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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第3章 彼の血は赤いか?
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60 救出ゲーム


或斗はハッと我に返り、悲鳴の元である隣の部屋に普たちと共に駆けつける。


部屋の中央では、悲鳴の主である戸ヶ森が手足を物質Xであろう暗黒色の枷で封じられ、床に倒れている。



「戸ヶ森さん!」



或斗が駆け寄ろうとした瞬間、戸ヶ森の倒れている場所を中心にして特徴的な紋様が広がり、収束する。


ワープトラップだ、と或斗はすぐに理解した、けれど足を止めず、戸ヶ森へ手を伸ばす。


だがほんの1歩分届かず、或斗の目の前で戸ヶ森の姿は掻き消えた。


或斗は悔しむのも後回しにして、部屋の中を調べる。


ダンジョンのワープトラップであれば、調べれば痕跡や再起動までの時間などが分かるからだ。


けれどもここはダンジョンではない、ワープトラップは初めから存在していなかったかのように痕跡1つ残っておらず、透視の虹眼でワープ先を視てみようとしてもワープトラップ自体が残っていないために何も見えない。


戸ヶ森の行方は分からなかった。


或斗が調査をする背後で、普が苛立たし気に他のメンバーへ状況を訊いている。


戸ヶ森と同じ班分けに入っていた男性メンバーが、震える声で経緯を述べるには、バル=ケリムの現在地の手がかりを得ようと、手分けして探索するときの班分けになって普たちの調べるバル=ケリムの私室以外の部屋を調べていた、そうしたら急に戸ヶ森の手足に黒い枷が纏わりついた、とのこと。



「俺は助けようとしたんだ、でもそしたらゆにちゃんが、巻き込まれるかもしれないから近づくなって……!」



男性メンバーは血が出そうなほど拳を握りしめて俯いている。


確か彼には妹がいると或斗は話を聞いたことがある、それで戸ヶ森の危機に何も出来なかったことが一層悔しいのだろう。


透視の虹眼など使ってはみたものの、ダンジョン外にあるワープトラップというのはつまりバル=ケリムの能力に他ならない。


戸ヶ森の行先は皮肉にも調べていたバル=ケリムの現在地だろう。


そして、バル=ケリムの手の内に落ちたということは、戸ヶ森にどんな陰惨な"遊び"が降りかかるか分からないということだ。


或斗は背筋から目の奥まで、怖気が走り、顔が青ざめるのを感じる。


普は少し考えてから舌打ちをし、方針を打ち出す。



「他の場所に同じトラップが仕込まれていないとも限らない。どうせ1人攫ってみせたということはあのイカレカスからすぐに連絡が入るはずだ。一旦退くぞ」



戸ヶ森がいくら心配でも、この場に手がかりが残っていない以上どうしようもない。


無理に残って2人目の被害者となっては目も当てられない、普の指示に従い、メンバーらは研究施設を出る。


そして普が栞羽へ連絡を取ると、「この映像を観てください」と明らかに焦りの浮かんだ声で栞羽がメンバーのタブレット端末に映像を共有する。


映像には初め、バル=ケリムの清潔感の無い顔が大写しになっていた。



「映ってる? 映ってるね~」



そう言ってカメラから顔を話すと、バル=ケリムは満面の笑みで手を叩いた。



「まずはかくれんぼ達成おめでと~! 『暁火隊』のみんなたち! 思ったより早くて焦っちゃったよ~、でも豪華賞品の仕込みは出来たし、『暁火隊』のみんなたちを飽きさせずに済んで安心安心!」



バル=ケリムはわざとらしく片眉を上げて、「豪華賞品って何? だって? それはね~」と言いながら後退して行き、背後にあったものをカメラに映す。



「お姫様になる権利~! みんな1度は憧れるよね? 桃でもお花でも良いけど、お姫様になって土管の王子様の助けを待ちたいって! そんな乙女の夢を叶える豪華企画! つまり次の遊びは~~~、スリル満点! 姫救出大作戦だ~~~!」



バル=ケリムの体で隠されていたのは暗黒色の枷に巻きつかれた虹色に輝く六角形、ダンジョンコアである。


周囲に魔結晶が不規則に生え、虹色の光を反射して最深部の暗い洞窟内を照らしている。


枷以外に、1つだけ奇異なものがあるとすれば、そのダンジョンコアからは人間の体が生えていることだ。


正確に言えば、倒れている人間――戸ヶ森の足先が、暗黒色の枷に巻き取られるようにして、ダンジョンコアに吞み込まれている。


バル=ケリムはその異常な光景をしっかりをカメラに映しながら、懐から旧式の形をしたマイクを取り出し、戸ヶ森へ向ける。



「ここで姫にインタビュー! 今キミはダンジョンコアに呑み込まれかけています! 全身呑み込まれたら多分死んじゃいます! まあ初めてやる実験だからどのくらいの時間をかけて死ぬのかは分かんないんだけどね~、そんなわけで、検体としても姫としてもコメントをちょうだいよ。今のキミってどんな感じ? 感覚は? 今どんな気持ち?」



