『酒』
そもそも既に私には、生への執着が無かった。
私は社会に関心がなく、社会もまた同じだった。
仕事を辞め、やりたい事に向かって積み重ねる努力もしなかった。
見たくもない他人の姿が、嫌でも目に入ってくる時代。
毎日が生き辛い。
しかし、そんな怠惰な私にとっても、唯一の居場所がある。
そこでは私を受け入れ、いつも安心させてくれた。
私が頼む定番もわかってくれていた。
みんなが私を覚えてくれていた。
掃除もよく手伝ったものだ。
そうだ、今度の旅行ではお土産を買ってこよう。
そう言うと、みんな喜んでくれた。
それが心底、嬉しかった。
なんと居心地の良い場所だろう…。
それを私は、自ら引き裂いたのだった。
後日、聞かされた事実は、私の記憶にはなかった。
確かに、あの日の私はどうかしていた。
しかし余りにも、余りにもだ。
それまでの関係が嘘の様に、今の私に対して畏怖の表情を見せるのだろう。
そしてまた別の者には、憎悪の目を向けられるのだろう。
だが、私にある最後の記憶は、両者ともに満面の笑みなのである。
…この奇妙な感覚を、未だ体験した事が無かった。
事の重要なピースを、私だけが持っていないのだ。
私に同情してくれる者も居た。
全てが私の責任ではない、と。
しかし原因は私にあるのだ。
それは間違いないのである。
まるで、人でも殺めたような気持ちである。
一生の罪を背負い、許される事もなく、二度と会う事もできない。
と同時に、私は居場所を失ったのだ。
掛け替えのない場所を…。
今、私には二つの選択肢がある。
この罪を背負い、もう二度と会う事のない者達を一生忘れず、瓦礫のような生活から這い上がる道。
…しかしどうにも、その選択は、
酷く面倒である。