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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第3章 彼の血は赤いか?
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57 御伽噺



「御伽噺をしようか」



おとがいに手を沿わせて笑み、そう言ったミラビリスは、一欠けらの害意も見せないで、宗教説話を聞かせるように、ゆったりと以下のように語った。



『イギリスのソールズベリーの北西に位置するストーンサークルは、宝を封じる場となり人を遠ざけている。


その宝は囲うもの、囲いを破壊するものである。


地球で最も大きな寒くない砂漠には、サラブ……蜃気楼の宮がある。


宝を得ようとするものでないと宮に立ち入ることはできない。


その宝は命尽きるまで時を自在に操るものである。


この地球の広い空のどこかに、不変の積乱雲がある。


そこには天空に聳える白亜の城があって、強大な天龍が守っている。


その宝は神の御業、無から有を為すものである』



「それぞれの"遺跡"には、異世界の宝が眠っているのだよ」



ミラビリスはそう結ぶ。


"遺跡"、"異世界"、たくさん尋ねたいことがあったけれど、ミラビリスが全てをここで詳らかにしてくれるとも思えない。


ただ、或斗はいくつか問うことにした。



「ビリーさんは、どうしてそんなことを知っているんですか?」



そう尋ねた或斗に向けられたミラビリスの目線はいつになくどこか熱っぽく、何かを懐かしむようでもあった。


その瞳に宿った遠い日への惜別のような何かを見て、この年齢不詳の青年、いや男性は少なくとも或斗の思っていたよりずっと歳を経ていることを察する。



「宝のうち1つが私の養父の形見でね、宝探しに至る経緯はそんなところさ」


「……去年の夏、一緒に探索したダンジョンにあったものが、"宝"ですか?」


「そうだよ」



ミラビリスは躊躇いなく頷いた。



「…………」



或斗の隣に座っていた普が席を立とうとゆらり体を動かすのを、或斗が目線で止める。


ミラビリスは2人のそんなやりとりを目の前にしても、心地良いそよ風を受けているかのごとくに動じることなく微笑んで或斗を見つめている。


或斗はハッキリと、ミラビリスの"もう1つの名前"に気が付いたけれども、それを口には出さなかった。


代わりに、今ここでミラビリスが"宝"について明かした真意を知りたくもあり、またミラビリス本人の考えを探りたくもあって、今『暁火隊』を悩ませている凶悪犯の名前を挙げた。



「バル=ケリムという人物がいます」


「ニュースでもよく名前を聞くね」


「彼は悪人を陰惨な形状の死体にして展示し、またクローン人間を命とも思わないやり口で改造して人を襲わせたりなどします」


「ふむ」


「しかしネット上では、悪人に報いを与えたバル=ケリムを正義の徒とする人があり、クローン人間についてはもっと凶悪な犯罪に使われるよりは良かった言う人があります」


「或斗少年はどう思うのかな」


「俺には……分かりません。今まで俺が対峙してきた敵には、どこか狂気という名の人間性がありました。けれど、今のバル=ケリムの行いには人間の心を感じません」



ミラビリスは興味深そうに頷いた。


或斗は惑う心をどうにかまとめて、口に出す。



「バル=ケリムの行いは正義なのでしょうか、ビリーさんのよく口にする神の許すところにあるのでしょうか。バル=ケリムは……彼は同じ赤い血の流れる人間と言えるのでしょうか」



ミラビリスはしばし或斗を眺めて考える素振りを見せてから、首を横に振った。



「『あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい』、『まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか』」



