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無才の少年、最底辺から虹眼を開く  作者: 久日
第3章 彼の血は赤いか?
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56 情操教育です


充義 颯は『暁火隊』本部ビル5階小会議室で、行儀悪くも椅子の背もたれにぐでんともたれて天を仰いでいた。


対面に座る人物、分析班に所属する坂田 析(さかた せき)も似たような、疲れ切った顔とおどろおどろしい雰囲気を纏って椅子にもたれてぐったりとしている。


双方疲れ切っている。


その上で机の上には山積みの共有用書類とタブレット、栄養ドリンクの空き瓶が転がっていた。


充義は体質的にあまり髭が生えないタイプであるため、1週間帰宅せず身支度に無頓着でいても見苦しいまではいかないのであるが、坂田は普通のスピードで髭が生えるため、坂田の方だけ伸びきった髭のために落ち武者のごとき風貌であった。


そうはいっても男2人、慣れた間柄で今更身だしなみなど気にすることもない。


天井から手元の書類に視線を戻した充義が仕事の続きをしようと気の抜けた声で呟く。



「えー……何でしたっけ」


「充義くん、拠点の話、多分」



坂田も充義の態度を咎めることなく、何ならこっちも曖昧な風に「多分」などと言っている。


充義が密かに憧れている情報部同班所属の央宮などが同席していたら、充義は間違ってもこんな腑抜けた態度を取りはしないだろうが、会議室には慣れたオッサンと2人である、1週間以上睡眠時間が3時間を割っている身では集中もしようがない。


充義と坂田が何故このように疲れているのか、それは主にバル=ケリムのせいである。


まあここ最近の『暁火隊』の面々が疲れているのはおおむねバル=ケリムのせいなのだが。


タワーディフェンスと銘打った『暁火隊』本部襲撃が終わったかと思えば、バル=ケリムは次のゲームと称して自分の拠点を見つけてみせろと挑発してきた。


本部襲撃の段階から、情報部はあっちもこっちも大忙しであり、それは分析班も変わらない。


分析班はメインで動き考えるのは茂部1人であるが、その分下っ端が暇ということは決してない。


茂部が自由に手足を動かせるよう、あと間違っても寝食を忘れてぶっ倒れないよう、雑用に次ぐ雑用が無限に発生するのである。


そして情報部と分析班は密に連絡を取り合い、情報共有をする必要があった。


もちろん、どちらのトップも異常に優秀な人間であるため、二人のパソコンの共有ファイルに情報を全部突っこんでおけば問題なく動くといえばそうなのであるが、ただでさえ常人の数倍もの仕事をこなしている二人に情報の精査までさせるのは非効率である。


そんなわけで、情報部と分析班の情報共有は互いの部署での下っ端寄りの人間が集まって情報を精査した上で上にあげる形式になっていた。


充義は情報部スペード班の下っ端、坂田も分析班のモブと名高い下っ端である。


2人の本日の議題は上記の通り、バル=ケリムの言う次のゲーム「かくれんぼ」なる拠点特定についてである。


どちらにせよいずれは拠点を特定して制圧する必要があるとはいえ、バル=ケリムに乗せられる形で今急いで特定を行う必要があるのか、という問いを少し前に充義は上司である栞羽へ投げてみた。



「あります。というか、至急ですね。業腹ではありますが、バル=ケリムの人物傾向を考えれば、あまり拠点特定までに時間をかけ過ぎると、罰ゲームなどと称して何らかのペナルティ、新たな厄介ごとを巻き起こしそうです。それが人命に関わらないことだとは、今までの行状からは考えづらいです」



このように、栞羽にしては珍しい、というか多分余裕がないのだろう、至極真っ当で危機感のある返答をもらうことになった。


こうなると、下っ端同士の会合とはいえ充義もあまりウダウダとしているわけにもいかない。


スイッチを切り替えるように背筋を伸ばし、共有事項について挙げていく。



「バル=ケリムの拠点特定について、分析班では今までバル=ケリムが出してきた死体やキメラからのアプローチを考えているとのことでしたが……」


「それについては死体の付着物、胃の内容物、使用されている薬品の解析などを行い、ある程度の絞り込みは可能でしたが、場所の特定には至っていません。班長曰く、ピースが足りないとのことで」


