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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第3章 彼の血は赤いか?
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62 人間とは


『暁火隊』支部 分析所の裏手には7m四方ほどの小さな中庭がある。


短く刈られた芝が夏の陽に青々と、端には小さな花壇があって、ピンクや紫、白の楚々とした花を咲かせている。


中庭の中央付近には、小さな墓碑がいくつか並んでいる。


大抵の研究施設にはつきものである、実験動物を弔う慰霊碑だ。


ただ、支部 分析所には動物のものとは別に分けて建てられた少しだけ大きな灰色の墓碑があって、それにはバル=ケリムという名の下に「グィエン・バン・チェット」「李 俊宇」という2人の名前が刻まれている。


数奇なことだが、バル=ケリムと同じ名を名乗った幹部は2人同じ場所に葬られることになったのだ。


バル=ケリムを殺したあの後、崩落するダンジョンの中を、普が死体1つと或斗と意識の無い戸ヶ森の2人、合計3人分の体を同時に抱えるという適性Aぶりを見せ、或斗が落ちてくる瓦礫などを結界で弾きつつ、無事脱出が叶った。


ワープトラップで分断されていたメンバーも含め、他の『暁火隊』のメンバーも無事脱出出来ており、『暁火隊』メンバーに死傷者は出なかった。


バル=ケリムの死体は、テレポーテーション能力の解析のため、先代バル=ケリムと同様に分析班での解剖に回され、1週間以上もの間死体を弄られ、部位ごとに分けられて、その後やっとこうして墓に眠らせられた。


とはいえ脳などの必要な臓器はまだ検体として分析所の保管室にあるだろう。


実験動物と並べて建てられた、人間を弔うには小さな墓碑。


或斗はあの日見た、或斗の吐き出させた血の色を思い出して、複雑な気持ちになる。


バル=ケリムの血は赤色だった。


彼は間違いなく人間であった。


けれど、バル=ケリムの所業の一端でも並べてみれば、人非人、人に非ずと詰られることも確かであろう。


あの日からずっと、或斗の頭にはいつかどこかで聞いた、誰のものとも知れない意思のような声が浮かんだまま、消えないでいる。



『何をもって人とするのか』



あの声は、怒りをはらんでいた。


何故?


何に怒っていたのだろう。


或斗が去年の冬、目の前で取りこぼした未零クローン、複製された命の血の色は赤だった。


クローンを、そしてそうでない人間の命をも玩具にして、残虐行為を楽しんでいたバル=ケリムの血の色も赤だった。


複製された命、残虐非道の研究者、2人は同じ人間という分類に入るのか。


声の言う通り、何をもって人間とするのか、そうすべきなのか、或斗には分からなかった。


心、だろうか。


人らしい心だというのなら、未零クローンは確実に人間で、きっとバル=ケリムは人間でないことになる。


だがバル=ケリムを人と認めないことは、そう断じてしまうことは、正しいことなのだろうか。


人でないからと、彼の命を奪い、必要なこととはいえその体を細切れにして技術を吸いだし、実験動物と同じ場所に葬ることは、正しい行いといえるのか?


バル=ケリムという存在を、或斗たちの都合や価値観で人に非ずと断じることは、それはバル=ケリムが人を人とも思わずに玩具や道具のように扱っていたことと、何が違うというのだろうか。


けれど或斗は確かに、あのダンジョンで、あの瞬間、彼を人と認められなかった。


違う生き物だと断じた。


だから殺した。


分かり合えないと感じたから、或斗の善の道に沿わないと思ったから、殺すしかないと選んだ。


人として生まれ、愛されて育ち、多才で……しかし生来の性質によってあの悍ましいことらをやってのけたバル=ケリムを、それでも人間と認めるためには、どうすれば良かったのだろう。


何をもってすれば、同じ人間と認められたろう。


バル=ケリムは子供のような人間だったと思う。


善悪の判断をつけないまま長じて、無垢に命を弄んだ。


子供、というのなら、ゾエーという「カージャー」の幹部が居る。


あの日ゾエーに手を伸ばした英のように、バル=ケリムに手を伸ばせたなら、何かが違っていただろうか。


あの一瞬に彼の命を切り捨てた或斗の判断は、果たしてあの日の英に誇れるものだったか。


バル=ケリムを救う道は無かったのか、そもそもバル=ケリムは救われる必要があったのか、彼の救いを考えることは彼に無惨に殺された人々への冒涜だろうか。


或斗は、全ての人は救われるべきだと思う。


じゃあ、バル=ケリムは人でなかったから、救われるべきでなかった?


その考えは、バル=ケリムの、命を道具や玩具と見なす恐ろしい感覚と、本質的に違っていると言えるか?


