人体実験 !?
「 キューブを開発し、巨大な富を手に入れたとたん、手の平を返したの。今まで、無関心だったくせに。急に、会ったこともない親戚まですり寄って来て」
成功者にはままある話だろう。
「もちろん、彼女は冷静につっぱねた。ここからがいやらしい話でね。親族の中で、男の機能を持っている奴に襲わせたの」
「は? レイプしようと? 親族ですよね? なんで?」
「男の味を教えて、虜にさせて、従わせようと?」
「何なんすか? それ? 令和を通り越して、昭和の成人男性のエロ漫画みたいな話」
葵がプッと笑った。
「昭和のエロ漫画ってそんなのあるの?」
「お、俺もそんなの、あまり、読んだこと無いですけど……」
焦った。恥ずかしくなる。葵は、急に、真面目な顔をすると、
「馬鹿みたい」
と冷たく言った。
エロ漫画に言ったのか、麗華の親族に言ったのか分からなかった。
「で、伊集院さん、大丈夫だったのですか?」
「ええ、たまたま、会社設立ための協力者が近くに居て」
「良かった。でも、すごく詳しいですね。そんなプライベートな性的な事件なのに……」
「なんせ、天才少女の親、親族が絡んだ刑事事件だったし、今の時代では珍しかったから」
「そりゃ、親が実の娘を襲わすなんて、最低な事件です」
「そうじゃなくて、レイプ事件が珍しいの。ほら、中性化して、弱体化して、性欲も弱くなってるから」
「…… あ、そういう事」
「こうなって、いいこともあるのよ」
葵は皮肉そうに言った。
「性的犯罪が減った。女性の人権を認めず、物の様に扱っていた某外国でも、女性の地位が上がった」
どう言ってよいのか分からない。
「とにかく、この事件はメディアが食いついて、すごいニュースになってしまったの。この後、ボディーガードをつけたの。彼女自身も護身術ならっているとか」
ああ、だから、空手なのか。
「彼女にとって、形の見えない愛や情よりも、金銭で契約を結んだ相手の方が信頼できるみたい」
「…… なんか、哀しいですね」
「そうね……」
その時、また、ブレスレットが震えた。
「どうした? 出たくない相手?」
俺の表情を読み取った葵が言った。
「ええ、ちょっと」
「分かった。拒否しておく」
俺のブレスレットを触ると、振動が止んだ。ホッとする。もう、カリアからはかかって来ない。
麗華から受け取ったメモリーカードを、ここに飛ばされる時に持っていた学生鞄のポケットに入れた。麗華に連絡を取ることはない。俺は留学など出来ない。ましては、大学院など行けないのだから……
その日は朝から大雨だった。カラッとした天気が続いたと思ったら、急に激しい雨になる。優しいシトシトした雨は見た事がない。
夜になって、学友から借りたという小型自動車に乗った。全て自動。
「△大、医学部、大学院、××研究室」
葵が告げると、自動車は音もなく走り出す。揺れも少なく快適。窓からの景色は雨が激し過ぎて何も見えない。まるで、小さな空間に閉じ込められているかのよう……
しばらく走ると、自動車が止まった。
「これ、読み込ませておいて」
麗華にもらったメモリーカードによく似た物を渡された。
「ラボは大学関係者か関係者から許可取った者しか入れないの。許可も身元確認あるし」
「え? じゃあ、俺入れないんじゃ」
「だから、それ、私の後輩の男子学生の学生証などが入ったカード」
「その学生に成りすますのですか?」
かなりビビった。
「そう」
「でも、その人、今、韓国に行っているのでは? バレたら」
「その子は他の研究室。とにかく、大雑把というか、がさつで、あまりチャックしないタイプなの。後でラボの使用記録も改ざんしておくし。大丈夫」
ケロッと言う。
良いのかなぁ? と思いつつも葵の言う通りにして、ラボに入った。
光沢のある廊下の両側にはガラス張りの研究室が並んでいる。見た事のない機械? 器具? が整然と置かれていた。右奥の部屋の前に立つと、ドアが滑るように開いた。
「入って」
言われるまま入る。部屋の中は磨かれていて埃一つない。
「約束通り、色々と調べさせてもらうから」
ニッコリ笑う。
どこを? どう? 調べる? まさか、変な器具を体にぶち込んだり、電流流したり、切り刻んだりしないよな? なぜか、中世期の拷問や 戦前の人体実験のシーンが浮かんだ。
真っ青になった俺に気づき、余計に楽しそう。
「そんな顔しなくても。痛くなんてないから。手始めに、その円の中に入ってくれる?」
部屋の中ほどの床に白い二重丸が書かれていた。 恐々、円に入った。
「こうですか?」
「そう、まん中あたりに。うん、そのまま」
その途端、天井から光が降りて来た。ほんの一瞬、全身を包んだ。
「オッケー、もういいよ」
「あれで、何かやったのです?」
「うん、太郎君の時代で言う…… 身長、体重、体脂肪率、МRI、ⅭT、シンチ、レントゲン等々みたいな?」
「へ、へぇ」
全然、痛くも、痒くも無かった。それも、本当に一瞬。感心していると、小さな箱を持って葵が近づいて来た。
「ちょっと、血を採らせて」
箱を手首に置いた。箱は見かけより柔らかく手首を包む。これもアッと言う間。
「ありがと、じゃあ、今度はアレね」
「アレ?」
「精液よ」
「え? そ、そんなものも?」
「当たり前じゃない。この時代で、一番問題になっているもの。私の研究テーマなんだから。精子の数や運動量とかも調べたいの」
「その……」
「約束したよね! 興奮剤とかいる?」
葵はじわじわと迫って来た。