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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第3章 彼の血は赤いか?
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59 バル=ケリムとは?

描写がチョトぐろいです



「えー、それで? 世界遺産を吹き飛ばして手に入れた虹眼くんの能力が何ですってぇ?」



過労による死相の浮き出た顔で微妙に棘のある言い回しをするのは栞羽である。


『暁火隊』本部地下情報部では、久々にブリーフィングが行われていた。


今回虹眼の強化のためにストーンヘンジを大破壊した件について、火消しを行ったのは様々へ頭を下げて回った日明と世間の情報操作を行った情報部の一部である。


そのお陰で一時期はヨーロッパでは大ニュースとして取り沙汰されたストーンヘンジの喪失も、程々の落ち着きを見せていた。


事が事だけに、情報部の中でも知る者を絞った結果、ただでさえバル=ケリムの拠点探しでてんやわんやしていた栞羽たちの仕事量が単純計算で倍増したのだが。


それは棘の1つや2つも出よう、むしろ刃傷沙汰になっていないことを喜ぶべきかもしれない。


或斗は隣で「済んだことをグダグダとうるせえぞ」と言い放っている普と違い、刺されたら普通に死ぬので。



「ええと、結界? みたいなものを作ったり、見抜いたり、壊したり……特殊な状況を除けば、主に防御に使える能力だと思います。結界は物理攻撃も魔法攻撃も通さないようなので。ただ、あまり長い間張り続けることは出来ません、結界1つにつきおよそ1分ほどのようです」



或斗がここ数日で普と検証した結果を報告すると、日明が不思議そうに眉を上げる。



「特殊な状況とは?」


「ダンジョンコアというものは、一種の結界であるようです。それで……他人の制御下にあるダンジョンコアでも、俺の能力で破壊することが出来そうなんです。制御権を奪うわけではないので、浅い小規模ダンジョンでなければダンジョンの崩落に巻き込まれる危険があって、試してはいませんが」


「それは……軽々には余人に明かせない内容だな」



日明が唸る。


悪用しようと思えば出来てしまう能力だ、もっとも或斗の頭ではこの能力を活かせる悪事は思いつかないのであるが。


栞羽は棘をおさめ、不思議そうに首を捻る。



「しかしミラビリス氏が今回の騒動の話題の中で勧めた遺跡ダンジョンなんですよねぇ。まあ場所の特定が容易だったことはありますが、対バル=ケリムの何かに役立つ能力なんでしょうか」


「それは何とも……」



ミラビリスの思考は或斗にもよく分かっていない、本人に問うてみるのももう無理だろう。


おそらく、ミラビリスと次に会う時は――。



「あの無銭飲食の話はどうでもいい。で、バル=ケリムのクソ野郎の拠点は特定出来たんだろうな」



普が机を軽く叩いて本題に戻す。


今日集まったのは或斗の新しい能力の件ではなく、ここ3週間ほど情報部と分析班がかかりきりになっていたバル=ケリムの拠点特定が出来たという話からだった。



「結論を述べると、完全な特定には至っていません~。ですが3箇所までには絞り込みましたぁ。ご存じの通り、カージャーはあちこちに拠点を持っていますから、そのどれもが本命である可能性があり、どれかがアタリである可能性もあります」



3箇所となるとそれは随分と絞り込めたものだと思う。


何せバル=ケリムの言い様と来たらまったくのノーヒント、どの大陸にあるのかも知れない状態であったのだ。



「結局、どうやって絞り込んだんですか?」



絶対に必要な情報ではないが、興味本位で或斗は栞羽へ尋ねる。


するとブリーフィングが始まってからずっと或斗の横の普を執拗に見ていた茂部が代わりに答えた。



「遠川少年は、出自からそこそこダンジョンネズミには詳しいと思うが」


「まあ、はい」



或斗は何故急にダンジョンネズミ? と不思議がりつつも認める。


十余年ダンジョンネズミを捕獲して食料にしていた実績は軽視されたく……ないこともないか、程々にどうでもいい話ではあるが、ダンジョンネズミの居そうなポイントや食いつきの良い罠なんかはよく知っている。



