54から56まで。
54
国道220号線を走る。
やがて右に、道の駅たるみずと左に赤い小さなカフェが見えてきた。
いつか勇二と行ってみたいねと言っていた、バイカーたちが集まる、カフェ。
信号機のほとんどない道を、二台は地上を滑空する。
時速は100キロをはるかに超えていた。
見るものすべてが後ろへとすっ飛んでいく。
牛根大橋を渡る。その先にうっすら白煙を上げる桜島が、疾駆するバイクを見下ろしている。
三叉路が迫る。
上野あけみは、フルブレーキング。左へバンク。
追走する美凪にも、そのリアタイヤが滑っているのが見える。
桜島の灰で滑るのだ。美凪はアクセルを戻す。
プルクラッチ。
シフトダウン。
クラッチミート。
加速。
一瞬、リアタイヤが滑る。
暴れる。
トラクションコントロールが収める。
前を見ると、離されている。
通称、佐多街道、国道220号線を南下する。
小さなコーナー。
最短をトレースする。
それでも縮まらない、距離。
なにかが違う。
プロとアマチュアの差。
ほんの些細なことも見逃すな。
守人の伯父さんが守人に語っていた言葉。
古江バイパスに入る。ここも、ほとんど信号がない。上野あけみはさらに加速する。
頑張れっ、わたしたちのバイク。
美凪は心で叫ぶ。
わたしと勇ニと、中島くんのバイク。
旧道とぶつかる。
左バンク。
右手に鹿屋体育大学。
追う美凪も赤信号を突っ切る。
クラクションを浴びながら、左手を上げる。
あの日、勇二がしたように、ピースサインを。
鹿屋バイパスを、前走車を縫って走る。
右。
スラローム。
左。
カウンター。
ブレーキ音。
クラクション。
たちまち、道路は渋滞を引き起こす。
串良を抜けたのか、今はどこだろう?
巨大な銀色のかぶと虫二匹が見える。
菱田川、安楽川を渡る。
志布志市志布志町志布志の看板が目に入る。
ゆっくりしたツーリングなら、楽しめたろうにと、美凪は思う。
これが片付いたら、勇二とツーリングを。それには、勇二の意識が戻り、元気になってくれなければ。
ふたたび、祈る。
「神様、勇二を助けてください」
55
志布志市の、町の中。
正面からパトカーの集団が迫る。
見上げれば、警察航空隊のヘリコプターが、見つけたとばかりに、旋回している。
大変なことになってるな。
美凪はそれでも、「なんとかなるわよ」と舌をだす。
突然、上野あけみが左バンク。
パトカーも、追おうとするけれど、その鼻っ先を、美凪がバイクごと畳み込むように、左バンク。
県道63号線を、峠道を、登り始める。
登りきると、平坦な道になる。二車線のまわりは田畑が広がる。時おり、思い出しように、人家や個人商店、聞いたことのある企業の工場。そしてまた、田畑が広がる。
パトカーも、サイレンと警告の交響曲を辺り一面、響かせながら追ってくる。
下りに入る。と、思えばまた、上り。
アップダウンが激しくなる。
道を被うような樹木。道にばらまかれた、枯れ葉。
上野あけみは、焦りを感じていた。
コースを走るのとは訳が違うとは、鼻っからわかっていたけれど、バイクは重く、道はスリッピーだ。
電子制御の化け物と化した、今のオートバイだから、足りない腕をカバーしてくれている。
ミラーを見る。
真後ろについている。
「スリップストリームっ!?」
上野あけみは少し驚いたけれど、ならば、バックストリームで、自分も速度が上がっているはずだと、笑う。 ただ、それは、上野あけみの思い過ごしで、サーキットならいざ知らず、公道ではそれほどではない。
見よう見まねで、くっついてみた。
ブレーキングされたら怖いなと思いながらも、なんだか楽に走れているように感じる。
逆に、テールにぶつけそうになる。
観察していた。
上野あけみは、コーナー侵入ギリギリまで、ブレーキをかけない。それはテールランプが点らないことからも明らかだ。
そうか、ブレーキを遅らせるのか。
美凪が導きだした、答え。
それから、離されなくなった。
陸上自衛隊福山演習場が、見えてきた。
三差路を左へ。
ここから、長い長い下り坂になる。
バイカーたちには、心臓やぶりの下り坂だ。
56
霧島市国分福山の牧ノ原地区を頂上に、国分敷根地区までのおよそ8キロの坂道。
亀割バイパス。
下り坂側には、「エンジンブレーキ」の大きな黄色い看板が建てられ、道路左側には、大量の砂を盛られた、「緊急避難所」が造られている。
長い下り坂で、ブレーキがベーパーロック・フェード現象を起こして利かなくなった、主に大型トラックなどが突っ込んで止まるところだが、ペンペン草が生えている。
現代の車には、必要なくなっているのかもしれない。
警察航空隊のヘリコプターから、随時連絡が入る。
パトカーが一斉に聴いているだろう情報が、城島隼人と中島守人にも伝わる。
「まるで二台のバイクは、レールの上を走っているようです。あんなに高速でテール・トゥー・ノーズできるものなのか?」最後は疑問符で終わっていた。
位置情報の他、国分敷根では道路封鎖が完了したとも、伝えられた。
「いよいよ、フィナーレだな」
城島隼人は、うそぶく。




