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凪  (改訂版)  作者: 田中浩一
7/18

20から23まで。


20


先頭車両の高く上がったライトより、後方車両のアメリカンのバイクのライトは、更に高かった。

アメリカンの座りかたからなのか、ライトが高い方が格上な感じが、美凪にはした。

その後ろに、ハイリフトの四輪駆動車が続く。

リフトされた下をくぐれそうなほど、高かった。

「どうやって乗り降りするんだろ?」

美凪は、まるでお神輿だと思い、周りに梯子を探したけれど、見つからない。

その更に後ろに、数台のパトカーが、赤色灯を光らせて追従する。

ラッパミュージックに警察の警告に、それは賑やかなお祭りだった。

その時、スマートフォンが震えた。

勇二だった。

「はい。もしもし」

「おっつー。そこから大学方面に走るとボーリング場があるんだけど、守人といるから、おいでよ」

「そこからって、わたしのいるとこ、わかるの?」

美凪は、キョロキョロ探したけれど、群衆のなかに勇二の顔はない。

「中央駅だろ。俺と葛城を繋いでるのは、電話だけじゃないぜ」

キザな言い回しに一瞬、鳥野郎を思い出した。

「今は無理かも。お神輿を見てる人たちだらけで、走れないよ」

「お神輿?」

「あっ、ちょっと待って」

お神輿の後ろのパトカーの中に、さっきのパトカーを見つけた。

「つり目が来た。できるだけ、たどり着けるように、頑張る」

そこで、スマートフォンを切った。

「あれっ?おい、おい。葛城?」

「どうした?」

守人の心配顔。

「お神輿とか、つり目とか言ってたけど」

ふたりは顔を見合わせて、黙ったまま、中央駅の方を見つめた。


21


美凪は、「ごめんなさい、通ります」と頭を下げながら、人混みのなかをバイクを押して、中央駅東口一番街に向かう。

アーケード商店街も、ほどほどに混んでいたけれど、押して歩くには、十分空いていた。

途中、左へ折れて、路面電車の走る道路に出る。

のろのろ動くお祭り隊はまだそこまで、来ていなかった。

跨がりエンジンをかけると、右折する。

ボーリング場までは、すぐだ。と、左の脇道の一車線から、パッシングされた気がした。

通り越してから、左ミラーで確認すると、つり目だった。

「しつこいっ!」

どうやら中央駅から、脇道を通ってきたらしい。

「はい、ナンバーの見えないそこのバイク。左に寄って止まりなさい」

相変わらず、警察は他力本願、努力しない。

そうは思いながら、今回は勝手が違う。引き離せない。

右に揺らしてフェイント。

直ぐに左バンク。

クラッチミート。

加速。

ミラーに一瞬遅れて、つり目の青白いライトが映る。

あっという間に、ミラーに大写しになる。

直ぐに、右バンク、そして、左へ。

一車線を電柱すれすれに、(かし)げてすり抜ける。

ミラーから消えた。

ミラーから前に視線を戻すと、つり目の横っ腹が見えた。裏道から廻ってきたのだ。つり目は急停車、バック、そして、右折。

来るっ!

美凪も急ブレーキ。

フロントホークが沈む。

直ぐに再加速。

右を見る。

リアブレーキ。

プルクラッチ。

リアタイヤロック。

右にハンドルを切る。

リアサスが伸びる。

アクセルオン。

クラッチミート。

スピン。

前傾姿勢。

荷重移動。

リアブレーキを当てながら、ハンドルを刻む。

バイクの傾きをコントロール。

シフトダウン。

180度転換終了。

ゴム片を飛ばしながら、前へっ!