2節のおそらく聖書引用だろう文言を口にしたミラビリスは、試すように或斗の目を見る。


相変わらず或斗にはミラビリスの言はサッパリであった、或斗は眉を下げてミラビリスに続きを促す。



「本来、人が人を裁き断じることは出来ない。ただし、主は全てを見ておられるから、選ばれた人である誰かの声が主へ届くことはあるかもしれない」


「選ばれなかった人しか居なかったら?」


「人の身で他者の信仰を量ることは出来ないよ」



やはり要領を得ない、真面目に答えるつもりがあるのか、真面目に答えてこれなのか。


眉を寄せて頭を悩ませる或斗へ、ミラビリスは優雅に長い指先を向けて曖昧な笑みを浮かべた。



「もしも、キミが声を聞く者となりたいならば、ストーンサークルを目指すべきだろう」



その青とも緑ともつかない瞳が帯びているのは期待か、懇願か。


ミラビリスは何事もなかったかのようにスプーンを取り直し、サッとプリンパフェの残りを綺麗に食べてしまう。


そうして立ち上がると、或斗だけを見下ろしていつになく浮かれた声で別れを告げた。



「次に会う時を心待ちにしているよ」



次に会う時、それがどんな状況であるのか、分かっていて言っているのだろうか。


或斗は初めて、ミラビリスとの次の再会を厭わしく思った。


ミラビリスは2人を振り返ることなく、喫茶店から去った。


ちなみに伝票はその場に置いて行かれているため、デカ盛りプリンパフェの支払いは普である。


そのことに気づいてやっぱりどうにも格好のつかない人だな……と呆れた或斗であるが、またもお財布くんにされた普自身はそんなことには頓着せず、ずっと張り続けていた警戒を僅かに緩め、じっと或斗を睨み、その真意を問うた。



「見逃すべきと思ったか?」



答えの如何によっては医務室送りの未来が考えなくとも見えてしまう、怒りを孕んだ低い声。


しかし或斗は静かに首を横に振った。



「……今勝てるビジョンが浮かばなかっただけです」



その答えに、普は苛立たし気に眉間にしわを寄せ、氷の溶け切って薄まったアイスティーを一口飲み下した。









「イギリスのソールズベリーの北西に位置するストーンサークル、となると間違いなくストーンヘンジですねぇ」



社畜真っ盛り、話すときもモニターから目を離さず、タイピングと操作を続けている栞羽は或斗の話を聞いて一呼吸も待たないうちに答えを出した。


バル=ケリムの拠点特定のため、過去の「カージャー」の情報を隅から隅まで精査し、グロテスクな死体の情報と日夜向き合って何らかの手がかりを探している栞羽の手を取るのは或斗としても申し訳なかったのだが、普曰く「初めに話を通した方があのバカ女の負担は減る」とのことだったため、喫茶店を出てからすぐに『暁火隊』本部ビル情報部へとやってきたのである。


情報部の中は香水の匂いで満たされており、これは平安貴族が部屋に香を焚きしめていたのと同じ理由だなと或斗にも察せはしたが、さすがに口には出さなかった。


或斗は「香水くせえ」と堂々吐き捨てる普ほどデリカシーが欠如していないため。


栞羽は笑顔で「普ちゃん、個人情報を茂部さんに流しますよぉ」と情け容赦のない報復文句を言っており、やはりこの大人げない2人はいつも通り同レベルでやり合っている、或斗は2人の諍いをいつも通り聞き流すことにした。


栞羽は「そもそもストーンヘンジとは」と口頭で軽い説明を挟んでくれる。


或斗も普から渡された課題図書の中に世界遺産なる旧時代の制度を扱ったものがあったので、名前くらいは聞いたことがあるけれども、具体的なところはよく知らなかった。



「様々な説がありすぎて、何が正しいところなのかはダンジョン社会以前、2025年段階でも分かっていなかったようです。初めは木材がいくつか建てられた遺跡だったところを、何度かの改修によって今の石材の集合体という形になったとか。建築した人間は天文学に通じており、天文学的な計算か儀式に必要な建築であったという説もあり、他の時代には死者の埋葬場に使われていたという話もあります。天文学に関わる建築物なのでは、という説は、夏至の日の太陽が特定の石と中央の祭壇との直線状に昇るよう作られているから、だとか。埋葬場であったというのは実際に、人骨が出てきているので確かな話であるようです」



スラスラと解説を述べる様はさすが情報部統括である。


珍妙な言動さえなければ、栞羽は誰より優秀な情報工作員なのである。


次いで栞羽はストーンヘンジの伝説的な部分についても解説する。



「これは完全に後世の創作であると言われていますが、ストーンヘンジはかのアーサー王伝説に関わりがあるという話もあります。アーサー王伝説に出てくる魔術師マーリンが、巨人に石材を運ばせて儀式場を作ったとか、そんな感じですね」