「ダンジョンネズミは世界的に、日本の安全区域などを除けばほぼ全ての地域に同じ種が生息しており、これは非常に珍しいことだ。ダンジョンから発生したとして、その全てが同じ種であることは興味深く、ダンジョンネズミ研究者の中にはダンジョンネズミこそがダンジョンの秘密を解き明かす鍵に他ならないと豪語する者もいる」


「ダンジョンネズミ研究者」



そんな職業があるのか、まああっても不思議ではないけれども……補給の簡単な食糧としてしか見て来なかったダンジョンネズミが急にアカデミックな色を帯び始め、或斗はいささか困惑する。



「ダンジョンネズミ研究の道は広く、深い。その話をきちんと伝えるにはこの場は短すぎる、ので要点だけ伝えるのだがね。ダンジョンネズミの分布や食性、種族的な行動などを研究する分野は大きいのだよ」


「はあ、それで、ダンジョンネズミは今回の件とどういう関係が?」


「うむ、バル=ケリムの拠点はどう考えても安全区域内には無いと考えられる。そもそも安全区域内に研究施設を作ることは認められていないし、その法によって薬剤などを搬入するのも一苦労だからだ。まさかバル=ケリムがいちいち全ての工程で自身のテレポーテーション能力を使っているということもあるまい。つまり、バル=ケリムの拠点にもダンジョンネズミは生息しているだろうと仮説を立てたわけだな」



茂部は手元の分厚い資料を捲ってブツブツと何事か呟きながら、要点を絞って話を進める。



「知人にダンジョンネズミ研究の第一人者が居てね。まあかなりの変人だが、どうにか手伝ってもらってバル=ケリムの作品である死体やキメラ人間の死体に付着したダンジョンネズミの痕跡からおおよその地域を特定することが出来たのだ」



この茂部をして変人と言わしめる研究者の人格が多少気になりはしたが、詳細を聞く前からロクでもない人間だろうということだけは分かったので、或斗は頷くに留めた。



「地域の特定後は情報部の仕事だな。旧巳宝堂の医療・化学系の情報網を利用して、特定した地域内での特殊な薬品の搬入状況などを探った結果、3箇所の研究施設まで絞り込んだのだよ」



巳宝堂は日本以外の国でも医療系のインフラを敷いていたので、その辺りを利用出来たのは大きいらしい。


以前或斗の踏み出した一歩がここで役に立ったのかと思うと、少しだけ嬉しかった。


茂部の解説を受け、日明がブリーフィングの終わりを告げるように立ち上がって宣言する。



「夏も終わりに近い、水辺ダンジョン攻略にやっている人手をいくらか引き上げて、『暁火隊』の動けるメンバーを集め、バル=ケリムの拠点を制圧する」








或斗と普が配置されたのは、3箇所の中でも本命、特にバル=ケリム本人が出入りしている可能性の高い研究施設であった。


場所はユーラシア大陸の東側の端の方である。


来るまでには貧民窟や竹林を見かけた。


ユーラシア大陸東側の大国の情勢について解説を挟むと長くなるので割愛するが、まあ今現在は違法研究所など建て放題の治安をしているとだけ言っておこう。


今回は或斗と普だけでなく、他にも何人かの戦闘メンバー、後方支援部隊の面々がおり、戦闘メンバーの中には戸ヶ森も居る。


戸ヶ森について、一時期より或斗に対する妙なよそよそしさは薄れたように感じるのだが、やはりまだどこか何かしらのわだかまりを抱いていそうな印象がある。


キメラ人間襲撃後、療養を挟んでから任務に復帰しており、そこでの戦闘には特に問題はなかったらしいので、或斗に対する態度云々くらいであればさほど心配することもないだろう。


