俺が…… 救世主となる ?!?
「この時代に来た事で他人の運命を変えた…… 確かに、そうだと思う。伊集院さんの事件は最悪の変わり方をしてしまったわ」
ズキンと胸が痛む。
「でも、でもね、私にとっては、最高の変わり方なの。そして、きっと、これからの人類にとっても……」
「? これからの人類?」
「以前に話したよね。男性が中性化して、性欲も精子の動きも数も減って、少子化が凄い勢いで進んでいるって」
「うん、だから、俺みたいな男くさいブサメンゴリラがモテるんだよな?」
「それらを改善する薬も次々開発されているんだけど、決定打な物がなかったの。このままだと、じっくり滅亡するのを待つしかないって感じで……」
「そこまで深刻だったんだ」
「そんな時に、太郎君が現れたの。この時代に太郎君ほどの男性ホルモンが多い人は、世界中探してもいないわ」
「そう……」
「精子の運動も数もすごくて、こんなに男性機能に優れた、十七歳のイキの良いピンピンした生体が手に入るなんて、本当に夢みたいだった。研究もかなり進んで、効果も出てる。後は、効果の安定と、太郎君に頼らなくても大量生産に持って行く事ね。それも、めどがついているの」
イキの良いピンピンした生体…… 相変わらず、葵の言い方は……
「民間ラボが借りれるから、完成させられるわ。そうなると、人類の滅亡は亡くなるわ。太郎君は……」
ジッと俺を見つめた。
「人類の未来を救う、救世主なのよ!」
「きゅ、救世主?」
思わず、声が裏返った。
「な、何を、大げさな」
「大げさじゃないわ。本当に打つ手をなかったの。伊集院さんの事は悲しいかった。でも、それだけじゃない。悪い影響だけじゃない! それは信じて!」
葵の目は真剣で、嘘でも、慰めでもないのが分かった。
「ああ、うん」
葵はホッとした表情をした。
「あ、でも、また性被害や虐待が増えたりしない?」
「あくまで、不妊治療薬だから。暴力的な危険因子を持っている人には投与しないから、大丈夫よ」
今度はこちらがホッとした。
葵は鞄を引き寄せると、中から一冊のノートを出した。
「これが遺品のケースに入っていたノートなの」
俺の時代ではありふれたキャンパスノート。表紙をめくる。そこには、
『葵へ、 この中の物は研究費にあてるなりして、役立てて欲しい。
そして、絶対に、私を救世主にしてくれ。 男槍太郎 』
と書かれていた。明らかに俺の字、いや、成熟した大人になった俺の字だ。
「男槍か…… 無くなってしまったね」
葵がポツリと言った。
「え? 男槍、無くなった? この前亡くなった人が最後? その人に子どもは?」
「子どもも孫もいるけど、結婚しても、どっちの姓を名乗るか別姓にするかは、太郎君の時代より、ずっと自由で。その、つまり、男槍を選んだ人がいなかったの」
「う、き、気持ちは分かる」
「でも、寂しい?」
「うん、ちょっと。そっか、男槍、消えてしまったのか。あ、源五郎丸は?」
「源五郎丸は少数だけど、居るわよ」
「良かった。源五郎丸は消えて欲しくないな」
「うん、クラシカルな良い名前だものね」
「男槍は消えても仕方ない名前ってこと?」
「ち、違うわよ。そういう意味じゃ」
葵が小さく笑った。
ああ、やはり、良く似ている。
「で、次のページに帰り方が書いてあるの」
ページをめくる。
『来た時と同じ条件で、心から願え』
「え? これだけ?」
自分へのメッセージ、不親切過ぎやしないか?
「タイムスリップした時って、どんな状態だったの?」
本当は言いたくはないけど……
「……とにかく、その場にいたくなかった。どこかに行ってしまいたくて、道路に飛び出したら、車が来ていて、このまま、死にたくないと」
「道路に飛び出したの?」
「うん、逢魔が時で、あまり、ちゃんと、確認しなかった」
「逢魔が時、これも条件の一つなのかしら? 他に何か気づいた?」
「月が、満月が出ていた。煌煌と照っていた]
「場所は?」
「公園から少し西に行った辺り」
「次の満月の日時、天気と」
『……18日、天気は快晴』
部屋が答える。
「次の満月は十日後だわ」
「十日……」
何気に目を合わせた。そして、お互いに反らした。
「このノートがグッズの一番上に置いたあったの」
もう一度、収納ケースに目を戻した。オタクグッズの中に一冊推理小説のハード本が入っている。東〇圭吾のサイン入り初版本。それをケースから取り出した。
「あの、葵さん、お願いがあるのだけど」
「何?」
「この一冊だけ、他の人に渡しても良い?」
「いいけど? どなたに?」
「このマンションの東隣りに茶色のファミリー向けマンションがあるよね。あそこに住んでいる森渚っていう高校生に」
「森渚さんね。わかった。必ず渡しておくわ」
渡さない方がいいのか? また、運命に影響してしまったら……
悪い影響だけじゃない…… 葵の言葉を信じよう。
「その子に太郎君の事を訊かれたらどうする?」
「そうだな。また引っ越したと、海外にでも行ったと言っといて」
「うん、上手く言っておくわ。でも、18日までは、もう他人と関わらない方がいいかもしれないわね」
「そうする。大人しく家に籠っておく」
「その間、私はこれらを売って、研究に備えておくわ。で、最後のお願い」
「え? 何?」
「戻る前に、精液をお願い。ちょっと、多めにね」
葵は、いつもの、研究者の顔に戻っていた。