11.パイ作り2
キッチンにはクランベリーと砂糖が山のように用意されていた。
「パイシートも準備できているかしら?」
私が冷蔵庫の中を覗き込むと、三枚のパイシートが冷やされている。
「レミ様、パール様、エプロンをご用意しておりますから、どうぞお使いください」
私は、キッチンの脇に置いてあったエプロンをレミ様とパールたんに渡した。
「こんな格好をするのは子どものころ以来かしら?」
レミ様がエプロンの裾を両手で持ってひらひらさせている。
「そうですね」
パールたんは右手を口元に当てて、クスクスと笑っている。
「私も着替えますね」
私は残っていたエプロンを身に着けた。
「それではお料理を始めましょう! お砂糖はこちら、お塩は……使わないので奥に置いておきましょうね」
私達はそれぞれ、こんろに鍋を置いてクランベリーと砂糖を入れた。
「うーん、もう少しお砂糖を足したほうが良いかしら?」
私はわざと自分の鍋に塩を入れた。
「あ、リーズ様!? それはお塩では!?」
レミ様が目を丸くして、大きな声を上げた。
「大変!」
パールたんも心配そうに私を見つめている。
「あら? 私ったら、うっかりしたわ! でも、混ぜちゃえば大丈夫!」
私は、鍋の中のクランベリーソースを木べらで混ぜてにっこり笑った。クライブがこの塩入クランベリーパイを食べたら、私のことを料理下手だと思って愛想をつかすはず……!
パールたんとレミ様が顔を見合わせてから小さな声で言った。
「……少し変わった味になるのも面白いかもしれませんわ」
「……ええ」
パールたんとレミ様は、眉を八の字にしたまま微笑んだ。
しばらくクランベリーソースを煮詰めていると、レミ様が口を開いた。
「たまにはお料理も面白いですわね。でも、手が疲れてしまいましたわ」
レミ様が木べらを持っていた右手を上げて、手首を回した。
「レミ様ったら」
パールたんはなべ底が焦げ付かないように、丁寧に木べらを動かし続けている。
「あら? ちょっと焦げ臭いのでは?」
私がレミ様の鍋を覗くと、クランベリーソースがボコッと大きな泡を作っている。
「まあ大変! ちょっと手を休めすぎてしまったかもしれませんわ!」
レミ様が慌てて鍋の底を木べらで混ぜると、黒っぽいかけらがいくつか浮いてきた。
「……うまくいっているのはパール様だけですね」
私は満面の笑みを浮かべてパールたんを見た。クライブもパールたんのクランベリーパイが一番おいしいというに違いない。そして、パールたんの魅力に気付くはず!
「あの……そろそろ、クランベリーソースを火からおろして冷ましませんか?」
パールたんが遠慮がちに言った。
「そうですね」
私とレミ様も鍋を火からおろし、キッチンの台の空いているところに鍋を置いた。
「今のうちに、パイを容器に敷きましょう」
冷蔵庫からパイシートを取り出し、レミ様とパールたんに渡した。
「パイを作る器は、この中から選んでいただけますか?」
私は空いているテーブルの上に金属の器を並べた。
「私はこれにしますわ」
レミ様が両手から横にはみ出すくらいの楕円の器を選んでいった。
「じゃあ、私はこちらにします」
パールたんは丸い器を持ち上げた。
「それじゃあ、私はこちらにします」
私は長方形の器を選んで、残りの器をしまった。
「さあ、パイ生地を敷きましょう!」
私たちはパイ生地を油を塗った器に敷いた。
「そろそろ、クランベリーソースも粗熱がとれたようですわ」
レミ様が鍋に軽く手をふれて、にっこりと笑った。
私達はそれぞれ器の中のパイにクランベリーソースを入れて、パイ生地でふたをした。
私は料理長を呼んで、三人のパイをオーブンの中に入れてもらった。
「美味く焼きあがると良いですね」
パールたんが心配そうに言った。
「楽しみですわ」
レミ様は両手を祈るように組んで目を輝かせている。
「焼きあがったら、お声をおかけします」
料理長の言葉に頷き、私たちはエプロンを脱いで広間に移動した。