そのうちまたキャンキャンと元気に吠えてきてくれるはずだ、或斗は微妙に無礼な納得をして任務に意識を戻した。


今回の拠点制圧については、情報部のシステムハッキングなどの助力はほとんど無い。


理由としては、バル=ケリムの拠点から得られるであろう研究データについては既にバル=ケリム自身が盛大に『暁火隊』向けてキメラ人間などといった形で放出しており、新たに得られる情報は少ないだろうと推測できること。


またバル=ケリムは『暁火隊』が自身の拠点に踏み込んでくることを知っている、というか自分でそう仕向けているので、下手にネットワークを通してクラッキングなどしてしまうと、相手に合図を送るようなものになってしまうこと、が挙げられる。


作戦もへったくれも無いが、一応先頭を行くのは普だとか、手分けして探索する際の戦闘メンバーの分け方だとかだけは話し合ってある。


3箇所同時に踏み込むため、研究所の表と裏に展開した戦闘メンバーたちへそれぞれイヤホンから栞羽の声で合図が送られる。


合図とともに研究施設に踏み込むと、中には誰も居ない。


去年の冬の救出作戦のときのように、警備ロボや使役モンスターなども影も形もなかった。


まるで人の気配のしない施設であるが、各部屋に残されていた研究成果は悍ましいの一言に尽きた。


戸ヶ森や、何人かのメンバーは吐き気を堪えて目を逸らす。


顔を見るに、クローン人間だけではなく、周辺の貧民窟からも多くの人間を攫ってきて使用したのだろう、様々な年齢、性別の人間の死体が、静けさも相まって美術館めいて展示されているように置き去られていた。


日本の地獄を表現したらしい、針山に標本のように突き刺さった死体の数々、釜茹でなどは本当に今も油に似た薬品が煮えたぎっていたが、不思議と釜の中に突っ込まれている苦悶の表情を浮かべた死体は生きているかのような剥製のままであった。


他に、まさか本当の親子を使っているのだろうか、あり得ない話とも思えないが……有名な絵画のサトゥルヌスのように子供の首なし死体を喰らう姿勢のまま固定された、モンスターとのキメラ人間の剥製があり、冒涜的にもデーモン型のモンスターと掛け合わされたらしい男性の遺体が十字架にかけられた状態で飾られているなどしていた。


それらの死体群は明らかに何かの用途のために仕立てられたのではなく、バル=ケリムの遊び心を満たすためだけに作られたことがありありと伝わってきて、悪趣味という言葉では到底片付けられない有様であった。


そうしたバル=ケリムの趣味ゾーンを抜ければ、大きな培養器の中にたくさんのキメラ人間が押し込められている区画になる。


去年冬の救出作戦で見たクローンを部位ごとに分けた強化プランを試行していたらしいことが、残されている資料から分かる。


しかし部位ごとに分けられたクローン人間は、大体何かのモンスターを混ぜられていて、バル=ケリムはモンスターの種族的特性を使って拒絶反応を抑えた合体法を考案しているようであった。


とはいえその区画も真面目な研究は半分ほどで、培養器のプレートに「どっちが勝つかな」などと走り書きされた、双頭のクローン人間が収容されている培養器、「胎児の生命力」と題されて母親ごと培養器に収容され、薬剤で緑がかって膨れた顔を晒した無辜の妊婦と未出生児などが多く並んでいる。


そういった意味不明で無為に人の命を弄んだ胸の悪くなる遊びの痕跡を見ると、或斗も培養器に反射する自分の顔が酷く歪んでいることを自覚する。


今回は、或斗が何かを考える前に、 中途半端に遊びで生かされていた人間たちの培養器のスイッチを普が無言で落としていった。


他のメンバーも胸糞悪さを堪えるのに必死で、普の行動には感謝するばかりであった。


ほとんどの培養器の電源が落とされ、蛍光灯の光だけになった研究施設の奥には、研究員の居住区域があるようだ。


人の気配は無いが、バル=ケリムが「やあ」と待っていないとも限らない。


普を先頭に、メンバーらは慎重に進んでいく。


ほとんどの部屋は無機質な白いベッド、生活感が薄く私物もほぼ無い寝るためだけの部屋であったが、奥の1部屋だけは違った。


その部屋はカーペットからカーテン、壁にかけられた謎の落書きめいた絵を含めて、うるさいほどに賑やかな色彩と模様に溢れていた。


広い机の上には落書きと見分けのつかない走り書きの研究資料、本当の落書き、バラバラにしたまま放っておかれたヒーローのフィギュアなどが散乱していて、床の上も似たような状態である。


