5から8まで
5
月曜日の学校は憂鬱で、決まって美凪はギリギリ教室に滑り込む。
「オッス!」「おはよう」
勇二と守人の挨拶を、前髪を直しながら、
「はいはい」と返答する。
午後の授業。
お弁当で腹を満たした美凪は、襲い来る睡魔と戦い、やがて敗れた。
隣の勇二は可愛いなとニヤニヤ見ていて、離れた席の守人は、起こせよと、勇二にあごをしゃくる。
クラス中のみんながまどろんだ、その時。
「お父さんっ!」
美凪が悲鳴に近い声で叫びながら、立ち上がった。
「おいおい、葛城ぃ。怖い夢でも見たのかぁ?」
男性教諭の冷やかしに、みんなは笑ったけれど、勇二と守人は笑わなかった。
また、あの夢か。
勇二とタンデムした日。
「これいいね。スカッとする。あたしもオートバイ乗る」
紅潮した顔で、美凪は勇二に言ったものだ。
それで、勇二は免許取得の段取りから、今自分の乗るバイクは作ってないけど、最近これに似たバイクが発売されたことなどを、説明した。
お揃いにしたいのだろうか?
「いくらするの?」
美凪に訊かれて、
「メーカー希望小売価格は、120、30万円かな?プラス消費税とか」と天を仰いで、ため息をつく。
「高校生にゃ、大金だ」
勇二の言葉に、美凪は薄ら笑いで、答えた。
「あたしに考えがあるの」
結局、妙案は教えてもらえなかったけれど、それはあとになって、守人から聞かされることになる。
6
高校1年の初夏。
守人は、鹿児島空港に母と伯母と、弁護士の伯父を見送りに来ていた。
名うての弁護士の伯父は、月に1度は必ず、東京に行く。携わる事件によっては、何週間も帰らないことがある。
そんな時、残された伯母とまだ小さな男の子はよく、守人の住む公団住宅に泊まりに来る。
守人は伯父のことを尊敬しているし、伯父も、守人に弁護士になることを奨めていた。
それは、名前からもわかる。
弱者を守る、「守人」。伯父の兄、亡くなった正義感の強い警察官の、守人の父が名付けてくれた。
だからだろう。今の美凪のことを快くは思っていない。それでも、黙っているのは、好きだからだし、自分でなんとか更正させようと、思っているからだ。
それにしても、なぜあれほど美凪は、警察を憎悪するのだろう?
伯母の運転する軽自動車での、帰り道。
「国分のイオンのトンカツ屋で、お昼食べてかない?」
そう言う伯母の提案に、日曜日の残された中途半端な時間を潰すにはそれもいいかと、話は決まった。
鹿児島空港を出ると、片側二車線の道を、真っ直ぐ進む。高速道路をくぐり、ラブホテルの点在する地域をすり抜ける。坂道を下ると隼人町日当山にでて、そこから国分市はすぐだ。
坂道を下る前、左に雑木林のなかのラブホテルを見ていた守人は、突然叫んだ。
「伯母さん、と、止めてっ!」
それほど速度の出ていなかった車は、10メートルも行かずに、停車。
何台か後続の車をやり過ごしたあと、守人は車外に出る。
「なになに?」
いぶかる家族を尻目に、守人が見つけたのは、美凪だった。
7
バス停に向かって走っていた美凪は、突然聞き慣れた声に呼び止められて、息を呑んだ。
振り返り様、ボディバックを無意識に背中に回す。
「あっ、あぁ、中島君。偶然ね、どうしたの?」
どうしたのとは、こちらの台詞で、今こうしてる間にも、遠くへ行かねばと、美凪の足元はあさってを向いている。
「帰るんだろ?車、乗ってけばいいよ。送るよ」
守人は自分でも、乾いた冷たい声音で喋りかけているとわかっていながら、でも、この状況がただならぬものだと、冷静に分析していた。
バイクが欲しいんだとよ。と、勇二から聞いていた。
そして、自分と同じ、母子家庭だとも、知っている。
ラブホテル。
焦る女子高生。
後ろ手に隠すような、バッグ。
このまま、この場に居続けようかと、意地悪なことも一瞬、ほんの一瞬考えたけれど、そこは惚れた弱味。すぐに車に乗せ、家族に適当に事情を説明して、走り出した。
周りに気づかれないように、後部座席から、ドアミラーを見る。
キョロキョロ道路に走り出す、中年男性が、映っていた。
ネットの出逢い系で誘いを掛けて、ホテルに入るも、言葉巧みに相手を風呂に行かせて、その間に財布から金を抜きとるという、寸法だ。
武士の情けか、ホテル代は残しておく。
全部、守人の推理に過ぎない。それを自分自身、信じたくもない。
だから、そのことは黙って、イオンのトンカツ屋でトンカツを食べて、家まで送るまで、笑顔でいた。
目は笑っていなかったかもなと、別れてから思い返す、守人。
次の日、憂鬱な月曜日。勇二と守人にメールがあった。
「朝イチ、話したいことがあるので、六時半、体育館の裏に集合。美凪」
8
憂鬱な月曜日に、更に輪を掛けて美凪の問題を抱えて、ひとりで学校には行けないなと、正門の手前で勇二を待っていた。
「オッスっ、なにしてんの?もしかして俺を待っててくれたの?」
勇二は来るなり、冗談を言って、ひとりで笑っている。でも、守人の真剣な顔を見て、何ごとかあったんだなと、気づいて、
「葛城に何かあったのか?」
訊かれて守人は、昨日のラブホテルのこと、それについての自分の考えを話して聞かせた。
「守人の考えだと、葛城は、エッチしてないんだな?」
そこかよ、と思いながらも、守人もそうであってほしいと願っていた。
「だと思う。僕たちに会うときの感じから、そう思うだけだけど」
「だよな。ヤリマンて感じは、全然しないね」
男とは、特に若い男は、大好きな到底手の届かないアイドルでも、スキャンダルや男と密会していたなんて、報道を見ると、「汚れてしまった」と勝手に思う生き物である。
ふたりは、緊張感をみなぎらせて、体育館裏に向かう。
いない。
「そういや、葛城が俺たちより先に学校に居たためしはないよな」
勇二の言葉が終わらぬうちに、美凪がやって来た。
つづく