麗華の死、 俺はやっていない!
伊集院麗華の言う条件とは、やはり、カリアと同じであっちの事なのだろうか?
麗華は頭脳明晰で、努力家で、商才もあり、毒親や親族に振舞わされない意志の強さを持つ、素晴らしい人間だ。人として尊敬出来る。その上、かなり肉感的だった。きっと、もてる。分かるけど、彼女は一回り以上年上。そういう年齢差を平気で、むしろ好む男もいるだろう。だけど、俺には『天才おばさん』としか思えない。そういう対象の女性ではない。
条件が性的な事なら、どうするべきか? 俺に出来るのか?
ここまで考えて我に返った。この時代に飛ばされて、モテすぎて、脳内がはっちゃけている。
カリアはパパの威を借る我儘女だった。だが、麗華は冷静で賢い。
こんな大金を俺と付き合う為だけに使うわけない。
条件をあっち系だと決めつけてしまっていた。とにかく、麗華の条件をちゃんと聞いてから考えようと思った。
五日後の夜の八時前、こっそりと葵のマンションを抜け出した。葵はまだ帰って来ていない。最近は大学に泊まる事は無くなったが、帰りは深夜近かった。
人目を避け、街路樹に隠れる様に麗華と会った公園に向かった。麗華に夜の八時に公園東出口の車道側で待つように言われた。公園を東に抜ける。公園には人の姿は殆どない。豆しばをつれたお婆さんを遠目に見たぐらいだ。
八時前に東出口の車道側に着いた。立っていると、黒塗りの高級車が音もなく近づき、俺の前に止まった。後部座席のドアが開く。
「どうぞ、お乗りください」
乗り込むとドアが閉まり走り出す。車内は俺だけ。広く贅沢な作りだ。
「音楽でもおかけしましょうか?」
「いえ、いいです。何もしなくて」
「かしこまりました」
車はビル群を抜けると、山手に向かった。山手は高級住宅街。広い敷地の一戸建てが並んでいる。俺の時代もそうだった。チラチラとモダンな住宅が見えている。その内、車は大きくカーブをすると、一軒の邸宅の前に着いた。門が自動に開き車ごと入ると、家の玄関前に止まった。
「どうぞ、お降りください」
車のドアが開く。降りて家を眺めた。白とこげ茶の落ち着いたシンプルなデザインの家。ゴテゴテの成金感のないセンスの良い家だ。玄関のドアに寄ると、スッと開いた。中に入る。広い玄関スペース。
「すみません」
声を掛けた。誰も出てこない。人の気配がない。ボディーガードも見当たらない。
「ごめんください!」
もう一度呼んでみた。全く反応がない。
日時、時間は間違いない。車での迎えもあったし。 玄関から続く廊下の奥のドアから光がもれている。何となく、そちらの方に向かった。光のもれてくる部屋を覗いてみた。広い洋室、立派なソファが置いてある。そのソファの背もたれ向こうに人の手が見えた。
「あの、伊集院さん?」
返事がない。どこか……変? 恐る恐る近づく。
「伊集院さん?」
そこには伊集院麗華が居た。だが、おかしい。顔が赤黒く膨れている。口からはよだれが流れ出て、アゴにこびりついている。ピクリとも動かない。イヤな匂いがする。生きたものではない。死の匂い……
「し、死んでいる?」
麗華の首には薄ピンクのスカーフが、きつく、巻きついていた。
心臓の動悸が激しくなる。背筋に悪寒が走る。身体が震える。
「まさか、殺されて……」
ハッとした。
「やばい! このままだと、犯人になる。俺がやった事になる」
早くここを立ち去らなければ。焦る。だが、身体が思う様に動かない。震えをおさえながら、必死で玄関へと戻った。ドアの前に立つと開いた。良かった。閉じ込められたらどうしようかと思っていた。外に出たが迎えに来た車はいなかった。いたとしても乗れる訳ないが…… 門へのスロープを庭木に隠れるように降りた。門にたどり着くと、そこも問題なく開いた。門から転がり出る。とにかく、麗華の家から出れた事にホッとした。そして、出来るだけ道の端を、監視カメラ等なさそうな場所を選んで走った。
早く、早く、葵のマンションに帰えりたい!
人が来ると隠れ、監視システムがありそうな場所は遠回りした。その間も、麗華の赤黒く膨れ上がった顔がチラチラと脳裏に浮かぶ。吐きそうだ。
なんで? なんで? なんで、伊集院麗華が?
分からない。とにかく、恐ろしかった。
何とか葵のマンションに辿り着いた時は、もう深夜だった。
「太郎君、こんなに遅くまでどこ行って……」
葵は俺を見て、絶句した。
「どうしたの? 顔が真っ青。何かあった?」
葵の顔を見たとたん、全身の力が抜けた。その場にへたり込む。
「どうしたのよ。本当に……」
「し、し、死んでた……」
「? 死んでた? 何が?」
葵は俺の前に来て、しゃがみ、顔をのぞき込んでくる。
「い、伊集院さん」
「伊集院さん?」
「伊集院麗華さん、さっき、伊集院さんの家に行ったら、死んでいたんだ」
絞り出すように言った。
「伊集院麗華って、あのキューブの開発者の?」
小さくうなずく。
「どうして、太郎君が伊集院麗華の家に行ったの?」
「…… それは」
「どうして?!」
「金を、金を貸してくれるかと思って」
「太郎君、何か、お金が必要……」
葵は息を飲んだ。
「お金って、まさか、私が民間のラボを借りるのに大金がかかるって言ったから?」
顔をあげれない。
「そうなの?」
「前、伊集院さんが金銭的な事で困ったら連絡してって言ってくれて、もしかしたら、と思って……」
「バカ!」
葵はビックリするぐらいの大声で俺を怒鳴りつけた。