「それらの情報についてはこちらの班長に上げますので、資料をお願いします。こちらは分析班の特定した薬品の購入履歴や特殊資材の入手経路から……元巳宝堂財団の築いたインフラを利用して足取りを追えないか、細かく詰めているところですね」



充義と坂田は口頭でザっと概要を述べていく。


一度仕事モードに切り替えた2人の会話は流れるようで、とてもつい今しがたまで死んだ魚の目を晒していたとは思えない。


坂田は一度言葉を切ると、思案顔をして「一応の共有になりますが」と置いてから話を続けた。



「茂部班長は『私は真理を見つけたぞ! どこにでもあるものこそがどこにあるか分からないものを見つけるのに重要だったのだ!』などと叫んでおりまして」


「ついに壊れました?」


「大丈夫、茂部さんはいつも壊れてます。そうではなく、何らかのヒントを得た様子です。詳細が分かり次第、すぐに共有しますが……茂部さんの頭の中は常人にはどうなっているのか全くわかりませんので、多少時間はかかるかと」



栞羽も栞羽で相当な変人であるが、『暁火隊』随一の奇人となると茂部だろう、というのは『暁火隊』メンバーの総意である。


坂田を含め分析班の面々は誰もが一端の研究者であれど、誰も茂部の頭脳の回り方にはついていけないので、分析班のメインを張るのは常に茂部だけなのだ。



「了解です。こちらも今回の情報で絞り込み条件はいくつか追加されましたから、何かあればまた共有します」



その後2人は暫し無言で、タブレットと書類を報告に上げる優先度順に整理するなどしていた。


『暁火隊』全体は一時期よりも落ち着きを見せてきているものの、情報部と分析班の仕事はまだまだ終わらない。


どちらかといえば戦闘とそれへの対処がメインだった拠点防衛時より更に増えている気がする。


充義と坂田は同じタイミングでため息を吐いた。








ところ変わって『暁火隊』本部ビル休憩室では、自宅療養期間が終わり、少しずつ任務に復帰している戸ヶ森と、後方支援として本部に詰めっぱなしのミクリが仲良くお茶していた。


会議室のくたびれた男性2人の濁った澱のごとき空気とは違えど、戸ヶ森は戸ヶ森で何か気にかかるようで、眉間にしわを寄せて思案顔をしていた。


自宅療養関係について、まだ何か悩みがあるのかとミクリは心配して戸ヶ森の顔を覗き込む。



「ゆにちゃん、大丈夫? 任務については復帰許可が下りただけだから、もうしばらく休んでいても良いんだよ……?」



戸ヶ森はキメラ人間との戦いで精神が摩耗し、まともに戦えない状態となったため自宅で休むよう指示が出されていた。


人一倍矜持のある戸ヶ森のことだから、それについて歯がゆく思っていたり、無理をして任務に復帰したのではないかとミクリは気がかりだった。


ミクリの心配の目線から、戸ヶ森にもそのことは伝わったらしく、少し大げさなくらいに首を横に振る。



「十分療養したから、もう大丈夫! そ、そんなに変に見える? ゆに」


「変っていうか……何か心配ごとがあるのかなあって」



ミクリが首を傾げると、戸ヶ森はしばらく周囲を見回して、声を潜めてミクリに耳打ちした。



「あのさ……普様ってもしかして……女心とかに疎い、のかな?」



おお? とミクリは思わず肩を跳ねさせる。


戸ヶ森が恋愛感情で普に憧れていないということについてはミクリは戸ヶ森本人から聞いたことがあった。


その戸ヶ森が普のそういった面を気にするということは……おそらく問題は、普とセット扱いされているミクリの友人、或斗のことなのではないだろうか。



「ええと……此結さんが、どうかしたの?」



かといっていきなりそこから掘り出すと戸ヶ森も話しづらいだろう、ひとまず普の話を引き継いで聞いてみることにする。


戸ヶ森が沈んだ空気を出しつつ声をひそめてテンション高く、という器用な様相で語ったことには、最近の或斗と普の休日がおかしいという話であるらしい。



「おかしいっていうと……?」



ミクリからしてみればあの2人の距離感は常におおよそおかしい、良く言えば保護者と被保護者、悪く言えばDV加害者とストックホルム症候群を患った被害者、といったところである。


