると思う方が間違いである、と或斗は本人が聞けば医務室送りにされそうなことを考えつつ、人間の心の機微博士、もといミクリを頼ることにした。


やはりミクリ、ミクリしか勝たない。


そう思って後方支援部隊の休憩時間にミクリを探し、相談したのであるが、ミクリは何故か冷や汗をかき、目を泳がせた。



「……私の口からは、今は何とも言えないかな……」



気まずげな顔でそのように返され、或斗はミクリの体調をいたく心配した。


田村医師のところへ一緒に行くかと尋ねるも、ミクリ本人が言うところにはミクリ自身は大丈夫だそうである。


何となく引っかかる言い方というか、ミクリじゃない人は大丈夫でないような、不可解なことがまた増えてしまった。


同じ後方部隊である落合に、それとなくミクリの体調を気にかけておいてもらえるよう頼んで、或斗は仕事に戻った。


他に誰か相談出来る相手……自慢ではないが或斗は『暁火隊』における知人は随分多くなったものの、個人的な相談の出来る友人といった間柄の相手はほとんど居ない。


だてに16年間人とコミュニケーションをほとんどとらない環境にいたわけではないのだ、そうポンポンと友人が出来るはずもない、本当に自慢出来ることではないが。


さてそうなると知人よりは関係値があって『暁火隊』のメンバーについて詳しそうな人……薄荷色の髪の見かけだけは可憐な女性である栞羽の顔が思い浮かんだが、尋ねてみても茶化されるか混ぜっ返されるか、とにかくロクな答えは返ってこないだろう。


賭けても良い。


こういう点において、或斗はいつかの普より良く言えば幾分か賢く悪く言えばおざなりであった。


そんなわけで、栞羽には端から相談しないことを決め、そうなると他に或斗の持つあてはない。


さすがに多忙を極める日明にこんな個人的過ぎる上緊急性もなさそうな相談は出来ないし。


よく考えてみれば戸ヶ森が情緒不安定なのは初対面からだった気がするし、割といつものことか。


或斗は無礼極まりない納得をして、この問題を意識の隅に追いやった。







まだ夏の暑さも残る9月の半ば、或斗と普は件のロクでなし、栞羽に、正確にはその上にいるまともな日明から、本部ビル地下情報部へ呼び出しを受ける。


こういったときは大抵、「カージャー」の話か或斗の虹眼についての話である。


今回はその両方だった。



「まず、バル=ケリムの体と研究拠点を色々と調べた結果からお話しますぅ」



不真面目な仕草で椅子をくるくると回す栞羽に普が舌打ちをする、予定調和的いつも通りの微妙に険悪な空気でブリーフィングは始まった。



「うち、『暁火隊』が散々振り回され、苦渋を舐めさせられたバル=ケリムの行動なんですが、アレらって実は『カージャー』本体はほぼ関与していなかったらしいんですねぇ。組織的な行動ではなく、バル=ケリムの暴走に近かったようです」


「はあ? あれだけクローン人間だのを好き勝手しておいてか?」



忌々し気に顔を歪めた普が問うも、栞羽は肩をすくめて頷いた。



「拠点の調査で出てきた情報から考えると、そうとしか結論が出せないんですぅ。どうも突出した技術力によって、クローン技術やそれで作り出したクローン人間たちの処遇にある程度の裁量が与えられていたようですね。その結果がアレだったわけですがぁ」



栞羽も困惑半分呆れ半分といった顔をしている。


あれだけ『暁火隊』を苦しめたバル=ケリムの行いが、まさかあの子供じみた性格そのままに突拍子もなく発生したイタズラのようなものであったとなると、複雑な心境にもなるだろう。


ただ、或斗はある種納得がいった。


ミラビリスが或斗へバル=ケリムを殺すための手段を示した理由がおぼろげながら理解出来たのだ。


無論、あの御伽噺をした理由がそれだけだとは思えないが……。


或斗が考えている間にも、栞羽の話は続く。



「これはバル=ケリムの暴走の話を受けて全体を俯瞰しなおしたことで分かったことなんですがぁ、どうも去年のアルコーンの死のあたりから、『カージャー』の組織的な動きにほころびが多くなっているというか、平たく言えば場当たり的になっているように感じられます。巳宝堂が虹眼くんを確保しようとしていたことについても、『カージャー』の関与は無かったようですし、何といいますか、以前と比べて徹底した情報統制などの余裕がなくなっているように思えますね~」


「あのスライム野郎が組織の核だったってことか?」


「それは何とも。ただ、スライムという属性からアルコーンは各地の拠点に同時に存在していたようですし、情報収集や拡散の要ではあったのではないかと。アルコーンの死については、完全に『カージャー』の想定外の出来事であったようですし」



