20から23まで。
20
先頭車両の高く上がったライトより、後方車両のアメリカンのバイクのライトは、更に高かった。
アメリカンの座りかたからなのか、ライトが高い方が格上な感じが、美凪にはした。
その後ろに、ハイリフトの四輪駆動車が続く。
リフトされた下をくぐれそうなほど、高かった。
「どうやって乗り降りするんだろ?」
美凪は、まるでお神輿だと思い、周りに梯子を探したけれど、見つからない。
その更に後ろに、数台のパトカーが、赤色灯を光らせて追従する。
ラッパミュージックに警察の警告に、それは賑やかなお祭りだった。
その時、スマートフォンが震えた。
勇二だった。
「はい。もしもし」
「おっつー。そこから大学方面に走るとボーリング場があるんだけど、守人といるから、おいでよ」
「そこからって、わたしのいるとこ、わかるの?」
美凪は、キョロキョロ探したけれど、群衆のなかに勇二の顔はない。
「中央駅だろ。俺と葛城を繋いでるのは、電話だけじゃないぜ」
キザな言い回しに一瞬、鳥野郎を思い出した。
「今は無理かも。お神輿を見てる人たちだらけで、走れないよ」
「お神輿?」
「あっ、ちょっと待って」
お神輿の後ろのパトカーの中に、さっきのパトカーを見つけた。
「つり目が来た。できるだけ、たどり着けるように、頑張る」
そこで、スマートフォンを切った。
「あれっ?おい、おい。葛城?」
「どうした?」
守人の心配顔。
「お神輿とか、つり目とか言ってたけど」
ふたりは顔を見合わせて、黙ったまま、中央駅の方を見つめた。
21
美凪は、「ごめんなさい、通ります」と頭を下げながら、人混みのなかをバイクを押して、中央駅東口一番街に向かう。
アーケード商店街も、ほどほどに混んでいたけれど、押して歩くには、十分空いていた。
途中、左へ折れて、路面電車の走る道路に出る。
のろのろ動くお祭り隊はまだそこまで、来ていなかった。
跨がりエンジンをかけると、右折する。
ボーリング場までは、すぐだ。と、左の脇道の一車線から、パッシングされた気がした。
通り越してから、左ミラーで確認すると、つり目だった。
「しつこいっ!」
どうやら中央駅から、脇道を通ってきたらしい。
「はい、ナンバーの見えないそこのバイク。左に寄って止まりなさい」
相変わらず、警察は他力本願、努力しない。
そうは思いながら、今回は勝手が違う。引き離せない。
右に揺らしてフェイント。
直ぐに左バンク。
クラッチミート。
加速。
ミラーに一瞬遅れて、つり目の青白いライトが映る。
あっという間に、ミラーに大写しになる。
直ぐに、右バンク、そして、左へ。
一車線を電柱すれすれに、傾げてすり抜ける。
ミラーから消えた。
ミラーから前に視線を戻すと、つり目の横っ腹が見えた。裏道から廻ってきたのだ。つり目は急停車、バック、そして、右折。
来るっ!
美凪も急ブレーキ。
フロントホークが沈む。
直ぐに再加速。
右を見る。
リアブレーキ。
プルクラッチ。
リアタイヤロック。
右にハンドルを切る。
リアサスが伸びる。
アクセルオン。
クラッチミート。
スピン。
前傾姿勢。
荷重移動。
リアブレーキを当てながら、ハンドルを刻む。
バイクの傾きをコントロール。
シフトダウン。
180度転換終了。
ゴム片を飛ばしながら、前へっ!