食事制限に門限制限、行動制限に普による金銭管理の徹底ぶりには、流石のミクリも下手に声をかけられない異常さがある。



「…………行ってるらしいの」


「ど、どこに……?」



戸ヶ森の羅列した施設名は、遊園地・水族館・動物園・プラネタリウム・映画館etc……。



「デート?」


「そう思うよね……!?」



戸ヶ森が言うに、その話を何の気なしに或斗がしてきたことでその休日の過ごし方を知り、普のことがわからなくなったらしい。


試しに、一応、他意はなく、全くなく、普へ或斗との休日の外出に同道したいと申し出たところ、「は? 何故」と意味不明な顔をされた。


ミクリは思わず片手で目を覆ってあちゃー……の顔を隠した。


普と或斗双方、他意が無いことだけは確かだ。


或斗は同僚に世間話を振ったつもりなのだろうし、普は或斗が友人でなく同僚と認識している戸ヶ森が休日を一緒にと言ったことが純粋に疑問だったのだろう。


ここは何と答えるのが正解なのだろうか、ミクリは頭を抱えた。


推測するに、普は或斗に対する過保護に起因する何らかの考えから、幼児をお出かけに連れ歩く親御さんの心理でそういった場に連れ出しているものと考えられるのだが、彼ら2人の関係性は日明くらい分かっているか、栞羽くらい鋭いか、高楽くらい何も気にしないか、でないと理解しがたいだろう。



「う~~~~~ん……アレじゃないかな、戸ヶ森さんでいう療養期間的な……」



ミクリの絞り出した答えは戸ヶ森の弱味を利用する、心苦しくなるものであった。



「気分転換ってこと?」


「きっとそうだと思う……或斗くんってそういう場所に縁がなかったから、楽しめるだろうし……」



まあ普が女心に疎いのは確実にそうであるとミクリにもわかるけれども、普の名誉のためにそこについては触れないでおくことにする。


そっかー……と複雑な顔をしている戸ヶ森には悪いが、或斗と普の関係性はミクリにもピンとこないところがあるし、栞羽曰く普ちゃんが素直に物を言うはずないですからねぇ、とのことであるからして、真相は闇の中だ。


というかその栞羽である。


現在異常多忙期間で普と或斗の休日の過ごし方なんて頭の片隅に置いておく、レベルの扱いだろうが、平和になったら確実に「やーいデートデート」と普をおちょくりに行くに違いない。


その時栞羽本人に振るえない拳の行先は確実に或斗になるので、ミクリは今から友人の医務室行きが心配であった。








心優しい友人にそんな心配をされているとはつゆ知らず、本日休日の或斗は今しがた終えた室内アトラクションを兼ねたアクション映画の体験にふんすふんすと大興奮していた。


隣では普がいかにもダルそうに乱れた頭髪を整えている。


或斗目線でも最近の普はちょっとならずおかしい。


以前までの或斗と普の休日は、普段できない家の大掃除・訓練と称した地獄のダンジョン深層行がメインであった。


それが少し前に家具量販店で或斗の部屋に置く物を増やして以降、休日の度に遊園地だの水族館だの、とてもではないが普が自ら望んで赴く先ではなさそうな施設に連れて来られるのである。


馬鹿正直に「急にどうしたんですか? 茂部さんに変な薬品とか飲まされませんでしたか?」と心配したら頭に包帯を巻く羽目になったので、大人しく着いて回っている。


最近色々あったので、普も疲れているのかもしれない。


とはいえ普の場合、疲れたからといって余計に疲れそうなこんなレジャー施設に来るとは思えないインドア派であるので、やっぱり誰かに何かの弱味でも握られているのだろうかと心配であるが、或斗は包帯ファッションに思い入れは無いので普が飽きるまでは従っておこうと思っている。


連れてきておいて普は1mmも楽しそうではないが、或斗はどこの施設もこの上なく楽しんでいる。


場所によっては安全区域内にしか存在していない施設もあり、普の年間永久顔パスがなければ来ることは出来なかっただろう。


毎度毎度帰り際の無人タクシーで普へその日の体験で面白かったこと、驚いたこと、感動した様々を一方的に話しかけるのだが、普は「うるせえ、帰ってから感想文でも書いてろ」である。