普の家に与えられている或斗の私室よりよほど人間臭い部屋だった。



「ガキのゴミ部屋かよ」



吐き捨てた普の言う通り、5歳児の部屋の方がまだ整頓されているかもしれない。


だがここがおそらくバル=ケリムの私室なのだろう。


壁に据え付けられた棚にはぐちゃぐちゃながらもたくさんのトロフィーや賞状が飾られている。


賞状やトロフィーの台座部分を見れば、バル=ケリムの本名なのだろう、「李 俊宇(リ ジュンユー)」という名前が共通して入っている。


受賞している分野は多岐に渡り、子供のスポーツの大会などもあったくらいである。


書類や資料の束とごちゃまぜに放られているが、子供時代のバル=ケリムだろう写真もいくつか見つかった。


楽し気に他の子供とサッカーをしている写真、額に入った賞状を手ににかりと笑んでいる写真……隣に写っている女性は母親だろうか。


先ほどまでのこの世の地獄を作り出した人間とはとても思えない人間味に溢れた私室と過去とに、吐き気に似た混乱が或斗の胸に渦巻いた。


或斗はその言い知れない不快感を振り払うように私室の探索を続ける。


すると棚の中に無造作に突っ込まれていた「日记」という本を見つける。



「日記……?」



普が視線で見せてみろと言うので、普の元へ持っていって顔を突き合わせて読むことになった。


というか或斗は中国語が読めなかったので、普が代わりに読みあげてくれた。


バル=ケリムの日記には、ほとんど異常なことは書かれていない。


それが逆に不気味であった。


「毎日が楽しい」「充実している」「ハンバーグについているニンジンのグラッセの存在意義についての論文を出してやりたい」「自分より無能だった上司が死んだ、愉快な人ではあったので残念だ」など、本当に日常を切り取っただけの内容である。


処々に「神様、人生をくれてありがとう!」という感謝の文が挟まれているのを、或斗は唾液すら酸っぱく感じるほどの怖気をもって聞いていた。


日記から読み取れる「李 俊宇」の人生は途中までごくごく平凡なもので、ダンジョン発生の少し前に生まれた家は裕福で、両親も優しく賢く、愛されて育ったことが分かる。


それがどうしてマッドサイエンティストですらない命を踏み躙る狂気の研究者に変わったのか、日記からは何も読み取れなかった。


ただサッカーを楽しむように、図工の賞の作品を作るように、地続きで命を弄ぶようになった様が書かれてある。


信じがたいことには、李 俊宇の初めての殺人は己の両親であったらしい。


それまでに確執が生じている様子もなく、ただやってみたかったからという理由で手をかけたようだ。


或斗は頭痛を感じた。


あまりにも理解出来ない。


日記を閉じた普が「生まれついての狂人はいる。役に立たないことを無駄に考え込むな」と或斗に釘を刺した。


いつもならそれで気持ちを切り替えられるのに、どうしても或斗の考えはバル=ケリムという人間の在り方に向いてしまう。


或斗はバル=ケリムのことが何一つ理解出来ない。


理解されたいとすら彼は思っていないだろう。


こんなことが許されていいのか、バル=ケリムを……同じ人間だと思うことを、どうしても感情が拒絶する。


バル=ケリムは人間か?


彼の血は本当に、赤いのか?



「きゃあぁぁ!」



そんな考えに囚われていたからか、隣の部屋から聞こえてきた戸ヶ森の悲鳴の元へ駆けつけるのがほんの一瞬遅れてしまった。


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