暗闇の中の一筋の光
葵の言葉は意外だった。
葵こそ俺を研究の対象物としてしか見ていなかったのでは?
「もっと、安定した成果を出して、薬として特許を取るつもりなの。その時には、データも書き換え、百年前の精子が複数冷凍保存されていたのを見つけた事にして、太郎君に結び付かないようにするつもりだったの」
葵は大きくため息を吐いた。
「大学以外の民間のラボもあるのだけど、すごく使用料が高いのよねぇ。まだ学生の私に払えるような金額じゃない」
「そんなに高いのですか?」
「うん、結果だすまでには〇千万位かかるかも。学生じゃ、お金も貸してくれないし。早く社会人になりたいな」
本当に結構な金額だった。その後、葵は事のついでの様に、
「私、社会人になったら、こんな都会じゃなくて田舎に家を構えようと思っているの。他人の目がないし、監視システムも少ないし、きっと、過ごし易いわ」
何気に聞いていて、アッと思った。
「俺の? 俺の為に?」
「田舎でも、何でも手に入るし。野菜なんか作るのもいいかも。商売するのは許可いるけど、家庭菜園なら大丈夫だろうし。あ、そうだ! 今、平成や令和のレトロが流行っているって言ったでしょう?」
「ええ、そうみたいですね」
「太郎君はリアルで知っている訳じゃん。こんな事件があった、こんな物が流行ったって、エッセイみたいなの書いて投稿したらどうかしら? 結構人気でるかも」
「……そんな事しても大丈夫でしょうか?」
「もちろん、表面上は私のエッセイもどきのお話って事になるけど。表に出なくても、そうやって、社会に関わる事が出来るってこと」
「あ……」
出来ない事ばかり考え、悪い方、悪い方に意識が向いていた。
「葵さんは、そこまで、俺の事を、俺のこれからの事を考えていてくれてたのですか?」
「当たり前じゃない。人一人の人生に関わっているのよ」
葵はこともなげに言った。
彼女は研究対象としてでなく、俺を人として思ってくれて、考えてくれていた。覚悟を決めて……
嬉しい。イヤ、嬉しいなんて言葉じゃ言い表せない。胸が、目頭が熱くなる。心の芯が震える。
言葉が出ない。
「あ、何か、太郎君と話していたら落ち着いて来た。気持ちがリセット出来た感じ」
葵の顔つきが帰って来た時と変わっていた。
「急に教授達が帰って来て、パニックになってた。うん、でも、何とかする。して見せる」
真っ直ぐに俺を見ると、ニコリと微笑んだ。
「四方が塞がったと思っても、斜め上に道があったりするのよね。太郎君と話せたおかげね。ありがと」
源五郎丸に似た笑顔は優しく、それでいて、リンとしていて美しかった。
「そ、そんな、俺こそ……」
それしか言えなかった。
暗闇に明るい光が差し込んだ。
葵はそれから大学の正規の研究をするため、大学に通っている。なかなか、例の研究は出来ないみたいだが、さほど落ち込んでいないようだった。
でも、俺は心苦しかった。葵の言ったような生き方もいいだろう。しかし、それはずっと葵に負担をかけたまま。何か少しでも、彼女の役に立ちたかった。
金があれば、民間のラボが借りれる。でも、俺は働くことすら出来ない…… その時、伊集院麗華の事を思い出した。
「金銭的に何かあったら、遠慮しないで」
気に入った男性がいたら、金銭的援助をしている超資産家。
伊集院麗華ならお金を貸してくれるだろうか? 何に使う金かは言えない。一流の起業家がそんな曖昧な物に大金を出すのか?
グルグル考えていたが答えが出ない。何もしないよりはましかも知れない。ダメ元で麗華に連絡を取ってみようと思った。
鞄に放り込んだ麗華に渡されたメモリーカードを探し、ブレスレットに読み取らせる。
「伊集院麗華、音声のみで」
指を耳の下に当てると、軽く振動するのが伝わってくる。
ドキドキする。どう言えば貸してもらえるだろう?
「はい?」
しばらくして、麗華の声が頭に聞えた。
「えっと、このカードナンバーは、少し前に公園で会った子?」
「あ、はい、そうです」
「どうしたの? あ、何か、金銭面で困った?」
もの凄く話しが速い。
「実は、そうなんです。それで、お金を貸して頂きたくて……」
「貸すの? 援助ではなくて?」
「はい、上手くいけば、必ずお返ししますので」
「ご両親のお仕事関係が困っているのかしら?」
「はい……」
「で、おいくら?」
「〇千万円位です」
「あら! それは結構な大金ね」
やはり、麗華でも大金なのか……
「何に使うの? どんな業種かな?」
当然、訊いて来る。
「俺、詳しく知らないんです。ただ、困っている事だけは分かってて」
苦しい言い訳だ。無理だろうな。
「う~ん」
しばらく麗華は考えているようだった。
「はい、はいと、出せる金額ではないわ」
「ですよね」
「でも、こちらの条件を飲んでくれるなら、考えてもいい」
「条件?」
ドキッとする。
「とにかく、こんな大金の絡む事、直接会って話しましょう。いいわね」
俺は会う約束した。
条件、条件って、どんな条件なのだろう? すごく……気になった。