本当に何のために或斗を連れ歩いているのか全く不明である。


或斗は或斗で普に対してだけ随分太くなった肝で気にせず話し続けるので、帰りの車内が静かになるということもなかったが。


そんな肝の太さを発揮して、或斗は近くに新築らしい喫茶店があるのを発見し、普へ話しかける。



「普さん、帰る前にあっちの喫茶店に行きませんか? ケーキよりはカロリーの低そうなものを食べるので」


「ああ?」



普はどう見ても却下の顔を或斗へ向けたが、或斗は普を見もせず、キラキラを纏わせた黒い瞳で店の表に出ている手書きのメニュー看板を眺めている。


普の目的は一口に言えば或斗の情操教育であるため、たまに買い食いさせるのもその一環か……と渋々共に店の中に入った。


カランカランとかわいらしいベルの音がして開いたこじんまりした店内には客は少なく、視線を一回りさせるだけで他の客の様子を把握することができたのだが……成人男性の形をした問題が、窓際の明るい席でデカ盛りプリンパフェを食べていた。



「あ、ビリーさん」



或斗が心なしか嬉しそうに窓際の問題、ミラビリスに駆け寄っていく。



「やあ、或斗少年。相席はどうかな」



誰にとって都合が良いのか、ミラビリスはボックス席を使っていたので或斗と普が同席出来てしまう。



「お財布くんも遠慮せず」


「今日はお前の分は出さねえぞ」



既に或斗がボックス席の奥の方へ座ってしまっているため、普は渋々通路側に座った。


或斗はミラビリスのデカ盛りプリンパフェを羨ましそうに見ていたが、隣の普の視線が痛かったので小さめのチーズタルトとティーセットを頼むに控えた。


普はもちろん無糖の紅茶のみである。


頼んだメニューが来たところで、或斗は真面目な顔をして口を開く。


さすがに或斗も、およそ2ヶ月ぶりの親交を温めるだけの目的で普の機嫌を犠牲に相席したわけではない。



「ビリーさん、巳宝堂のときは助かりました。本当にありがとうございます」



或斗が真っ直ぐに頭を下げると、ミラビリスはいつものほんわかした空気で「そう大層なことはしていないよ」とプリンをすくった。


巳宝堂の名前が出たところで、普はミラビリスを胡散臭げな視線を隠さず睨んでいる。


或斗は場に漂う緊張感を意識しながらも、ミルクティーを飲んで喉を潤しながら問答を続ける。



「ビリーさんは、どうして俺を助けてくれたんですか? 巳宝堂の裏の顔についてはご存知だったんでしょうか、仕事上の関わりだと聞いていましたが、ビリーさんのお仕事って何ですか?」


「矢継ぎ早だねえ」



苦笑するミラビリスに普がドスの効いた声で「さっさと答えろ」と今にも手か足の出そうな脅しつけを行う。


或斗はどこか不安げにミラビリスを見つめている。


事実、ここでの回答次第では即座に戦闘態勢へ入らなければならない可能性もあるのだ。


ミラビリスはそれを分かっているだろうに、敢えて落ち着いた調子を崩さず、いつもの子供じみた仕草でスプーンを掲げて答えた。



「ます1つ、キミは私の救い主だ。助けることは至極当然と言える」


「未だにご飯奢られたこと気にしてるんですか?」


「"糧"とは食事のことでもあり、そうでないこともある」



相変わらず何を言っているのかさっぱり分からん、或斗は首を横に振って、次の質問へ移った。



「巳宝堂の屋敷で生活していたそうですけど、巳宝堂財団の裏の顔については?」


「ふむ、どんな組織にも表と裏はある。私にとってはさほど気にすることでもない」



もしかすれば日本国民全員が洗脳される事態に及んだかもしれないのだ、気にすることでもないというのはさすがに或斗にとっても納得のいく話でなかったけれども、ミラビリスの様子はいつもと変わらず、泰然と微笑んでいる。


この浮世離れお兄さんの前では巳宝堂の悪事など些細なことだったのだろうか、あるいは……。



「じゃあ、ビリーさんの職業は?」


「それは定義が難しいね、強いて言うなら……旅人かな」



道端で行き倒れるのは旅人というより放浪者である気がする。


要領を得ない回答の連続に普が明らかにイラついているのを察知して、或斗は少し困って言葉を探した。



「ええと……前に言ってた宝探し、ですか?」



或斗が、その宝って一体何なんですか? とまで訊くと、ミラビリスは行儀悪くスプーンを加えて思案顔をした。


そして溶けかけていたプリンパフェのバニラアイスをひょいと食べてしまってから、スプーンを一旦机に置いて、夏にそぐわぬ涼やかな微笑みを浮かべた。



「或斗少年、御伽噺をしようか」


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