これについては大した話でないので、覚えておかなくても良いかと、と栞羽は軽く流した。


そして手元のタイピングを止めないまま、或斗の話へ頷いた。



「しかし、ストーンヘンジが"遺跡"ダンジョンですか。あり得ない話ではありませんね」


「というと?」



栞羽は今までの作業を中断して、部屋のモニターにストーンヘンジ周辺の平面図を表示させる。


ストーンヘンジと言われると石材の集合遺跡を思い浮かべるが、周囲には堀などが存在している。


ただ栞羽の表示したストーンヘンジ周辺の平面図には、石材に囲まれた部分にだけ赤い線が引かれていた。



「ダンジョン社会になってから、海外旅行のハードルはかなり上がりましたからね。需要も低く、あまり取り沙汰されることはありませんが、現在ストーンヘンジは一定の場所から内側に立ち入ることが物理的に出来ない状況にあります」


「物理的に立ち入れない……」



栞羽は平面図の赤い線を指して、「この線が見えない壁のある位置です。ここから内側は、透明な壁に遮られて進めなくなっています」と言う。


今までの"遺跡"ダンジョンは、海の中から出ないと出入り出来ない・満月の夜にだけ現れる・場所が分からない地下、と常人の出入りが非常に難しい条件を備えていた。


物理的に入れないというなら、確かにストーンヘンジは今までと似た条件に該当するだろう。



「でも、今まで"遺跡"ダンジョンだとは予測していなかったんですよね?」



栞羽たちは「カージャー」幹部のアルコーンの拠点を制圧した際に、"遺跡"ダンジョンについてかなりの数の場所に目星をつけて特定していたはずである。


透明な壁に阻まれて出入り不可能な場所など、真っ先に候補として挙げられそうなものであるが。


首を傾げる或斗に、栞羽は同じく不可思議そうに首を傾げて言う。



「透明な壁と言った通り、ストーンヘンジは中の様子は見えるんです。そして"遺跡"ダンジョン特有の、檻に囲まれた六角形のマーク、そして肝心のダンジョンコアはどこにも見えませんでした」



よって候補から外したわけですね、と注釈する栞羽。


さりとて先ほどのミラビリスの話が適当な作り話とも思えない。


2人して首を傾げるところに、普が容赦なく2人分の手刀を降らす。



「ダンジョン特有の現象、空間異常があるだろうが」


「ああ」



或斗は思わず手を打ち、その仕草を咎められて普からデコピンを喰らう。


前回の"遺跡"ダンジョンの入口は、通常のマンホールの1つのように偽装されて出入り口だと分からなくなっていた。


透明な壁とやらの影響で、どこかに刻まれている檻に囲まれた六角形のマークやダンジョンコアが見えなくなっているという可能性は充分あるだろう。



「しかし、この26年間イギリス政府を始め、各国の調査団が物理的・魔法的手段で不可視の壁を壊そうと試みていますが、失敗に終わっています。虹眼くんの力があったとして、果たして通用するか……」


「ひとまず行ってみる他はないだろ、さっさと飛行機手配しろ」


「普さん、頼み方、頼み方」



或斗たちはただでさえ代わりの効かない仕事に追われている栞羽たち情報部に新たな爆弾を投下し、処理させているのである。


流石にもう少し下手に出るべきでは、と考えた或斗のツッコミは完全に無視され、普は情報部の空いているパソコン前に座ってストーンヘンジの情報収集を始めた。


パソコン使いについては全く役に立たない或斗である、栞羽の邪魔にならないよう普の隣に座り、ひとまずは先ほどのミラビリスとの邂逅について考えていた。


――もしも、キミが声を聞く者となりたいならば……。


この言葉は、バル=ケリムから人々を救う者という意味だろうか、バル=ケリムを裁く者という意味だろうか。


それとも……。


ミラビリスの言葉は寓意的に過ぎる、彼の狙いが何なのかは、考えてもやはり分からなかった。


一旦ミラビリスの話について考えるのをやめ、おそらく明日にも向かうことになるだろうストーンヘンジについて思いを馳せた。


壊せない見えない壁とは、どういうものなのだろう。


或斗たちが中へ入って、無事ダンジョンコアへ触れることは出来るのだろうか。


『聖書 新共同訳ー旧約聖書続編つき』発行 日本聖書協会 2006 引用元(ヨハネによる福音書8.7)

『聖書 新共同訳ー旧約聖書続編つき』発行 日本聖書協会 2006 引用元(ルカによる福音書18.7)

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