「ひゅーっ!」
つり目の、スピーカーから思わぬ、歓声。
それでも、
「止まりなさいっ!」は変わらない。
22
勇二は守人のタブレットを覗き込む。
「今、どこだ?」
守人は答える。
「中山方面。地図にも載らないような、山道だ」
車一台、やっと通れるような、山道。
林道だけれど、舗装され、崖側にはガードレールも備わっている。
とはいえ、二輪に山道は恐怖だ。特に下りは、身体を起こしてしまう。
うねうねとした道を走る。どうか対向車が来ないようにと祈りながら、美凪はバイクを駆る。
パトカーも、追跡車両が、事故を起こされてはたまらないから、ある程度の距離を置く。
幅広のボディは、道幅いっぱいだったこともある。
とばせない。
一旦、上りきると、次に下りが来る。
頂上で、はるか向こうに指宿スカイラインが見えた。
どうしても体が起きる。
スピードも落ちる。
後方が気になる。
焦る。
ミラーを見る回数が増える。
その時。
思いもよらない急カーブが現れた。
右バンク。
お尻を落として、左膝でバイクを倒す。
ズルズルと、ガードレールに迫る車体。
トラクションコントロールでエンジン回転数は落ちるも、間に合わない。
一か八かだった。
身体をシートに戻すと、リアブレーキを踏み込む。
リアタイヤが滑る。
ハンドルを左に、クラッチを切る。
二輪が滑る。
慣性ドリフトになる。
シフトダウン。
クラッチミート。
アクセルを開ける。
リアタイヤがグリップを取り戻した。
それでも、そこにガードレールが迫る。
思わず左足で、蹴るっ!
三回蹴って、軌道にもどる。
膝から先が痺れる。
でも、止まれない。
警察憎し。
警察憎し。
警察憎し。
こいつらに捕まってなるもんか。
こいつらに捕まるくらいなら、
「死んだほうがましだっ」
23
内燃機関エンジンは、燃料がなくなると、動かない。
わずか17リッターで480キロ走れるとメーカーでは言うけれど、それはそれ、人による。
「どうする?」
守人が、まだ移動し続ける赤い点滅に安堵しながら、勇二に訊ねる。移動手段は勇二のバイクしかないのだから。
「俺の予想だと、ジャッドは産業道路沿いのどこか港に追い込まれて、一網打尽になるはずだ。だから、葛城には、その向こうの谷山の埠頭まで来てほしい」
「考えがあるんだな?」
守人の問いに、無言で頷く。
タブレットを、見る。
「とにかく、電話はかけ続ける。行こう、谷山に」
守人は、勇二の後ろに、跨がる。
左足が限界だった。
もう爪先が、石のようだった。
アニメや映画のようにはいかないんだと、改めて思う。なぜだか、クスリっと笑いが漏れる。
お父さんのところに行くのか。
悔しいけれど、わたしの力不足。
目の前に三叉路。
二車線の道路が横たわる。
低音のエキゾーストノイズはまだ、山の上。ライトが途切れ途切れに見える。
三叉路突き当たりに、行き先案内の看板。
右に谷山とある。美凪には、それしか見えなかった。左に傾くには、左足が荷重を嫌がった。右に、曲がる。
スマートフォンが震えている。
救いの手がさしのべられている。
ミラーを見る。
まだ、敵は山腹なかほど。
止まる。
左足に力が入らず、転倒する。
「チクショウっ、チクショウっ」
バイクを起こそうとする。215キログラムプラスアルファの車体はおいそれとは、起き上がらない。
ここまでか。そう思った。
息をついたその時、スマートフォンが震えているのに気づいた。
「葛城。谷山港までこい。俺たちがそこにいる」
勇二の声。
なぜだか涙が出る。
「うん。行く」
美凪は、右膝をバイク下に入れる。腰を、1、2、3で跳ね上げる。左足が悲鳴を上げる。エンジンは止まっている。
下り坂。
クラッチを引く。
転がしながら、ジャンプして跨がる。
なん速か、確認せずにクラッチミート。
ブスッブスッとバイクが愚図る。
「うごいてっ!」
願いは届く。
派手なバックファイヤーを鳴らして、息を吹き返すと、傷ついた女神を乗せて、鉄馬はまるで自身の意思を持つように、走り出す。
その場に、白煙とエキゾーストノーツと、絶望を置き去りにして。