時をかけた ブサメンゴリラ
「すごく胸板が厚くて、がっしりとしている。アゴも細くないし、ヒゲや体毛も濃い……」
なめるように見ながら言う。近づくと制服の白シャツを触った。
「これ、天然素材よね」
もう一度、全身を見る。 身の置き所がない。
「君、名前なんていうの?」
「お、……太郎です」
苗字は言いたくなかった。また笑われそうで……
「太郎君か。レトロネームね。でも、かなり前から流行ってるからねぇ。私は山下葵。私もレトロネームでしょう」
やはり、源五郎丸ではない。
「いえ、綺麗な名前だと思います」
「ありがと。 突然、変な事聞くけど、今日って、何年何月?」
「え? 今日? 20ⅹⅹ年6月ですけど?」
「20ⅹⅹ年? そう、で、どこに居た?」
「どこって、青空町2の……」
葵はうなずくと、
「20ⅹⅹ年6月 青空町2 映して」
と宙に向かい言った。
途端、部屋の中に映像が浮かんだ。見慣れた景色、高校近くの住宅街。
「あ、ここ、高校の近くの場所だ。どうなっているんだ?」
映像は立体的でその場が目の前にあるかのようだ。
「青空町2、現在。 映して」
葵が再び言った。
映像が変わった。ハイセンスな店の並ぶ繁華街。後方には近代的なビル群。
「この場所、俺、気が付いたらここに居た」
「これは現在。21△△年の青空町2よ」
え? は? 聞き間違いか? 21△△年って、百年以上の未来?
「嘘だよな。冗談ですよね?」
葵の顔を見た。真剣な目。
「そんな…… 異世界じゃなくて、タイムスリップ? 信じられない。なんで?」
「私にも分からない。タイムスリップする前に何かあった?」
「……もう嫌だと思う事があって……その時、車に……」
「嫌だと思う事って、何があったの?」
「それは……」
知られたくない。口ごもった。
「分かった。それはもう聞かない」
「タイムスリップなんて…… 本当なのかよ」
でも、見た事のない建物、キューブ、目の前に浮かぶ映像。俺の時代の物ではない。
「どうしたらいいんだ? 帰れるのかな? もし、帰れなかったら……」
母さんも父さんも、友だちにも、もう、会えないのか? 心配するだろう。
「私、タイムスリップの事調べてみるから。大丈夫よ。その間はここに居るといいから」
慰めるように葵が言った。
「いいのですか? 迷惑じゃ?」
「いいわよ。大体、行くあてないでしょう?」
ぐうの音も出ない。
「すいません。お世話になります。その代わり、その間はアルバイトでもして、せめて……」
「あー、ダメ。ムリムリ」
葵は大きく手を振った。
「今は全人類がⅮNAレベルから登録されているの。どんな仕事でも、登録されていない人はつけない。出来るとしたら、犯罪にかかわる裏仕事かな」
「ええ、そうなんですか?」
「そうなの。あ、そうそう」
葵は壁から細いブレスレットを取り出した。壁一面に収納場所があるようだ。
ブレスレットを俺の腕にはめる。
「これでここに自由に出入りできるし、買い物もオッケーよ。通話とかもね」
進化したスマホか? ブレスレットをシゲシゲ見ていると、
「ねぇ、繁華街に居たのなら、女性にモーションかけられたのじゃない?」
葵が意味有り気にほほえんだ。
「モ、モーションと言うか、からかわれましたけど」
「からかわれって、違うわよ。本気よ。だって……」
俺の目を真っ直ぐ見てくる。
「太郎君、ものすごく魅力的だもの」
「は?」
この人までからかのか?
「止めてください! これでも本気で傷ついているのですから!」
「違うって! からかってない。 本当よ。ね、あそこに居た人たちってどう思った?」
「……どうって…… 皆、すごく美形だった。アイドルみたいに」
「でしょう。特に若い男性が。女性にしてもいいような感じゃなかった?」
「そうですね。ツルッとしてて清潔感があって、お洒落で」
葵はフッと口をゆがめた。
「ツルッとしてて清潔感か。あれね、ヒゲを生やしたくて生えないのよ。体毛などのムダ毛も。アゴの力も弱くて。それ以上に……生殖能力が、男性の生殖能力が弱くなってしまっているの」
「男性の生殖能力が?」
「そう、ホルモンバランスが崩れ、中性化してしまったのよ」
俺は啞然としながら、葵の説明を聞いていた。