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凪  (改訂版)  作者: 田中浩一
15/18

54から56まで。


54


国道220号線を走る。

やがて右に、道の駅たるみずと左に赤い小さなカフェが見えてきた。

いつか勇二と行ってみたいねと言っていた、バイカーたちが集まる、カフェ。

 信号機のほとんどない道を、二台は地上を滑空する。

時速は100キロをはるかに超えていた。

見るものすべてが後ろへとすっ飛んでいく。

牛根大橋を渡る。その先にうっすら白煙を上げる桜島が、疾駆するバイクを見下ろしている。

三叉路が迫る。

上野あけみは、フルブレーキング。左へバンク。

追走する美凪にも、そのリアタイヤが滑っているのが見える。

桜島の灰で滑るのだ。美凪はアクセルを戻す。

プルクラッチ。

シフトダウン。

クラッチミート。

加速。

一瞬、リアタイヤが滑る。

暴れる。

トラクションコントロールが収める。

前を見ると、離されている。

通称、佐多街道、国道220号線を南下する。

小さなコーナー。

最短をトレースする。

それでも縮まらない、距離。

なにかが違う。

プロとアマチュアの差。

ほんの些細なことも見逃すな。

守人の伯父さんが守人に語っていた言葉。

古江バイパスに入る。ここも、ほとんど信号がない。上野あけみはさらに加速する。

頑張れっ、わたしたちのバイク。

美凪は心で叫ぶ。

わたしと勇ニと、中島くんのバイク。

旧道とぶつかる。

左バンク。

右手に鹿屋体育大学。

追う美凪も赤信号を突っ切る。

クラクションを浴びながら、左手を上げる。

あの日、勇二がしたように、ピースサインを。

鹿屋バイパスを、前走車を縫って走る。

右。

スラローム。

左。

カウンター。

ブレーキ音。

クラクション。

たちまち、道路は渋滞を引き起こす。

串良(くしら)を抜けたのか、今はどこだろう?

巨大な銀色のかぶと虫二匹が見える。

菱田川、安楽川を渡る。

志布志市志布志町志布志の看板が目に入る。

ゆっくりしたツーリングなら、楽しめたろうにと、美凪は思う。

これが片付いたら、勇二とツーリングを。それには、勇二の意識が戻り、元気になってくれなければ。

ふたたび、祈る。

「神様、勇二を助けてください」


55



志布志市の、町の中。

正面からパトカーの集団が迫る。

見上げれば、警察航空隊のヘリコプターが、見つけたとばかりに、旋回している。

大変なことになってるな。

美凪はそれでも、「なんとかなるわよ」と舌をだす。

突然、上野あけみが左バンク。

パトカーも、追おうとするけれど、その鼻っ先を、美凪がバイクごと畳み込むように、左バンク。

県道63号線を、峠道を、登り始める。

登りきると、平坦な道になる。二車線のまわりは田畑が広がる。時おり、思い出しように、人家や個人商店、聞いたことのある企業の工場。そしてまた、田畑が広がる。

パトカーも、サイレンと警告の交響曲を辺り一面、響かせながら追ってくる。

下りに入る。と、思えばまた、上り。

アップダウンが激しくなる。

道を被うような樹木。道にばらまかれた、枯れ葉。


上野あけみは、焦りを感じていた。

コースを走るのとは訳が違うとは、鼻っからわかっていたけれど、バイクは重く、道はスリッピーだ。

電子制御の化け物と化した、今のオートバイだから、足りない腕をカバーしてくれている。

ミラーを見る。

真後ろについている。

「スリップストリームっ!?」

上野あけみは少し驚いたけれど、ならば、バックストリームで、自分も速度が上がっているはずだと、笑う。 ただ、それは、上野あけみの思い過ごしで、サーキットならいざ知らず、公道ではそれほどではない。


見よう見まねで、くっついてみた。

ブレーキングされたら怖いなと思いながらも、なんだか楽に走れているように感じる。

逆に、テールにぶつけそうになる。

観察していた。

上野あけみは、コーナー侵入ギリギリまで、ブレーキをかけない。それはテールランプが点らないことからも明らかだ。

そうか、ブレーキを遅らせるのか。

美凪が導きだした、答え。

それから、離されなくなった。


陸上自衛隊福山演習場が、見えてきた。

三差路を左へ。

ここから、長い長い下り坂になる。

バイカーたちには、心臓やぶりの下り坂だ。


56



霧島市国分福山の牧ノ原地区を頂上に、国分敷根地区までのおよそ8キロの坂道。

亀割バイパス。

下り坂側には、「エンジンブレーキ」の大きな黄色い看板が建てられ、道路左側には、大量の砂を盛られた、「緊急避難所」が造られている。

長い下り坂で、ブレーキがベーパーロック・フェード現象を起こして利かなくなった、主に大型トラックなどが突っ込んで止まるところだが、ペンペン草が生えている。

現代の車には、必要なくなっているのかもしれない。


警察航空隊のヘリコプターから、随時連絡が入る。

パトカーが一斉に聴いているだろう情報が、城島隼人と中島守人にも伝わる。

「まるで二台のバイクは、レールの上を走っているようです。あんなに高速でテール・トゥー・ノーズできるものなのか?」最後は疑問符で終わっていた。

位置情報の他、国分敷根では道路封鎖が完了したとも、伝えられた。

「いよいよ、フィナーレだな」

城島隼人は、うそぶく。



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