天才少女の悲哀
「あまりご裕福じゃないのかな?」
口籠った理由を経済状況がよくないからと解釈したらしい。
どう返すのが正解なのか?
「援助しようか?」
「援助?」
ブレスレットが振動した。ドキッとする。
「あら、出なくていいの?」
「いいんです」
きっと、カリアからだ。ハッとした。カリアも日本戸籍と引き換えに関係を迫ってきた。この人も金と引き換えに……
「私、伊集院麗華」
「あ、はい?」
麗華は不思議そうな顔をした。
「私の名前、知らない?」
「はい、申し訳ありません」
「へぇ、何か、ますます、興味わいちゃったなぁ」
面白そうにクスクスと笑った。
「単純に将来性のある子を助けたいだけ。信じられないかもしれないけど。留学したいとかも援助するわよ」
この人も裏に何かあるのか?
「とにかく、アドレス交換しておかない?」
「え!」
思わず身を引いた。その時、また、ブレスレットが……
「……ひょっとして、軽い気持ちで交換して、付きまとわれている?」
黙ってうつむいた。
「そうか、じゃあ」
麗華は薄く小さなメモリーカードを手渡してきた。
「あなたが援助を必要になった時でいいわ。何年後でも。必要ないなら捨ててもらえばいい。こちらから迫ったりはしないから」
俺の時代の物より、ずっと薄くて小さく軽い。
「直ぐでもいいのよ。金銭的に何かあったら、遠慮しないで」
そう言うと、麗華は颯爽と立ち去って行った。気づけば、麗華を挟むように、先程の二人の男が従っていた。
その日、葵は上機嫌で帰って来た。
「明後日から、教授が研究室の皆を連れて、韓国の大学に行く事になってるのだけど、何とか、私は行かなくてすみそう」
「そんなに行きたくなかったのですか?」
「皆が居ない間、ラボが使える。太郎君を調べる絶好のチャンス!」
「え? あ、そういう事?」
「祖母が体調悪くて~ って言ったら、教授疑わなかった」
良いのか? そんなウソ。
「だから、明後日から、よろしく」
匿ってもらう条件だったから、従うしかない。
葵はキューブで作ったムニエルを並べながら
「最近、籠っていたけど、今日も籠ってたの?」
と、訊いて来た。気にしていてくれたよう。
「いえ、今日は公園の方に…… あ、伊集院麗華って方、知ってます?」
「伊集院麗華! 太郎君、伊集院麗華と会ったの?」
スットンキョウな声を上げた。
「はい、公園で。有名なのですか?」
「もちろん! キューブよ。このキューブの開発者」
俺もビックリ。
「十代でキューブ開発した天才って、日本の女性なんだ!」
「そう。天才少女って、当時じゃ、ものすごい騒ぎだった。起業家としても才能あるし」
「天才少女か。たしかに、鋭そうな人でした」
「で、伊集院麗華がなんて? 援助したいとか?」
また、ビックリ。
「な、何で?」
「彼女、有名なのよ。気に入った子や才能のある子に援助している事。ほら、ずっと、昔にもあったらしいじゃない。金持ちや高貴な人が、音楽家や画家を目指す若者にお金を出したりするの」
「……パトロンですか?」
「そう、パトロン」
「実は、その伊集院さんからこんな物を渡されたのですけど」
メモリーカードを見せた。
「あ、これ、。アドレスとか彼女のデータが入ってるんじゃないかな。ブレスレットに読み込むこと出来るよ」
「伊集院さん、純粋に金銭援助の申し出だったのか? 下心があるのかと思ってしまいました」
「うーん、それはどうかな? 援助しているの若い男性にばかりで、揶揄して、キューブハーレムって呼んでいる他人もいるけど。援助受けてる全員が男性として能力あるわけないだろうし。金銭援助だけで、ちゃんと身を立てた人もいるとかだし。グレーかな」
「そうなんだ…… あの二人もそういう関係の人だったのかな?」
「あの二人?」
「今日。会った時、伊集院さんに影のように従っている男性が二人いたんです」
「それは、きっと、彼女のボディーガードね」
「ボディーガード?」
そう言えば、ポリスっぽい雰囲気があった。
「さすが、大企業のトップとなれば、警戒するんですね。ライバルとか?」
「彼女が警戒しているのは…… ライバル会社とかではなくて…… 親をはじめとする親族かな?」
「は? 親? 親族?」
一番信用出来て、心許せる相手ではないのか?
「なんでです?」
「この時代って、子どもが出来たら、多額の祝い金や、養育手当がでるの」
葵はマユをひそめて言う。
「クズはどこにでも居るのよね。特に子どもが欲しいわけでないのに、手当目的で子どもを作る」
「金が欲しいだけで子どもを?」
「彼女の両親はそれだった。ネグレクトなどの虐待をしたら、保護されて、手当はなくなる。だから、最低限の世話はしたらしいけど…… 普通なら親からもらう愛情とかはね……」
愛のない、事務的で最低限の世話。
あの知的で意志の強そうな女性がこんな過去を持っているだなんて……
俺は手の中にあるメモリーカードを見つめた。
葵は麗華に起こった彼女の親族による卑劣な事件を語り始めた。