17から19まで。
17
井上勇二と中島守人はふたり、鹿児島市内のボーリング場にいた。
近くに大学があるせいか、学生が多い。また、すぐそばに、全国チェーンのバイク屋もあるからか、バイク乗りのいろんなバイクが、駐車場に並んでいた。
3ゲーム終わって、3戦3勝なのは、守人。
「なぁ、勇二。ボーリングってのはさ、頭を使うゲームなんだよ」
勇二の3ゲームの足したスコアが、百にも満たなくて、守人は笑う。勇二は、ハイハイと両手をあげる。
「そのマイボール、歪んでるんじゃないの?」
勇二はマイボール、マイシューズ持参で来ていた。どちらも。緑色。
特にマイボールは、グリーンに黄色と黒のラインがうねうねと入っていて、全体がラメで光っていた。
「玉虫か。それとも都知事ファンか?」
守人に最初から最後まで、そのネタで茶化された。
「そっちじゃねぇよ。さ、終わろうぜ」
勇二が清算に行く。その間に、守人はスマホとは違う、タブレットを取り出して、見る、
勇二が、戻ってくると、タブレットを見せながら、
「葛城のやつ、今夜も走ってやがる」と言って苦笑する。
「あれ?おかしいな、今夜はあいつのお母さんのシフトは休みのはずじゃ」
勇二は首を傾げる。
タブレットには、市内の地図が表示されていて、そこに赤い点が、東から西へ移動していた。
かなり速い。
駐車場から舗道まで、バイクを押して出ると、目の前の道路の、路面電車の線路の向こうを、三台のパトカーがサイレンを鳴らしながら走っていく。
すると、遠くからも、サイレンが聞こえ出した。
「何が起こってるんだ?」
守人が呟くその後ろにいた大学生の数人が、口々に喋るのが聞こえた。
「ジャッドが、走ってるらしいぞ」
守人が勇二に振り向きざま訊ねる。
「ジャッドってなんだ?」
「地元の暴走族だよ」
「暴走族にしちゃ、ジャッドって、他に名前があるだろうに」
「郷土愛にあふれてるんだよ」
なるほどねと、守人は笑う。
「こりゃ、しばらく走らない方がいいかもな。とばっちりを食いそうだ」
そう、勇二が言ったとたん、ふたりは同時にひらめいた。
「葛城が、ヤバイっ」
18
「ラッキーちゃちゃちゃっ」
城島隼人は、フルフェイスの中で、思わず歌った。
「見つけたよ~ん、愛しの『風の女神』ちゃん」
クラッチミート。
加速するバイク。
ちょうど、西郷隆盛像の前を過ぎた辺りだった。遠くのあちこちで、サイレンが聞こえた。
それより、よく聴こえたのは、「ラクカラチャ」「パラリラパラリラ」「ゴッドファーザー」。
何が起こってるのかしら?美凪は、自分のことではないなと思いながらも、捲き込まれそうな不安を感じていた。
そんなことを考えていて、後方から近づいてくるバイクに気づくのが遅れた。
ミラーに映ったバイクは、あっという間に、横に並ぶと、ライダーがシールドを上げて、
「今晩は。麗しのきみ。僕の女神様!」と浮わついたことを言いはじめた。
よほど、地声の大きな男なのだろう。
走っているのに、ヘルメットの中に、聞こえてくる。
明らかに大人の男で、なおかつ走行中にも関わらず、ナンパに来ているのは、気持ち悪いやつだと、思う。
サイレンの音の方へ行かないように、そちらに注意をして、走行する。
それで、相手を無視していると、
「ねぇ、名前は特に聞かないよ。僕は、城島隼人。『風の女神』の風に乗って、羽ばたく翼になりたいんだ」
タンクを叩くから見れば、ウイングマーク。
美凪は、メーカーに疎いから、勝手に貼った自己アピールのステッカーだろうと思った。
羽ばたきたければ、勝手にどうぞ。この鳥野郎。
そう、心の中で、罵った。
「今度の日曜日に、鹿児島駅そばの『かんまちあ』に待ち合わせて、熊本方面のやまなみハイウェイにツーリングに行きませんか?」
この喧騒の中で、なんて悠長なことを言ってるんだろうと、さらに無視すると、
「そうだっ、デート代は全て僕もちで。誘うんだから、当然だよね。とにかく、君と走りたいんだ。走るの好きだろ?」
最後の言葉は、なぜか響いた。
警察憎しで、警察の鼻を空かしてやろうと、バカにして見下してやることで、過去の恨みの溜飲を下げていた。でも、ここ何回かは、信号も止まるし、景色も楽しむようになっていた。
昼間、休みのたびに、ツーリングする数台のバイクを見ると、そのうち井上くんを誘って、遠くに行きたいなとも、思うようになっていた。
オートバイが、無心で走ると言うことが、憎悪を洗浄してくれたのかもしれない。
その時。
「そこのバイク、左に寄って止まりなさい」
パトカーが、すぐ後ろにいた。
19
「今夜は、暴走族及び暴走車両の一斉摘発を行ってるんだ。遠くの、ラッパミュージックはきっと、ジャッドだろう。
僕が後ろのパトカーを引き付けるから、君は逃げなさい。事故には気をつけて。また、日曜日にかんまちあで会おう。アディオース、アミーゴっ!」
そう言うと、鳥野郎こと城島隼人はスルスルと後退した。
美凪がミラーで最後に見た景色は、鳥野郎がしばらくパトカーの前をフラフラしたあげくに、路肩に止まる画だった。
いつの間にか、目の前には国道3号線を横たえる交差点に来ていた。
信号は、赤。
止まる。と、右角のガソリンスタンドから、
「はい、そこのバイク。そのまま歩道で停車してください」と見慣れないパトカーが、出てきた。
今までのセダンタイプと明らかに違う。
まず、ドアが二枚しかないし、やたら車高は低いし、バンパーの開口部が大きい。
「ただ者ではないな」
美凪は、ひとり呟くと、右を見ながら、左にバンク。
「待ちなさい。止まりなさい」
いやに丁寧な言葉も、余裕を感じさせるパトカーは、丸4灯テールをわずかに沈ませ、四輪で加速する。
あっという間に、美凪のバイクに接近。
ゲッと思いながらも、左に揺らして、思いっきり右にバンク。
対向三車線を一気にまたいで、細い路地に入ると、さらに右へ。
甲突川沿いを戻ると、平田橋を渡り、そのまま鹿児島中央駅へ、駆っ飛ぶ。
巻いた、と思った瞬間。
鹿児島中央駅が見えたと思ったら、高見橋電停方向からあの、「パラリラパラリラ」が聞こえてきた。
10数台のバイクが、フラフラと走ってくる。先頭車両は、なぜだかライトが、ステイを継いでついで、高いところに着いている。
美凪はそれを見ながら、「これもツーリングかしら?」明日、井上くんに聞いてみよう、と思った。