表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

素朴なあの子は……初恋の香り

「悪い。大丈夫? そんなに力を入れたつもりはなかったけど……」

 大事にしたくなくて、愛想笑いをしながら、男に手を差し伸べた。 

 途端、男はとび上がると、

「もう二度と、声は掛けてやらないからな!」

 俺の方は見ず、女の子に捨て台詞を吐くと、すごいスピードで逃げて行った。

「あの、助かりました。有難うございました」

 深々と、女の子が頭を下げた。

「いや、でも、良かったのかな? 同じ高校の先輩なのだろう? この後……」

「高校の一つ先輩ってだけで、そんなに関係はないのです」

「え? 関係ないのに、あんなに偉そうに迫っていたのか?」

「はい、男っぽくってモテるから、女は皆、自分の思い通りになるって思っているみたいなんです。まるで王様気取り」

 ふと、奥田ミカを思い出した。 女王様気取り。

「何人もの女性と付き合って、この間は妊娠させたって自慢してました」

「なんだよ。それ。そんなの自慢するって、腐ってんな!」

 言ってしまって、ハッとした。この時代の価値観を失念していた。また変に思われたのでは?

 だけど、その子は、

「そう、そうですよね。いくらモテるからって、好きでもない相手とそんなことして、ましては、子どもまで作るなんて、最低ですよね」

 力のこもった返答をしてきた。その後すぐ、照れ臭そうに、

「すいません。つい、嬉しくなって。私なんか、考えが古いって言われてて。同じ価値観の…… それも、こんなとても素敵でモテそうな方なのに……」

 最後の方は聞き取れないぐらい小声になっていた。

 滅茶苦茶、恥ずかしそう。こんな反応、された事がない。逆にドキドキしてくる。

「私、そのマンションの森渚です。青空高校の一年です」

 後ろにそびえ建つファミリー向けマンションを指さした。落ち着いた外観の高級マンション。

「青空高校? 俺も」

 と言いそうになって、言葉を飲んだ。

「俺は在宅で二年」

 この子、同じ高校なんだ。あの高校、まだ、ちゃんと存在しているんだ。超後輩か。親近感がわく。

「何週間か前、一度、お会いしてますよね?」

「ああ、うん」

「やはり、少し、不慣れな感じでしたけど……」

「最近こっちに引っ越して来たから」

「もう、慣れました?」

「うん、便利だし、自然も意外と多くて、住み良い町だよな」

 渚がパァッと嬉しそうに笑った。この時代にしては地味顔だが、笑い顔は人懐っこく、優し気で、見つめてしまった。渚はそれに気づき、耳まで赤くすると、うつむいた。

「わ、私も、この町好きです」

 そう言った時、彼女の後ろから「渚」と呼ぶ声がした。

「あ、母だわ。仕事から戻ったみたい」

 渚は再び深く頭を下げ、

「本当にありがとうございました」

 と、母親の方に去っていった。

 俺も意外に時間をとってしまったので、ウォーキングを止め、マンションに戻った。

 渚と話していると、百年先の未来に来ている事を忘れそうになる。圧を感じずにいられる。ホワッと心が温まるような、ワクワクするような思いになる。外見は葵が源五郎丸に似ているが、雰囲気は渚が似ている。とにかく、ここに来てから、初めて、他人と自然体で話した。


 その夜は葵が久しぶりに帰って来た。テンション高め。なのに、俺を見ると、

「あれ? 何か、嬉しそうじゃない? 良い事あった?」

 ドキッとした。

「別に、いつも通りです。葵さんこそ、楽し気ですけど?」

 葵は顔を高揚させ、ニッコリと笑った。

「当たり前よ。すごく、成果がでているの!」

 俺の目の前に来て、両肩をガッシリとつかんだ。

「太郎君って、本当に最高! ステキ! すごいよ! すごい!」

「…… な、何がです?」

「骨太で骨密度も高くて、健康で、もう、理想の健康体。血液も問題なしだし、何より……」

 葵は一息置いた。

「男性ホルモンがものすごく多いの! 精子の数も多くて、その上、運動量もすごい! 元気そのもの!」

 いつもだが、葵のこう言うほめ言葉は嬉しくない。

「今の時代で、俺は男らしいって偉そうにしている奴のなんて、全然、足元にも届かないわ!」

 苦笑いをするしかない。

「ね、太郎君って、百年前の太郎君の時代でも、多い方だよね」

「さあ? どうなんでしょう? そんなの調べた事ないし……」

「あ、そうか。そうよね。まだ、学生で調べたりしないよね」 

 一人で勝手にうなづいている。

「でさ、もっと、研究をすすめて、成果をだしたいの」

 バックから容器とメモリーカードを取り出した。

「もっと、ちょうだい。これ、この前、太郎君が使った映像と似た性癖と場面のやつだから」

 バン!!  と、爆発するように羞恥心が噴き出した!

 全身が熱くなる。 

 ワナワナしている俺に、葵は目を輝かせ、容器とカードをさし出した。

 せっかく、せっかく、穏やかで、楽しい気分でいたのに……

 一瞬で吹き飛ばされた。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