「ひゅーっ!」

つり目の、スピーカーから思わぬ、歓声。

それでも、

「止まりなさいっ!」は変わらない。


22


勇二は守人のタブレットを覗き込む。

「今、どこだ?」

守人は答える。

中山(ちゅうざん)方面。地図にも載らないような、山道だ」


車一台、やっと通れるような、山道。

林道だけれど、舗装され、崖側にはガードレールも備わっている。

とはいえ、二輪に山道は恐怖だ。特に下りは、身体を起こしてしまう。

うねうねとした道を走る。どうか対向車が来ないようにと祈りながら、美凪はバイクを駆る。

パトカーも、追跡車両が、事故を起こされてはたまらないから、ある程度の距離を置く。

幅広のボディは、道幅いっぱいだったこともある。

とばせない。

一旦、上りきると、次に下りが来る。

頂上で、はるか向こうに指宿(いぶすき)スカイラインが見えた。

どうしても体が起きる。

スピードも落ちる。

後方が気になる。

焦る。

ミラーを見る回数が増える。

その時。

思いもよらない急カーブが現れた。

右バンク。

お尻を落として、左膝でバイクを倒す。

ズルズルと、ガードレールに迫る車体。

トラクションコントロールでエンジン回転数は落ちるも、間に合わない。

一か八かだった。

身体をシートに戻すと、リアブレーキを踏み込む。

リアタイヤが滑る。

ハンドルを左に、クラッチを切る。

二輪が滑る。

慣性ドリフトになる。

シフトダウン。

クラッチミート。

アクセルを開ける。

リアタイヤがグリップを取り戻した。

それでも、そこにガードレールが迫る。

思わず左足で、蹴るっ!

三回蹴って、軌道にもどる。

膝から先が痺れる。

でも、止まれない。

警察憎し。

警察憎し。

警察憎し。

こいつらに捕まってなるもんか。

こいつらに捕まるくらいなら、

「死んだほうがましだっ」


  23


内燃機関エンジンは、燃料がなくなると、動かない。

わずか17リッターで480キロ走れるとメーカーでは言うけれど、それはそれ、人による。

「どうする?」

守人が、まだ移動し続ける赤い点滅に安堵しながら、勇二に訊ねる。移動手段は勇二のバイクしかないのだから。

「俺の予想だと、ジャッドは産業道路沿いのどこか港に追い込まれて、一網打尽になるはずだ。だから、葛城には、その向こうの谷山の埠頭まで来てほしい」

「考えがあるんだな?」

守人の問いに、無言で頷く。

タブレットを、見る。

「とにかく、電話はかけ続ける。行こう、谷山に」

守人は、勇二の後ろに、跨がる。


左足が限界だった。

もう爪先が、石のようだった。

アニメや映画のようにはいかないんだと、改めて思う。なぜだか、クスリっと笑いが漏れる。

お父さんのところに行くのか。

悔しいけれど、わたしの力不足。

目の前に三叉路。

二車線の道路が横たわる。

低音のエキゾーストノイズはまだ、山の上。ライトが途切れ途切れに見える。

三叉路突き当たりに、行き先案内の看板。

右に谷山とある。美凪には、それしか見えなかった。左に傾くには、左足が荷重を嫌がった。右に、曲がる。

スマートフォンが震えている。

救いの手がさしのべられている。

ミラーを見る。

まだ、敵は山腹なかほど。

止まる。

左足に力が入らず、転倒する。

「チクショウっ、チクショウっ」

バイクを起こそうとする。215キログラムプラスアルファの車体はおいそれとは、起き上がらない。

ここまでか。そう思った。

  息をついたその時、スマートフォンが震えているのに気づいた。

「葛城。谷山港までこい。俺たちがそこにいる」

勇二の声。

なぜだか涙が出る。

「うん。行く」

美凪は、右膝をバイク下に入れる。腰を、1、2、3で跳ね上げる。左足が悲鳴を上げる。エンジンは止まっている。

下り坂。

クラッチを引く。

転がしながら、ジャンプして跨がる。

なん速か、確認せずにクラッチミート。

ブスッブスッとバイクが愚図る。

「うごいてっ!」

願いは届く。

派手なバックファイヤーを鳴らして、息を吹き返すと、傷ついた女神を乗せて、鉄馬(アイアン・ホース)はまるで自身の意思を持つように、走り出す。

  その場に、白煙とエキゾーストノーツと、絶望を置き去りにして。


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