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先のない 暗闇の人生

 「そっちから、掛けてこないから、してやったのに、出もしない。あげくに、拒否するなんて何様のつもり!」

 ヒステリックに叫びながら、ズカズカと近寄って来た。渚はビックリして立ちすくんでいる。

「あたしの申し出を断るってことなの?」

「返答がない。拒否されている事が返答だと思いますけど」

 カリアの態度に苛立ち、冷たく言い返した。

「はぁ? 世話になってる女に義理立てするっての?」

 ジロリと渚を睨んだ。全身を値踏みするように見る。渚は固まったまま。

「この女?」

「違う! この子は関係ない。ただのご近所。ちょっと、話していただけだ」

「ふん、だろうな。こんな、なんの財力も権力のなさげで、見た目も取り柄のない平凡なガキ」

 ムカッとする。その権力も財力もパパのものだろう。モデル並みに綺麗だと思っていたカリアのルックスがひどく醜く思えた。

 こんな裏社会に繋がりのある地雷女、葵が言う様に、関わりは持つべきでない。

「とにかく、申し出は断る」 

「へぇ?」

 見下すように、鼻で笑った。

「いいんだ? 断るって事は、あんたはこの先何も出来ないんだよ。その平凡なガキを気に入っているみたいだけど、一緒に居ることすら出来ない。分かってんの?」

「……でも、やはり」

「ふん、じゃ、もういい! あたしだって暇じゃない。あたしと付き合いたい男なんて、他にも、山の様にいるんだ! お前なんか、女の尻に隠れて、一生、将来のない人生を送ればいい!」

 そう言い捨てると、サッサと去って行った。怒り狂うカリアの顔は整っていただけ、余計に、怖かった。魔女の様……

「い、今の方は?」

 渚が青い顔をして訊いて来た。話の内容を聞かれた。変に思っただろうか?

「あ、その、少し前に、交際を申し込まれたんだけど、断ったら、ある事無い事を言われて、粘着されて、困っていたんだ」

「そうなのですね。すごい迫力でしたよね。とても綺麗な方なのに…… モテる方は大変ですね」

 苦笑いするしかない。モテるのはここに来てからだけだが…… 

 カリアの暴言は断られた嫌がらせだと、渚は解釈したようでホッとした。 

「あの、さっきの人が言ったこと、気にしないで。言った通り、ある事無い事言うから」

 渚はしばらくキョトンとして。

「あ、取り柄のないって事ですか? 大丈夫ですよ。気にしてません。本当の事ですし」

 小さく笑った。

「そんな事ない!」

 渚のソバカスのある白い頬がポッと赤く染まった。ハッとした。

「あ、これ、ありがと。じゃあ」

 急いで、この場を去らなければ……

「こちらこそ、ありがとうございました」

 渚が改めて頭を下げた。俺は振り返りもせず、葵のマンションに帰った。先程から、カリアの言葉が頭の中をグルグルと回っている。

『この先、何も出来ない、一生、将来のない人生を送ればいい』

 そうだ。ここに居る限り、学校に行けない。正規の労働も出来ない。結婚も、病院にかかる事も出来ない。葵に匿われて、ひっそりと生きていくしかないのか? だが、カリアを断った事は後悔していない。偽の戸籍を手に入れても、カリアの機嫌を損ねたら、より、悲惨な人生しか想像出来ない。

 行く道のない人生……

 見ないようにしていた現実が迫って来る。

 葵のマンションに戻って、渚のくれたクッキーと少しだけかじってみた。ホンノリ甘くて優しい味。小学校の低学年の頃、母がたまに作ってくれた味と似ている。胸が詰まり、食べれなくなってしまった。


 葵はまだ帰って来ない。あの後、俺はウォーキングもやめた。渚はいい子だ。話していて楽しい。でも、カリアの言った「一緒に居ることも出来ない」 その通りだと思う。会わない方がいい。

 暗澹たる思いで数日間を過ごした。

 そんな日々の夜、葵が帰った来た。ホッとした。誰かがそばにいてくれる。それだけで嬉しい。

だが、様子が違った。前のようなテンションでなく、暗く思い悩んでいる。俺と同じ位の重いオーラをまとっていた。

「……葵さん? どうかしたのですか?」

 恐る恐る訊いてみた。

「うん、まぁ……」

「研究の成果があまり出ていないのです?」

「違うの! 成果はものすごく出てる。太郎君の男性ホルモンって本当にすごくてね。そこから作った薬を実験動物に投薬したら……」

 暗い顔が一変して、イキイキと語り出した。

「生殖活動が活発になって、精子の数も運動量も増えているの!」

「…… だったら、何で、そんなに落ち込んでいるのです?」

「教授達が帰ってきてしまったの。予定だと、まだ、ずっと、後なのに……」

 急にシュンとする。

 そう言えば、教授達の留守中に研究室を内密に使うと言っていた。

「じゃあ、もう研究室を使えないと?」

「そう、持ち帰ったテーマをフル活動でやるって言ってたから、しばらく? ううん、この先、勝手に使うの無理かも。ああ、8割方進んでいたのに……」

「あの、そこまで進んでいるのなら、オープンにしてはダメなんですか?」

 葵は激しく首を横に振った。

「ダメ! 今は、まだダメ! 今、記録を改ざんしたら、この先に支障が出てしまう。まだ、太郎君に協力してもらわなきゃいけないし。そうしたら、太郎君の存在がばれてしまう! 誤魔化せない! 太郎君を…… 太郎くんを、研究物として、好奇の目にさらしたくないの! 絶対に、それだけは出来ない!」

 葵は腹の底から絞り出すように言った。

     

 

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