バル=ケリムはぐいぐいとマイクを戸ヶ森へ突きつける。


戸ヶ森は息を呑み、青ざめた顔をマイクから背けてバル=ケリムを無視した。


するとバル=ケリムは一転冷淡な声で「う~ん、キミが喋ってくれないなら、もっと協力的な他の姫を探すしかないな~」と言う。


戸ヶ森はバル=ケリムを睨み上げ、苦虫を噛み潰したような顔でポツポツと声を出す。



「足の先が……呑み込まれてるとこの、感覚が無い」


「うんうん、それでそれで~?」


「段々感覚のない範囲が、増えていってる……」


「ふむふむ! 今の気持ちは~?」


「…………こ、わい……」



戸ヶ森は精いっぱい顔をしかめて我慢をしようとしたのだろうが、堪えきれなかった涙が1粒ポロリと零れ、その事実に歯噛みしている。


バル=ケリムは満面の笑みでマイクをしまい、カメラへ向き直る。



「姫! 助け甲斐のある反応をありがとう! そんなわけで、このダンジョンの場所は親切にも『暁火隊』の方に送っておいてあげたから、姫を助ける王子たちは姫が死ぬ前に奮ってゲームにご参加くださあい! 人間とダンジョンコアの完全な融合実験は僕にとっては初めての試みなんで、ボクもこのゴールで経過観察しながら待ってるよ~ん♪」



バル=ケリムがそのように言って手を振ると、プツリと映像が切れる。


非道という言葉では言い表せない、戸ヶ森という人間の矜持も人格も踏み躙る行いと、戸ヶ森を実験素材、あるいは遊びの道具としてしか見ていない物言いに、或斗は怒りでカッと後頭部が熱くなるのを感じた。


戸ヶ森は1人の人間だ、ココアが好きで、歳の割に少し子供っぽくて、普に憧れていて、ミクリと仲良く話していて、普に怒られたら可哀想なくらいにへこんで、巳宝堂のときは不器用に或斗を元気づけようとしてくれて……。


戸ヶ森を助けなければ、その使命感が焦燥となって心臓を焼く。


そんな或斗の、冷静さを欠いた状態をすぐに見抜いた普は身体を震わせている或斗を思い切り蹴り転がす。


背後からの脈絡のない暴力に思い切り顔から地面に突っ込んだ或斗は、鼻血を押さえながら抗議の目で普を見上げる。



「視野狭窄の馬鹿は置いていくぞ」



普は無表情で――この表情を或斗はよく知っている、普が激情を抑え込んでいるときに出る顔だ――或斗を見下ろしていた。


戸ヶ森は『暁火隊』の仲間だ、助けたいのも、バル=ケリムの所業が許せないのも、或斗だけではない。


或斗は1人ではない。



「……すみません、もう大丈夫です」



鼻血を乱暴に拭って、或斗は自力で立ち上がる。


それを当然として見届けた普は、栞羽と連絡を続けて今後の方針を話し合っているようだ。


バル=ケリムが指定したダンジョンからは、或斗たちが最も近い位置にいるらしい。


簡易的な話し合いの結果、確実に最深部まで向かわなければならないことも踏まえて、時間はかかるものの他の拠点の制圧に向かっていた戦闘メンバーたちと合流してから指定のダンジョンへ入ることとなった。







或斗たちはユーラシア大陸東の大国内を移動する。


旧時代、1つの共産主義国家として存在していた大国は、ダンジョン発生の混乱によって内乱が起き、その後もダンジョン利権を巡って内紛が続いている。


対外的には旧時代と同じ国名を保持しているが、内実はかなり複雑な状況になっていて、比較的近い距離にあるにもかかわらず日本から渡航する観光客などは旧時代よりずっと少なくなっている。


軍事演習という名の戦争状態が続いている地域も少なくないため、国内の移動も最短距離でとはいかない。


或斗たちは2泊ほどかけ、出来るだけ早く指定のダンジョンに辿り着き、他の戦闘メンバーらを待った。


指定されたダンジョンは外観こそごく普通の、周囲の物体を空間異常で呑み込んだ形跡のある宙に浮いた洞穴のような入口をしている。


上記の理由で国内が荒れているため、この国の中には発生から現在まで正式に調査されたことのない未管理ダンジョンというものが多く、このダンジョンもその未管理ダンジョンのうちの1つらしい。


そのためこのダンジョンについての公式の情報はほとんど無い、と栞羽が言っていた。


10年以上前の不確かな情報では、内部もごく普通の、特に見るべきもののないダンジョンであるということであったが……。


果たして、戦闘メンバーが揃ってから突入したダンジョン内は異様であった。


低階層から中層にかけて、人為的に作られた迷宮のように空間が作られていて、普の万能破壊キックや或斗の透視の虹眼で多少ショートカット出来たもののかなり時間を取らされた。


