初めての…… Kiss
昨夜の繁華街に行ってみることにした。余り、キョドらないようにしなくては。
服装を点検する。あれから葵が買ってくれた。黒Tにジーンズ、令和というかレトロファッションが流行ってくれていて助かる。だけど、着心地は全く違う。軽くて肌触りがいい。着ていないみたい。ブレスレットの使い方を復習しながら、繁華街に向かった。
昨日見た通りセンスのいいお洒落な店が並んでいる。でも、行き交う人が違う。年よりばかりだ。若い人たちは仕事か学校なのだろうか? それより、幼い子どもがほとんどいない。本当に少子化が進んでいるみたい。不自然にならない程度に辺りを観察しながら進んだ。
しばらくすると、大きめのカフェがあった。ここにはそれなりに客がいた。ドキドキしながら入ってみる。
うまくやれるだろうか? ミスしないように気をつけよう。
注文も支払いも受け取りも全て自動。アイスコーヒーを受け取り、ホッとしてテーブルに着いた。店内を見る。若い人も中年も老人も、そして、子連れの母親たちもいた。食べながら話をしたり、タブレットみたいので作業してたり、見慣れた風景。心が和む。老人男性は若い男性ほどツルッとした美形でないが小綺麗だ。 コーヒーを飲み終えた頃、店のおくから、海外の三段雪だるまみたいなおばさんがこちらにやって来る。俺のテーブルの前に立つと、巨乳と腹を揺らし、息をあらくして囁いた。
「ね、ボク? 今から暇? ちょっと、良いことしない?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「本当、ボク、いい男ね」
ビックリした。どう見ても、母親以上の年齢。そういう対象として、女性として、見れない。
「す、すいません」
慌てて、店を出た。
「冗談じゃない。いくらなんでも」
背筋がゾワゾワした。
追って来ていないか気にしつつ歩いていると、ふと、また、視線を感じた。
またか?
と思ってそちらを見た。スポーツジムっぽい店の前に背の高い中年男性が立っていた。この時代にしては鍛えた感じのあるガッチリした体形。紺色の服に黒いベストを着ている。
「まさか、ゲイ?」
見ると、ベストに文字が書いてある。
『POLICE』
やばい。警察だ。やはり、挙動不審だったか?
クルリとUターンをした。ポリスはついて来る。 職質かけられたらどうしよう? タイムスリップがばれたら? 大体、信じてくれるのか? あれほど、葵に注意されたのに……
店頭に植木やオブジェを置いている店の前を通った時、急に腕をつかまれると、黒い球体のオブジェの陰に引き込まれた。
「え? 何?」
テンパっている俺に誰かが抱きついて来た。姿を覆い隠すように……
ひょっとして、あれか? 昔、漫画とかにあった追手を誤魔化すために、カップルのふりをするという。あんなの漫画だけの話だと思っていたのに…… まさか?
その時、口がふさがれた。柔らかくて温かい。かすかに、グレープフルーツのような甘ずっまい香り。後頭部に手をまわしてくる。どうしたらよいのか分からない。
キス? キスしているんだよな。俺?
今まで付き合った事ない。もちろん、キスも…… 俺のファーストキス。
固まったまま動けない。しばらくすると、唇が離れた。
「もう、大丈夫みたい」
リンとした澄んだ声。目の前にある顔はとても綺麗だった。少し吊り上がった切れ長の目、鼻筋も通っていて、薄目の唇も形いい。手足も長く長身だ。クールビューティー。トップモデルみたい。ベリーショートの髪が彼女の美しさを際出させている。
こ、こんな美人とキスを……
頭がボーとする。思わず、見とれていた。
「どうして、ポリスから逃げてたん?」
我に返った。そうだ、ボンヤリしている場合じゃない。何とか誤魔化してここを去らなけらば……
「別に逃げていた訳では…… ちょっと、急いでいて、あ、ありがとうございました」
立ち去りかけた。
「でも、カフェでも不慣れな感じだったよな」
「え! カフェ? あのカフェにいたのか?」
「うん、慣れてます感出してたけど、何かぎこちなかったし。目を引いてたからさ。気になって」
「つけてたの?」
「そう」
女性は二ッと笑うと、舌をペロッと出した。見かけと違い、いたずらっ子っぽい。
「店のシステムに不慣れで、ポリスから逃げるって…… ひょっとして……」
え? まさか?
身体中からジットリと冷や汗が出た。