確かに、ほぼ1年前のあの夜にアルコーンを倒せたのはあの場で手に入った千里眼の虹眼の能力によるものである。


もし虹眼の能力の内容が違っていたら、アルコーンを倒すどころか或斗が拉致されていた結果になっていたかもしれない。


しかしこれは非常に不可解なことでもある。


"ミラビリスは御伽噺を知っていた"のだ。


破壊しないと中に入れなかったストーンヘンジの遺跡のことも知っていたほどの人物が、たとえ先代バル=ケリムが隠していたとはいえ、ミゼールポレンの遺跡について全く知らなかったということがあるだろうか。


知っていたのなら、あのミゼールポレンの遺跡にアルコーンは最も向かわせてはならない人物だと分かるはずだ。


采配ミスか、あるいはミラビリスには何か別の思惑があるのか。


考えて分かる話ではないけれど、『カージャー』の組織にほころびが見え始めたというのにむしろ得体の知れなさは増しているように感じられる。



「或斗くん、何か懸念があるのかい?」



進行を見守っていた日明が複雑な顔で俯いていた或斗を心配して声をかける。


或斗はミラビリスの思惑について共有すべきかと悩んだが、前回会ったミラビリスには依然害意のなかったことを思って、一旦は口をつぐむことにした。


ミラビリスの身の上については御伽噺の話をした時点で日明や栞羽も察しているだろうが、証拠のある話でなし、ミラビリスの考えにまで話を広げると場を混乱させるだけだと考えたためだ。



「いえ、大丈夫です。続きをお願いします」



栞羽がくるくるしていた椅子から降りて簡易的な資料を回す。


資料の作成者は茂部、隣に座る普の顔が一瞬無になったが、大事なのは内容である、普はすぐに資料の内容に目をやった。



「バル=ケリムのワープ能力はダンジョンコア由来の魔法、おそらくゾエーと同じくダンジョンコアの能力の一部を行使出来るようにした人間、ねえ」


「はい。やはり死体から吸いだせる技術については予測に予測を重ねたものになってしまうらしく、何をどうやってそんなビックリ人間を作り出しているのかは分からないとのことですが、1点無視出来ない憶測がありますね」



或斗も資料に目を通す。


ダンジョンコアの能力の一部を人間の体を通して再現できるということは、巳宝堂が物質Xを使って洗脳魔法を行使したように、何かの物体を利用してダンジョンコア自体を作成する技術が「カージャー」には存在するかもしれない、と書かれてあった。



「ダンジョンコア自体を作れるということは……ダンジョンを自由に作れる?」


「国際テロ組織には持っていてほしくない技術だな」



普が吐き捨てるように言い、資料を机の上に放った。


日明は重々しく頷くも、「今の時点では予測に過ぎない。それにもしその技術が完成していたら、既にどこかで実験している可能性が高いだろう」と述べる。



「手持ちの情報では、『カージャー』がそういった実験を行った記録や、各国でのダンジョンの異常な増加などは見られません~」



栞羽も頷き、一旦「カージャー」の脅威については話を切り上げた。



「と、いうことでぇ」



栞羽が椅子に戻って、正面のパソコンを操作し、壁面のスクリーンを無駄に七色に光らせた。



「次の虹眼を手に入れますよ~~~! パッパラ~~~!」



栞羽の拍手の音が部屋に響く。


イラついている顔の普、普を刺激したくないので目を背けている或斗、苦笑している日明、他に拍手を続ける者はなかった。



「ノリが悪いですねぇ皆さん、ぷんぷん」


「27にもなって口でキモい擬音を発するな馬鹿クソ女」


「25歳にもなって少年少女の恋模様に機嫌を左右される大人げなさすぎ成人男性には言われたくありませ~ん」


「誰が何だ? 近所の公園の砂場に埋めるぞド腐れ廃棄物」


「はいはい、砂場ということですけどぉ」



かなり無理やり軌道修正を図った栞羽は、スクリーンを無駄に光らせるのをやめ、アフリカ大陸北部の地図を映す。



「『地球で最も大きな寒くない砂漠』、これはサハラ砂漠のことですね。ちなみにサハラという単語は砂漠を意味していて、サハラ砂漠は砂漠砂漠という意味合いになってしまうという話がありますがぁ」


「クソどうでもいい雑学吐いてないで本題に入れ」


「も~、虹眼くんにも分かりやすく説明してあげているというのに、普ちゃんはせっかちですね~」



栞羽は腰に手を当て頬を膨らませて抗議の姿勢を見せるが、普は「吐き気するからやめろ」と切り捨てている。


相変わらずどっちもどっちな大人げなさであった。


栞羽は顔と共に真面目な話へと戻す。



「アルコーンの1件から何故か『カージャー』が遺跡ダンジョンを追わなくなっているようです。理由は分かりませんが、敵がいないうちにパワーアップをしておくのは王道ですよ~! 目指せ目からビームが出る虹眼くん!」



