ブサメンゴリラ…… 再び、時をかける
次の満月まで、ヒッソリと息を殺すように過ごしていた。だが、ある日、近くのホールで伊集院麗華の葬儀が行われる事を知った。ジッとしていられなかった。
「会場の端からでいい。伊集院さんの葬儀に出たい。見送りたいんだ」
葵に言ってみた。葵もうなずいた。
「そうね。私も行きたい。一緒に行きましょう」
葬儀の日、葵に揃えてもらった喪服を着て、ホールに行った。
会場の一番目立たない場所に二人で座った。会場には多くの人が来ていた。若い人が多い。男女同数位だ。大半は会社の人だろう。援助を受けていた男性達らしき人も、あの時会ったボディガードもいる。
皆、打ちひしがれている。決して、体裁や演技じゃない。喪失感、悲しみが伝わってくる。彼女の死を悼んでいる。
俺も、謝罪と冥福を心から祈った。
ホールを出て、夕闇の中、葵と歩きながら帰った。
「伊集院さんて、周りからすごく信頼されていたんだね」
「そうね。カリスマだったらね。親族には愛をもらえなかったけど、神や他の人達からは愛をもらっていたのね」
親族? そう言えば、親や親戚らしい姿はなかった。
「遺産は? 毒親族に持って行かれるのかな? 会社は?」
「会社は学生の時からの友人で、現副社長の女性が伊集院さんの意志を継いで、社長になるらしいわ。遺産は以前のポリスがらみの事件で相続人失格になるから、親族には渡らないだろうって噂」
「それは良かった」
他人事ながら、ざまあ……だ。
「個人遺産はあちこちに寄付されるらしい」
「さすが! すごいな」
「うん、私も頑張らなきゃ」
「伊集院さんて金銭的契約の関係の方が安心すると言ってたらしいけど、こんなに愛されている事、気づいてなかったのかな?」
「気づいていたのなら…… いいね」
目線を上げた。伊集院麗華が好きだと言った自然の空がある。そして、そこには、満月になりかけの月が輝いていた。
今日、月が真ん丸になる。ここに来た時の服に着替え、鞄もチャックした。こちらに来て手に入れた物は全て葵に渡した。
「葵さん、ありがとう。本当に世話になったし、助かった」
「こっちこそ……」
「あ、でも、ちゃんと帰れるんだよな。失敗して車に轢かれるなんてこと」
「未来は確定じゃなく、ちょっとした事で変わるらしいからね。そうなったら、私が責任持って処分してあげるから」
怖い事を言う。だが、今はやるしかない。
「安全装置で轢かれる事無いんだけどね。安心したら、同じ条件にならないから、教えてあげない」
葵が何かボソッと言ったが聞き取れなかった。
「そろそろ逢魔が時よ。出なければ」
鞄を持つと、マンションを出た。人目に付かない様、公園の西の端に行った。
夕闇が迫ってくる。空には青々と輝く満月。しばし、二人でそれを見上げた。
「じゃあ」
公園の垣根を越し、車道の脇に立つ。
振り向くと、少し離れた所で、葵がポツンと立っていた。
「葵、俺、結構、ドキドキしていたんだぜ」
「曾じいちゃんのくせに何言ってるのよ! バ~カ」
葵は明るく応えた。しかし、その瞳からは一滴の涙が零れ落ちた。
そして…… 車がやって来る。
俺は飛び出した。
「帰りたい! 俺に居た時代に!」
目の前に葵の顔があった。失敗した? いや、何か違う。
「あれ? 男槍君じゃない。どうしたの? こっち通学路じゃないんじゃ?」
源五郎丸亜矢だ。戻れたんだ。それも、会った時点に。
「ああ、源五郎丸さんこそ」
「うん、部活の帰りで。今、四宮君とね」
横の四宮を見た。やはり、イケメンだ。細身で端正な顔立ち。
「源ちゃんとさ。男槍の話していたんだ」
「え? 俺? 俺の話?」
「ああ、俺らラグビー部でさ」
源五郎丸がラグビー部のマネージャーなのは知っている。
「四宮もラグビー部なのか?」
「そう、小さい頃から好きで、入部したんだけどさ。すげえ弱くて、連戦連敗、俺が入ってから勝ったこと無しだよな」
「一度も?」
「先輩に訊いたら、数年前から勝ってないんだって。なんせ部員が12人しかいないからな」
「えっと、確か、高校ラグビーは15人制だったんじゃ?」
「いつも他部から助っ人に来てもらってたけど、これじゃ強くなれるわけない。だから、部員を増やそう。率先力になりそうなのをスカウトしようかと源ちゃんと話していて」
「そこで、男槍君なの」
源五郎丸は真っ直ぐな視線を向けてくる。
「男槍さ、本当に良い体格してるよな。パワーありそう。がっしりしてて、羨ましい」
四宮が俺の二の腕を叩きながら言った。
「羨ましい? 四宮が俺を? 冗談よせよ。からかう……」
いや、これは冗談やからかいではない。
「筋肉が付きにくい身体でさ。パワーが無くて、すぐぶっ飛ばされるんだよな。良いよな。この胸板の厚さ。男槍って、今、帰宅部なんだろう?」
「そうよ。どうして、部活しないの? 前から気になってたのよ。中学の時はあんなに陸上で活躍していたのに」
「え? 中学の時の事、知っていたん?」
「もち、県大会なんかで優勝してたじゃない。私、スポーツ好きだけど運動音痴だから、凄いなぁって思っていたの。なのに、高校では帰宅部だし、どうしたのかな? 勿体ないなって……」
ドキドキしてくる。源五郎丸がそんな風に思ってくれていたなんて……
「スポーツが嫌になったのか?」
「いや、そういうわけじゃない。身体動かすのは嫌いじゃない」
「じゃあさ、ラグビー部入ってくれよ。しばらくは試しでいいから」
「お願い、私達を助けるって思って!」
「そうだな…… うん、やってもいいかな」
自分でも驚く程、素直に、やる気が湧いて来た。
「本当?! ありがとう!」
源五郎丸は特大の笑みを浮かべると、俺の手を両手で握りしめた。そして、ハッとすると顔を真っ赤にし、慌てて、手を離した。
「だけど、ルールちゃんと知らないんだ」
「大丈夫、俺がしっかり教えるし」
「男槍君なら、きっと、直ぐにものに出来るわ」
「詳しくはまた話そう」
俺と源五郎丸、四宮の三人は話しながら駅にと向かった。
未来は変わりやすい。葵達のいた未来が変わらないよう、自分なりの最善を尽くそう。
葵と見た青々とした満月が俺たちを照らしていた。