人間性とは、人間とは、何をもって判じられるのか。


結局のところ、或斗は悔いているのだ。


何の問答もなく、バル=ケリムの命を刈り取ったことを、恐ろしいと、間違ってやいなかったかと、苛まれている。


アルコーンの命を奪ったときにした決意から1年近くが経って、2回目の人殺しをした。


或斗にしか出来ないことだった。


だからこそ、或斗にしか、バル=ケリムを救う方策も見いだせなかったのではないかと、何度も何度も振り返る。


或斗はバル=ケリムの被害者の仇をとり、新たに奪われる命をなくし、仲間を救いだしたヒーローだ。


そして、字が汚くてニンジンが嫌いで日々を神に感謝する幼い精神性の人間1人を殺した、殺人者だ。


こんな悩みは『暁火隊』の誰にも言えなかった。


『暁火隊』の面々は本部襲撃の際の、陰惨なキメラ人間を目撃して、精神を削り戦った人たちだから。


一言「バル=ケリムを殺したのは正しかっただろうか」と問えば、即時に肯定されるだろう。


でも人殺しは肯定などされるべきでない!


或斗は『暁火隊』の仲間の誰にも、人殺しの肯定はさせたくなかった。


それで独り、支部 分析所の中庭の墓碑の前に立って、灰色の石に刻まれた人名を見ている。


許しが欲しいのか……今年の初春に教会でミラビリスに言葉をかけてもらって、前を向けた日のことを思い出した。


否、きっとそうではない。


許されたくも、正しかったのだと肯定が欲しいのでもない。


ただ、分からないだけだ。


バル=ケリムは多面的で、さかしらに技術力で権力者を揺さぶり、かと思えば犯罪を遊びとヘラヘラ断言して、ネットの一部では英雄のように語られ、『暁火隊』には地獄を見せ、幼い日には母の横で笑んでみせ、その母を自らの手で殺し、戸ヶ森を恐ろしい目に遭わせた。


彼の命の重さが、殺した意義が、或斗には量れない。



『本来、人が人を裁き断じることは出来ない』



ミラビリスはそう言った、その通りに、或斗は惑いの中にある。


あの日のミラビリスの言葉を、今度はゆっくりと、もう一度思い出す。



『もしも、キミが声を聞く者となりたいならば』



或斗はあのダンジョンで、あの瞬間、『声を聞く』とは断罪なのだと考えた。


それは果たして正しかったのか。


ミラビリスは何を思って、そのように言ったのか。


浮世離れしていて、ダンジョン適性Aで、或斗を助けてくれて、時に或斗に導きの言葉をくれ、穏やかに微笑んで見せる、美しい男性。


そして或斗と決して相容れない、"もう1つの名前"を持つだろう男性。


ミラビリスの血は赤いだろうか。


ミラビリスは……彼は、人間なのだろうか。


墓碑だけを見つめて立ち尽くす或斗の後頭部が、スパンと小気味良い音を立てて突然叩かれる。


見ずとも誰だか分かったが、一応振り返れば、普が疲れた顔をして或斗を睨んでいた。


今回は或斗が茂部の相手を途中から押し付けて中庭に来てしまったため、茂部からのセクハラ地獄によって疲労困憊なのだろう。


申し訳なさと気の毒さは、今の一発でチャラにさせてもらうこととする。


或斗をジットリと睨んだ普は、或斗の見ていた灰色の墓碑を一瞬見やって、すぐに視線を外し、「帰るぞ」とだけ短く促した。


或斗は頷いて、1度だけ振り返ってから、中庭を去る。







普と共に無人タクシーで帰ってきた普のマンションは、今の或斗の家である。


公式文書にも或斗の正式な居住地として登録されている。


或斗は制度的によくわからないが多分扶養とかに入れられている気もする。


そのあたり、おそらく或斗から突っ込まなければ普は詳しく話さず勝手に処理し続けそうなので、本来なら突っこんで訊くべきなのだが、被保護者で居る居心地の良さに甘えてしまっているところがあった。


家事の前に着替えようと、或斗に与えられた部屋の扉を開ければ、普をイメージして或斗が選んだルームフレグランスの香りが漂う。


モノトーンのシンプルな部屋の棚の上には黒いシックな花瓶に鮮やかな生花が活けてあって、部屋の中央には唐突なロッキングチェア。


花瓶の隣には、何故か日明や落合からもらった金の龍の巻きついた剣の形をしたキーホルダーや、小さな黒猫の置物がある。


バル=ケリムの私室よりずっと物が少なく、散らかってもいないけれど、ここには確かな人間性があると感じられた。



「……ただいま」



小さく呟いて部屋に踏み入れば、或斗の心がじわりと溶けるように安らいだ。


酷く疲れていたようで、或斗は着替える前に部屋で寝過ごして晩ご飯の時間に遅れたため、普から「服が皺になる、だらしない」「家事をサボるな」等々ボコボコくどくどと叱られた。


けれどテーブルに並べられた彩り豊かな食事の温かさ、普の小言(暴力は措く)も或斗に"家"の温かさをいつでも教えてくれる。


ここは或斗の帰る場所だ。


安心感が、夏の間バル=ケリムの振り撒いた薬品臭と死臭の冷たさを取り払ってくれるようだった。


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