男と女の 言いあらそい
「約束は守りますから、そんなに、迫らないで下さい!」
後ずさりしながら、叫んだ。
「そう? 興奮剤は?」
頭を横に振る。
「いらない? さすが! じゃ、あそこで」
指さす先には白いドアがあった。
「中にある容器に入れてきて。あらゆる性癖や、場面に合わせた立体映像が用意されているから、好きなのを選んで」
「……はい」
「あ、私でいいのなら、手伝ってあげようか?」
二ッと笑う。
「は? いえ、結構です」
大急ぎで白いドア内に入った。
源五郎丸の顔であんなことを言わないで欲しい。心臓がドキドキして、身体が火照った。
部屋から出て、容器を手渡すと、
「本当、調べがいがありそう……」
うっとりしている。
「次は? トットッとやってしまって下さい」
開き直って言うと、葵はハッとした顔をして俺を見た。
「あ、太郎君はもういいよ。私は皆が居ない間に進めたいから、しばらくはマンションには帰らないかも。周りにばれないように適当にやっといて」
冷静な声で言う。
改めて、この人にとって、俺はあくまで研究対象なんだなと思う。なんだろう? ちょっと、寂しい。
研究棟の出入り口には乗って来た自動車が待機していた。
葵は俺を乗せると、マンションまで行き、降りた後、大学の戻る様に指示をした。自動車が走り出すと彼女は振り向きもせず、建物の中に入って行った。雨は相変わらずの激しさだった。
本当にあれから葵は帰って来ない。大学に泊まり込んでいるみたい。俺は勝手に過ごした。ゲームをしたり、アニメを見たり、驚いた事に、この時代でも、日本のアニメ等のサブカルチャーは健在。むしろ、平成、令和の作品の復刻版が再ブームになっていて、初版本や初期のフィギュアがびっくりする価格で取引されている。
「俺も持っているあの漫画がこの値段なぁ。お宝だな」
今、手元にないなら、何の役にも立たない情報だ。
少し暗くなってから、ウォーキングに出る。人目をさけ、ヒゲをそり、体形を隠す服を着て。芸能人でもないのに…… 自分でも滑稽だと思う。
その日も日が暮れてからマンションを出た。遊歩道を少し進んだ辺りで、
「止めて下さい。先輩、私はそんな気ありませんから!」
「この俺が誘ってやっているのに? 何が不満なんだよ」
男女の争う声がした。珍しい。この時代に来て、初めて聞いた。もう、何があってもスルーしようと思っていたのだが、思わず、足を止め見てしまった。若い男女だ。俺と同じぐらいか? 男は細身だが、マネキンみたいなツルッとした感じで無く、ほお骨が張ったゴツゴツした顔立ち。目は三白眼。今の主の男よりはかなり男っぽい。
なるほど、この俺が……なのか。 俺の時代なら、絶対モテない仲間なのに。
「矢代先輩、付き合ってる女性いっぱい居るじゃないですか。そんな方、信用できないです」
女の子が横を向いた。
「あ、あの子」
ここに来た翌日、キョロキョロしていた俺に心配して声を掛けてくれた子だ。
「なぜ、私なのです? 先輩の事好きだと言っている人、他にいるじゃないですか?」
「つまらないんだよ。あっちから寄って来る女なんて。簡単すぎじゃん」
ニヤリと笑い、髪を掻き上げる。恰好良いと思っているのだろう。
「少し抵抗してくれた方が落としがいがある」
そう言うと、女の子の両腕を捕まえ、顔を近づけた。
「イヤ、止めて……」
女の子は顔を背ける。だが、男は強引に唇をつけようとした。
「おい! ヤメロヨ! 嫌がってるだろうが!」
思わず、近寄りながら怒鳴りつけた。スルー出来なかった。
ビクッと動きを止めた男がこちらを睨んだ。
「うるせえ! 口出しすんな……」
俺の顔を見て、全身を見て、少したじろぐ。
「なんだよ。ちょっと、男っぽいからと、他人の話に割り込みやがって! いいかっこするなよ」
「は? そんなつもりはないけど。いい男ぶってるのはそっちだろ。ダッサ」
男の態度にいら立って、つい、煽ってしまった。目だってはいけないのは分かっているのに……
男は増々いきり立った。
「ダサいだと! 俺のどこがダサいんだよ!」
女の子から両手を離すと、顔を真っ赤にして飛び掛かって来た。拳を振りかざして。
「くそが! なめやがって!!」
拳を下ろしてくる。だが、全く怖くない。スピードも迫力もない。小さな子どもが暴れている感じ。拳をヒョイと避けると、平手をそいつの胸に叩きつけた。
軽く相手の体が吹っ飛んだ。数メートル? 見事に。滅茶苦茶軽い。弱すぎるだろう。余りの事に、俺の方がびっくりした。
「俺って、スーパーマン?」
と、本気で思った。
地面に叩きつけられた男は青くなって、全身ブルブル震えている。股間が濡れている。
ア~、やってしまった。どうにか、ポリスざたにならないようにしなくては……
自分の短絡的行動を後悔した。