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凪  (改訂版)  作者: 田中浩一
2/18

5から8まで


5


月曜日の学校は憂鬱で、決まって美凪はギリギリ教室に滑り込む。

「オッス!」「おはよう」

勇二と守人の挨拶を、前髪を直しながら、

「はいはい」と返答する。

午後の授業。

お弁当で腹を満たした美凪は、襲い来る睡魔と戦い、やがて敗れた。

隣の勇二は可愛いなとニヤニヤ見ていて、離れた席の守人は、起こせよと、勇二にあごをしゃくる。

クラス中のみんながまどろんだ、その時。

「お父さんっ!」

美凪が悲鳴に近い声で叫びながら、立ち上がった。

「おいおい、葛城ぃ。怖い夢でも見たのかぁ?」

男性教諭の冷やかしに、みんなは笑ったけれど、勇二と守人は笑わなかった。

また、あの夢か。


勇二とタンデムした日。

「これいいね。スカッとする。あたしもオートバイ乗る」

紅潮した顔で、美凪は勇二に言ったものだ。

それで、勇二は免許取得の段取りから、今自分の乗るバイクは作ってないけど、最近これに似たバイクが発売されたことなどを、説明した。

  お揃いにしたいのだろうか?   

「いくらするの?」

美凪に訊かれて、

「メーカー希望小売価格は、120、30万円かな?プラス消費税とか」と天を仰いで、ため息をつく。

「高校生にゃ、大金だ」

勇二の言葉に、美凪は薄ら笑いで、答えた。

「あたしに考えがあるの」

結局、妙案は教えてもらえなかったけれど、それはあとになって、守人から聞かされることになる。


6


高校1年の初夏。

守人は、鹿児島空港に母と伯母と、弁護士の伯父を見送りに来ていた。

名うての弁護士の伯父は、月に1度は必ず、東京に行く。携わる事件によっては、何週間も帰らないことがある。

そんな時、残された伯母とまだ小さな男の子はよく、守人の住む公団住宅に泊まりに来る。

守人は伯父のことを尊敬しているし、伯父も、守人に弁護士になることを奨めていた。

それは、名前からもわかる。

弱者を守る、「守人」。伯父の兄、亡くなった正義感の強い警察官の、守人の父が名付けてくれた。

だからだろう。今の美凪のことを快くは思っていない。それでも、黙っているのは、好きだからだし、自分でなんとか更正させようと、思っているからだ。

それにしても、なぜあれほど美凪は、警察を憎悪するのだろう?

伯母の運転する軽自動車での、帰り道。

「国分のイオンのトンカツ屋で、お昼食べてかない?」

そう言う伯母の提案に、日曜日の残された中途半端な時間を潰すにはそれもいいかと、話は決まった。

鹿児島空港を出ると、片側二車線の道を、真っ直ぐ進む。高速道路をくぐり、ラブホテルの点在する地域をすり抜ける。坂道を下ると隼人町日当山(はやとちょうひなたやま)にでて、そこから国分市はすぐだ。

坂道を下る前、左に雑木林のなかのラブホテルを見ていた守人は、突然叫んだ。

「伯母さん、と、止めてっ!」

それほど速度の出ていなかった車は、10メートルも行かずに、停車。

何台か後続の車をやり過ごしたあと、守人は車外に出る。

「なになに?」

いぶかる家族を尻目に、守人が見つけたのは、美凪だった。


7


バス停に向かって走っていた美凪は、突然聞き慣れた声に呼び止められて、息を呑んだ。

振り返り様、ボディバックを無意識に背中に回す。

「あっ、あぁ、中島君。偶然ね、どうしたの?」

どうしたのとは、こちらの台詞で、今こうしてる間にも、遠くへ行かねばと、美凪の足元はあさってを向いている。

「帰るんだろ?車、乗ってけばいいよ。送るよ」

守人は自分でも、乾いた冷たい声音で喋りかけているとわかっていながら、でも、この状況がただならぬものだと、冷静に分析していた。

バイクが欲しいんだとよ。と、勇二から聞いていた。

そして、自分と同じ、母子家庭だとも、知っている。

ラブホテル。

焦る女子高生。

後ろ手に隠すような、バッグ。

このまま、この場に居続けようかと、意地悪なことも一瞬、ほんの一瞬考えたけれど、そこは惚れた弱味。すぐに車に乗せ、家族に適当に事情を説明して、走り出した。

周りに気づかれないように、後部座席から、ドアミラーを見る。

キョロキョロ道路に走り出す、中年男性が、映っていた。


ネットの出逢い系で誘いを掛けて、ホテルに入るも、言葉巧みに相手を風呂に行かせて、その間に財布から金を抜きとるという、寸法だ。

武士の情けか、ホテル代は残しておく。

全部、守人の推理に過ぎない。それを自分自身、信じたくもない。

だから、そのことは黙って、イオンのトンカツ屋でトンカツを食べて、家まで送るまで、笑顔でいた。

目は笑っていなかったかもなと、別れてから思い返す、守人。

次の日、憂鬱な月曜日。勇二と守人にメールがあった。

「朝イチ、話したいことがあるので、六時半、体育館の裏に集合。美凪」


8


憂鬱な月曜日に、更に輪を掛けて美凪の問題を抱えて、ひとりで学校には行けないなと、正門の手前で勇二を待っていた。

「オッスっ、なにしてんの?もしかして俺を待っててくれたの?」

勇二は来るなり、冗談を言って、ひとりで笑っている。でも、守人の真剣な顔を見て、何ごとかあったんだなと、気づいて、

「葛城に何かあったのか?」

訊かれて守人は、昨日のラブホテルのこと、それについての自分の考えを話して聞かせた。

「守人の考えだと、葛城は、エッチしてないんだな?」

そこかよ、と思いながらも、守人もそうであってほしいと願っていた。

「だと思う。僕たちに会うときの感じから、そう思うだけだけど」

「だよな。ヤリマンて感じは、全然しないね」

男とは、特に若い男は、大好きな到底手の届かないアイドルでも、スキャンダルや男と密会していたなんて、報道を見ると、「汚れてしまった」と勝手に思う生き物である。

ふたりは、緊張感をみなぎらせて、体育館裏に向かう。

いない。

「そういや、葛城が俺たちより先に学校に居たためしはないよな」

勇二の言葉が終わらぬうちに、美凪がやって来た。


つづく

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