そして出てくるモンスターは全て普通の系統の生き物でなく、バル=ケリムの作ったのだろうキメラ人間だった。


モンスターや他の人間と無理やりに組み合わされたキメラ人間たちは、辛うじて人間語に聞こえる発音で「たすけてくれ」と叫びながら襲ってくる。


『暁火隊』本部ビル防衛に加わっていたメンバーはともかく、そうでないメンバーはダンジョン突入後数時間でかなり精神的に削られてしまっていた。


そういった精神状態を狙いすましたように、或斗でも見分けることの難しいワープトラップがいくつも仕掛けられていた。


いくつかは普がさすがの反射神経で魔法陣破壊を行ってくれたから助かったけれども、何人かのメンバーはワープで飛ばされてしまい、戦闘メンバーは分断されてしまう。


戦闘メンバーにはあらかじめワープトラップなどで分断されることがあれば己の身の安全を最優先に脱出を図るよう普が指示を出していたので、命の危険は少ないと思われるが、一刻を争う状況で戦闘員が減ってしまうのは痛手であった。


そして中層を抜け、深層までやってくると、キメラ人間ではなく、バル=ケリムの珠玉の作品なのだろうキメラモンスターがうようよと放されている。


たった2種類だけを掛け合わせたモンスターでも複雑な機構のように弱点を補い合い、『暁火隊』の精鋭である戦闘メンバーを手こずらせるレベルのものが多かった。


そしてようやく最深部へ近づけた頃、巨大なキメラモンスターが姿を現す。


先代バル=ケリムの作ったものに似ていなくもないが、見たところそれよりずっと洗練された形をしていて、今までのキメラモンスターのように強さは先代のものを圧倒していると見ただけで分かった。


早急に片付ける、と意気込む或斗と普の前に、他の戦闘メンバーが立つ。



「この程度なら、俺たちだけで始末出来る。遠川と普さんは先に行ってゆにちゃんを助けてくれ」



そう言ったのは、戸ヶ森を助けられなかったと悔いて声を震わせていた男性メンバーである。


しかしこのキメラモンスターは軽視出来る強さではない、下手をすれば死者が出る可能性すらある。


全員で当たるべきだ、と声をあげようとした或斗の肩を、雑に叩く手があった。


見上げれば、高楽がいつもの能天気な顔で笑っている。



「オレが居るんで、ここは大丈夫っす」



いつも通りの何も考えていないような笑顔で、何の気負いもなく言ってのけた高楽の紅金の盾は歪みも濁りもなく輝いていて、その光が或斗の心を押した。



「……よろしくお願いします!」



或斗は残ってくれたメンバーらに背を向けて最深部へと駆けだす。


無論普が走った方が早いので、すぐに普から荷物担ぎされるに至り、恰好はつかなかったのだが。


その後は目立った妨害もなく、或斗と普の2人は魔結晶の生える洞窟、ダンジョン最深部へと辿り着いた。


虹色の光に向かって中央へ駆け込むと、そこには地べたに座り込んで紙に何事か楽し気に書き込むバル=ケリムと、暗黒色の枷に囲われた虹色に光るダンジョンコアがあった。


戸ヶ森の姿は……ダンジョンコアの中、完全に取り込まれた状態で指一本動かせないのだろう、硬直していた。


その表情は絶望と苦悶、しかし最後の矜持で涙だけは我慢したのだろうと眉間の皺で察せられる、悲痛なものであった。


ダンジョンコアの隣で楽し気に書き物をしていたバル=ケリムは、或斗たちの到着に気づくと立ち上がり、両手を上げて高らかに勝利を告げる。



「じゃじゃ~ん! ざ~んねんでしたぁ! 姫は死んじゃった! 今回の遊びはボクの勝ちね~~~!」



バル=ケリムはどこまでも楽しそうに、或斗と普をおちょくるような声音で笑う。


姫は死んじゃった、死、という言葉に、崖から突き落とされたごとき絶望感が去来して力が抜けそうになる或斗だったが、隣の普が立ち上らせている殺気でいくらか冷静になり、1つだけ希望があることに思い至った。



「ねえ今どんな気持ち~? 『カージャー』に逆らったせいで大事な仲間を失っちゃったわけだけど、どんな気持ち~?」



キャッキャッとはしゃぐバル=ケリムに何も答えず、或斗は両の足で地面をしっかりと踏みしめて、顔を上げる。


そしてダンジョンコアへと近づいていく。


バル=ケリムは不思議そうに首を傾げて、或斗の歩みを見る。



「そのダンジョンコアはボクの制御下にあるから、何したって無駄だよ~? もうこのゲームは終わったの!」


「まだ終わりじゃない」



或斗はハッキリと言い切る。


そしてダンジョンコアの前で、六芒星の虹眼を発動させた。


まずダンジョンコアを囲っていた暗黒色の枷が割れて弾け、次に虹色のダンジョンコアそのものが砕け散る。


ダンジョンコアは結界だ、だから或斗の虹眼で破壊出来る。


取り込まれた戸ヶ森が一緒に砕けてしまわないかだけが心配であったが、中に封じられていた形であったらしい戸ヶ森は、ダンジョンコアの破壊によって解き放たれ、気を失ったままドサリと或斗の腕の中へ倒れこんでくる。


その小柄な体は確かに、細くも呼吸をしている。


或斗は泣きそうに顔を歪めて、安堵で奥歯を噛みしめた。


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