9から11まで。
9
着くなり、美凪は語りだした。もともと学校では、普段から口数が多いわけではない。勇二と守人以外の誰かと喋っているところを見ていないから、女友達すらいないのかもしれない。
勇二はオートバイで、守人は同じ母子家庭という境遇と、初めて勇二が紹介したときに、守人が自己紹介で言ったことに、美凪が共感して、友達になれたのかもしれない。それは、
「中島守人です。『守人』は死んだ父が、弱者を守るために尽くせという意味でつけられました」
まるで面接だなと、勇二は笑ったけれど、美凪は笑わずに頷いていた。
美凪は、目を閉じて思い出すようにゆっくりと、語りはじめた。
「高崎裕也の話をします。
二年前、小さな町で放火殺人事件が起きました。
平屋一軒家の火災が起き、焼け跡から、三才の女子児童が、遺体で発見されました。
家には、母と娘の二人だけで暮らしていたそうです。
死因は、一酸化炭素中毒とされました。とても焼けかたが酷かったらしいのです。
でも、母親の上野あけみが、「娘は、高崎裕也に殺されたんだ」と言い始めたんです。
一転、殺人事件になりました。警察はすぐに遺体解剖をやり直しました。すると、女子児童の胃の中から、高崎裕也の髪の毛が出てきたのです。
高崎裕也は殺人を否定しました。だいたい、なぜ自分の髪の毛が、女子児童の胃に入るのかと主張しました。
すると、その上野あけみが、また、証言したのです。
『私と高崎裕也は、付き合ってました。高崎裕也には奥さんと娘さんがいました。そのことは知っていました』
でも、愛していたとも、言ったそうです。
高崎裕也とその奥さんは、証言しています。
『一年ほど前から、上野あけみにストーカーされていた』でも、警察には届けていませんでした。
女子児童の胃の中の髪の毛が、事件の焦点になると思われましたが、捜査はあっけなく進展して行きました」
10
部活の朝練の生徒たちが数名、登校して来た。体育館裏の三人には、気づかずにいた。
美凪は、話を続ける。
「高崎裕也は、重要参考人として、取り調べを受けました。面会に行くと、どんどん痩せていくのがわかりました。もともと、喘息持ちだった高崎裕也は、体調を崩すと病院に連れていかれ、点滴と薬を貰うと、また、長時間の取り調べを受けたそうです。
あとから、弁護士の方に聞いたところ、両手を机の上に載せた姿勢で、返事は『はい』か『その通りです』を強要され、さらに逆らうと、『たたき割り』と呼ばれる高圧的な態度と怒声、罵声を浴びたそうです。
でも、証拠はありません。取調室には、カメラも音声録音もないからです。
警察は、そんな取り調べかたはしていないと、全て否定しました。
そして、高崎裕也は、自白したのです。
やってもいないことを、言わされたのです」
美凪は、泣いていた。
そこまでくると、守人にも、鈍感な勇二にもわかってきた。
「葛城のこっちに引っ越してくる前の、名字って・・・」勇二が、涙を浮かべて、尋ねる。
うつ向く美凪の代わりに、守人が答えた。
「高崎美凪。高崎裕也さんは、君のお父さんだね」
堰を切ったように、泣き出す美凪。
ハンカチを差し出す勇二。そして、ソッと肩を抱く。
「・・・お父さんは、警察病院で、死にました。最後まで無実を訴えてっ」
嗚咽が止まらなくなり、しゃくりあげるようになると、
「休憩しよう。僕たち、今日は、休もう、学校」
そう言ったのは、守人だった。
11
「噂ですけど」
ファミレスに入って、おかわり自由のホットコーヒーを飲むと、落ち着いたのか、美凪が続きを語りだした。
「当時の警察の役職の上の人って言うのかな?その人が、上野あけみと恋仲だったって、聞いたわ」
「つまり、その警察幹部らしき人が、お父さんを犯人に仕立て上げたんだな」
守人は、下唇を噛んだ。
「僕が、必ずこの不正を晴らす。必ず、必ず」
拳を握る、力が入る。
「その前に、弁護士にならなきゃな」
勇二が茶化す。
「なるさ。そして・・・」
守人は言い淀み、心なしか頬が赤らむ。
勇二は、それと知って、話を変える。
「その警察官てなんて名前なの?」
「河野仁とかなんとか」
うろ覚えでごめんねと、美凪は両手を合わせる。
「その河野って人は、今は鹿児島にはいないの」
「きっと、県警内部でもヤバイと感じて、飛ばしたんだな」
守人は言う。
「今は・・・」
美凪。
「今は?」
守人。
「東京に」
「まじでっ?」
「まじでっ」
「遠いな」
勇二は、天井を見上げた。
「ところでさ」
勇二。
二人が、同時に見やる。
「昨日のラブホテルの件なんだけど」
守人は、今かよっと、眉をしかめ、美凪は目を右往左往させていた。




