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凪  (改訂版)  作者: 田中浩一
3/18

9から11まで。


9


着くなり、美凪は語りだした。もともと学校では、普段から口数が多いわけではない。勇二と守人以外の誰かと喋っているところを見ていないから、女友達すらいないのかもしれない。

勇二はオートバイで、守人は同じ母子家庭という境遇と、初めて勇二が紹介したときに、守人が自己紹介で言ったことに、美凪が共感して、友達になれたのかもしれない。それは、

「中島守人です。『守人』は死んだ父が、弱者を守るために尽くせという意味でつけられました」

まるで面接だなと、勇二は笑ったけれど、美凪は笑わずに頷いていた。


美凪は、目を閉じて思い出すようにゆっくりと、語りはじめた。

高崎裕也(たかさきゆうや)の話をします。

二年前、小さな町で放火殺人事件が起きました。

平屋一軒家の火災が起き、焼け跡から、三才の女子児童が、遺体で発見されました。

家には、母と娘の二人だけで暮らしていたそうです。

死因は、一酸化炭素中毒とされました。とても焼けかたが酷かったらしいのです。

でも、母親の上野あけみが、「娘は、高崎裕也に殺されたんだ」と言い始めたんです。

一転、殺人事件になりました。警察はすぐに遺体解剖をやり直しました。すると、女子児童の胃の中から、高崎裕也の髪の毛が出てきたのです。

高崎裕也は殺人を否定しました。だいたい、なぜ自分の髪の毛が、女子児童の胃に入るのかと主張しました。

すると、その上野あけみが、また、証言したのです。

『私と高崎裕也は、付き合ってました。高崎裕也には奥さんと娘さんがいました。そのことは知っていました』

でも、愛していたとも、言ったそうです。

高崎裕也とその奥さんは、証言しています。

『一年ほど前から、上野あけみにストーカーされていた』でも、警察には届けていませんでした。

女子児童の胃の中の髪の毛が、事件の焦点になると思われましたが、捜査はあっけなく進展して行きました」


10


部活の朝練の生徒たちが数名、登校して来た。体育館裏の三人には、気づかずにいた。

美凪は、話を続ける。

「高崎裕也は、重要参考人として、取り調べを受けました。面会に行くと、どんどん痩せていくのがわかりました。もともと、喘息持ちだった高崎裕也は、体調を崩すと病院に連れていかれ、点滴と薬を貰うと、また、長時間の取り調べを受けたそうです。

あとから、弁護士の方に聞いたところ、両手を机の上に載せた姿勢で、返事は『はい』か『その通りです』を強要され、さらに逆らうと、『たたき割り』と呼ばれる高圧的な態度と怒声、罵声を浴びたそうです。

でも、証拠はありません。取調室には、カメラも音声録音もないからです。

警察は、そんな取り調べかたはしていないと、全て否定しました。

そして、高崎裕也は、自白したのです。

やってもいないことを、言わされたのです」

美凪は、泣いていた。

そこまでくると、守人にも、鈍感な勇二にもわかってきた。

「葛城のこっちに引っ越してくる前の、名字って・・・」勇二が、涙を浮かべて、尋ねる。

うつ向く美凪の代わりに、守人が答えた。

「高崎美凪。高崎裕也さんは、君のお父さんだね」

堰を切ったように、泣き出す美凪。

ハンカチを差し出す勇二。そして、ソッと肩を抱く。

「・・・お父さんは、警察病院で、死にました。最後まで無実を訴えてっ」

嗚咽が止まらなくなり、しゃくりあげるようになると、

「休憩しよう。僕たち、今日は、休もう、学校」

そう言ったのは、守人だった。


11


「噂ですけど」

ファミレスに入って、おかわり自由のホットコーヒーを飲むと、落ち着いたのか、美凪が続きを語りだした。

「当時の警察の役職の上の人って言うのかな?その人が、上野あけみと恋仲だったって、聞いたわ」

「つまり、その警察幹部らしき人が、お父さんを犯人に仕立て上げたんだな」

守人は、下唇を噛んだ。

「僕が、必ずこの不正を晴らす。必ず、必ず」

拳を握る、力が入る。

「その前に、弁護士にならなきゃな」

勇二が茶化す。

「なるさ。そして・・・」

守人は言い淀み、心なしか頬が赤らむ。

勇二は、それと知って、話を変える。

「その警察官てなんて名前なの?」

河野仁(こうのひとし)とかなんとか」

うろ覚えでごめんねと、美凪は両手を合わせる。

「その河野って人は、今は鹿児島にはいないの」

「きっと、県警内部でもヤバイと感じて、飛ばしたんだな」

守人は言う。

「今は・・・」

美凪。

「今は?」

守人。

「東京に」

「まじでっ?」

「まじでっ」

「遠いな」

勇二は、天井を見上げた。

「ところでさ」

勇二。

二人が、同時に見やる。

「昨日のラブホテルの件なんだけど」

守人は、今かよっと、眉をしかめ、美凪は目を右往左往させていた。




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