栞羽が言うと王道も邪道に思えてくるので不思議なものである。


あと目からビームは出したくない、未零に会えたとき何と説明すれば良いんだ……ひたすら爆笑されそうな気はする。



「さてサハラ砂漠の現状ですが、まあ一般的に知られているように、旧時代より100倍くらい状況がよろしくない、と」



栞羽は背後のスクリーンにダンジョンの位置を示す点と、2051年現在の国境線を表示する。



「元々鉱物資源や石油資源の産出されていた砂漠ですが、ダンジョン発生に伴い採掘が不可能になった場所、消えた場所、滅びた都市、と色々ありました。今のところは出現したダンジョンから採れるエネルギー系資源や新鉱物資源の利権を巡って、残った国同士がそれぞれ大国をバックにつけて国境線を争っています。旧時代のやり直しというか、何とも不毛な話ですねぇ……」



例によって普の課題図書によって国際情勢についても多少は勉強出来ている或斗はその辺の流れについてもさわりは知っていた。


元々はピラミッドがあるあたりらしい、くらいの知識しかなかったことを思うと大進歩である。



「サハラ砂漠は非常に広く、当然内部に大規模から小規模のダンジョンがいくつも発生しています。特に人の手が入れにくい環境から、小規模ダンジョンの数が多く、そこから溢れたモンスターが気軽に砂漠の中をうろついているので、戦力を持たない一般人が護衛なしに移動するのは不可能とされています。唯一の鉄道も途中にダンジョンが出来たせいで使用不可ですし、今現在のサハラ砂漠の移動手段は護衛パーティのついた商隊バスや、物好きな観光客向けの観光バスくらいだそうでぇ……」



栞羽は不審な素振りで目を逸らす。


或斗は嫌な予感がした。


普はその嫌な予感に向けてド直球に突っ込んでいく。



「つまり何だ? ハッキリ言え」


「……虹眼くんと普ちゃんにはぁ、2人で砂漠を彷徨ってもらいます♡」



両頬に人差し指を当ててウインクをする栞羽。


普がガタリと立ち上がって栞羽の人差し指を逆方向に曲げようと手を伸ばすのを慌てて或斗が止める。



「普さん、気持ちは、気持ちは分かりますけど」



或斗が普を止めている間に栞羽はさっさと日明の後ろへ避難して澄まし顔をしている。


或斗は殴られ損である。



「普、話は最後まで聞きなさい。そして或斗くんを殴るんじゃない」



あと栞羽も真面目な話で普を揶揄うのはやめなさい、と日明が双方にお叱りを告げる。


こめかみに青筋を浮かべながら粛々と自席に戻る普、すみませ~んと反省の色のない声の栞羽。


打たれた頭を押さえてジト目を浮かべる或斗の視線にコホンと咳ばらいをして、栞羽は話を再開する。



「何も何の手がかりもなく砂漠に放りだそうというわけではありませんよぉ。御伽噺とやらには蜃気楼の宮、とありましたので、SNSや旅行ログなど、ダンジョン社会になってから発行された紙媒体の書籍も含めて『蜃気楼』に関する投稿を集めて解析、同じような光景を見たのだろうと考えられるものを分類のち、宮、あるいは宮殿といえる蜃気楼について調べてみました」



そもそも蜃気楼というものはそうハッキリと宮殿のような建物が見える現象ではありません、と蜃気楼の原理についても軽く説明が挟まる。


エノクのことがあって或斗も蜃気楼の現象については自力で調べてもいたため、頷く。



「ですので、宮殿が見えるという噂についてはハッキリとした情報を集められました。大体その蜃気楼が起こる地域も予測出来ています。ただ、更に異常が重なっているようで」


「異常が重なっている、ですか?」


「その宮殿の蜃気楼に近づくと、さほどの距離を歩いた感覚は無かったのにいつの間にか夜になっていたとか、逆に中天にあった太陽の位置が朝の位置に戻っていたとか、そんな現象があるんだそうです。いずれにしても、その人たちが目指した宮殿は消えていて、奇妙な現象ではありますが気候に体が合わなくて幻覚や勘違いを引き起こしただけ、と片付けられているようですね」


「『時を自在に操るもの』……」


「ええ、遺跡ダンジョンの宝にいかにも関係がありそうですね~」



大きく頷いて見せる栞羽……は、良いのだが、隣に座っている普の発する空気が非常に険しくなっていることに、或斗は気づいた。


或斗は知っている、普は暑いのが、嫌いだ。


寒いのも嫌いだが。


砂漠というものは昼間暑く、夜寒いらしい。


その砂漠を或斗と2人、大体の地域は絞り込まれているとはいえおそらく長時間蜃気楼の宮とやらを求めて彷徨わさせられるのである。


今の普の機嫌の悪さの原因は、或斗にも理解が出来た。


問題はこのご機嫌でいらっしゃる普と共に行くサハラ砂漠の道中を思うと、或斗の胃がキリキリすることである。


何だか最近の長距離移動は常にハラハラだかキリキリだかしている気がする。


或斗はまだ見ぬ砂漠の景色に思いを馳せ、遠い目をした。


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