運命を狂わす異分子、 そして、 彼女との関係
「伊集院さんの事件は太郎君のせいじゃ……」
激しく頭を左右に振った。
「俺のせいだ! 俺が、伊集院さんに接触したから、金の事を持ち掛けたから! 接触しなければ、彼女は殺されなかったし、あの男も殺人を起こさなかった」
動悸が激しい。冷や汗が止まらない。
「そ、そうかも……知れないけど、だからって、太郎君の責任じゃ。動機は男の嫉妬だし……」
「……元々、俺はこの時代の人間じゃない」
「……え、ええ」
「この時代に飛ばされなければ、俺と会わなければ、伊集院さんとあの男は、普通に付き合っていっただろう?」
「……そうね」
「俺がここに来たせいで、二人の運命を狂わせたんだ」
ブルッと背中に悪寒が走った。怖い。
「あの二人だけじゃない。ひょっとしたら、他の人の運命も狂わせているかもしれない」
カリアや渚、もしかしら、渚に付きまとっていた先輩や同級生。いや、もっと見知らぬ人の……
困惑した葵と目が合った。
「……葵さん、葵さんの運命も変えてしまっている。俺なんかと関わっていたら、それこそ、これからの人生が……」
葵は何も言わず、血の気の失せた顔で俺を見ていた。
「ここに居る限り、誰かの運命を狂わせてしまう。俺はこの時代にとって、居てはいけない異分子なんだ! もう、嫌だ! 帰りたい! 自分の時代に戻りたい!」
心の底からそう思った。
「ご、ごめんなさい」
消え入るような声で葵が言った。見ると、俯き、小さく体を震わせていた。
葵の言葉の意味が分からない。
「何を謝っているのです?」
「私、私、帰り方を知っているの。でも、直ぐに言えなかった……」
「え?」
葵は顔を上げた。瞳がうるんでいる。
「……太郎君の苗字って、男槍でしょう?」
「あ、うん。でも、ここに来てから、誰にも苗字は言っていないはず……」
フラリと立ちあがると、
「ちょっと、待っていて」
と、部屋を出て行った。
しばらくして、葵はキャスターの付いた大きな収納ケースを引っ張って戻って来た。そのケースを俺の前に置くと、再びしゃがみこんだ。
少し悲し気に俺の目を見る。
「初めて、私に会った時、源五郎丸って呼んだよね?」
「はい」
「知り合い? その人に私って似てる?」
「中高が一緒で、目鼻立ちとか雰囲気が似ていてます」
「その人の事、好きなの?」
「え? は、はい、まぁ」
葵は、嬉しそうなであり、切なそうでもある。
「先だって亡くなった親戚のおじいさんって、私の母方の祖母の弟なの。その人ね……」
「はい?」
「苗字が男槍なのよ」
「男槍? 親族かな? あまり居ないんですよ。この苗字」
「でしょうね。で、その二人の母、つまり、私の曾祖母の旧姓が源五郎丸なの」
「は? 源五郎丸?」
「源五郎丸も良くある苗字じゃないわよね」
「はい、源五郎丸さん自身がそう言ってました」
「あの時、知っている名前を呼ばれたから、振り返ったのよ」
そう言って、源五郎丸に似た目で見つめてくる。
「じゃあ、葵さんの祖母の弟さんが男槍で、その母親の旧姓が源五郎丸って…… え? は?」
思い当たったが、信じられない。
「ま、まさか、葵さんって……」
葵は小さくうなずいた。
「そう、太郎君は私の曾祖父」
「本当に? 俺が、源五郎丸さんと? 嘘だろ」
「ううん、思えば、亡くなったショウおじいさん、太郎君と似ているところがあった。それに、この、太郎君からの私への遺品」
目の前の収納ケースに手を添えた。
「遺品? 俺から、葵さんへ?」
「ええ、母が結婚して山下姓になった時、祖父である太郎君から、いつか女の子が産まれて、葵と名付けたら、これを渡して欲しい、遺言だと思ってきいてくれって言われたのですって」
「よくそんな訳の分からない変な遺言を守ったな……」
「母が言うには、ちょっと不思議な人で、未来を見透かすというか、予言めいたものが良く当たる人で、別に変に思わず受け取ったのだって。でも、すっかり忘れていて、ショウおじいさんが亡くなった事で思い出したらしいの」
不思議なって、そりゃ、一度、未来を見ているからな……
「で、俺が葵さんに残した遺品って?」
収納ケースのフタを開けた。
そこには、平成、令和時代のフィギュア、漫画本、直筆イラスト、昭和のブリキのおもちゃ等がギッシリ、痛まないように梱包されて入っていた。
「なんだこれ? こんなオタクっぽい物を?」
「何言っているの。これ、物凄いお宝よ。マニアに売れば、すごいことになる。そのへんの宝石よりも価値があるわ。本も全部初版本だし。サインが入った物もある。ブリキのおもちゃなんか、三桁万円はするはず」
そうだった。平成、令和時代のサブカルチャー品は、この時代、物凄い値打ちがある。
「じゃあ、民間のラボを?」
「ええ、十分、借りれると思う。研究を完成させられる」
「そうか、良かった」
「でね、このケースに……元の時代に戻れる方法を書いたノートも入っていたの。実家に帰った日に渡されて知ったのに…… 太郎君が不安な思いをしているのも分かっていたのに……」
葵は目尻を指先でぬぐった。
「直ぐに言えなかった。だって、太郎君が血の繋がりのある曾祖父だなんて、居なくなってしまうなんて、受け入れられなかった。心の整理が付かなかったの。ごめんなさい」
葵は深く頭を垂れた。
どう言えば良いのか分からなかった。でも、源五郎丸に似ている事も、実家から戻ってからの素っ気なさも合点がいった。
「…… うん、いや、いいよ、気にしないで…… それで、そのノートは?」
「ケースから出して鞄に入れてる。後でちゃんと渡すわ。でも、その前に……」
葵は座りなおすと、表情を改めた。