書籍刊行御礼番外編 ある夜の話
少し遅刻したのですが、書籍刊行まで無事漕ぎつけられましたので、宣伝と応援してくださった読者様への御礼を兼ねて番外編を書きました。
本編終了後のお話です。
一日の公務を終え、エステルが待つ寝室で過ごす時間は、最近のアークレインにとって一番安らげる時間である。
サーシェスはアークレインへの王位継承を五年以内に行う方向で考えているらしく、今はその引き継ぎを少しずつ受けている状態だ。
加えてサーシェスと手分けして、これまでトルテリーゼが担ってきた公務のほぼ半分を引き受ける事になった為、アークレインは現在多忙を極めていた。
今後少しずつエステルの公務も増やしていく予定ではあるが、今はまだその時期ではない。
ただでさえ王太子妃の肩書きに萎縮している状態なのだ。まずは少しずつ内向きの業務から覚えてもらい、無理のない範囲で王室の仕事を負担してもらうつもりだった。
エステルはまだ妃教育が終わっていない。だからまずは補佐官を置いた上で、王室が後援する慈善事業の総裁を任せる事にした。
何も任せなければ彼女の自尊心を傷付けてしまうだろうし、任せすぎると重圧で潰れてしまうだろうから、その辺りの匙加減が難しい。
王太子妃の一番の仕事はアークレインの伴侶として隣に立つ事で、それは十分に出来ているのだと理解してくれていればいいのだが、ちゃんと伝わっているだろうか。
そんなことを考えながら共通の寝室に足を踏み入れると、ソファに座りうたた寝をしているエステルの姿が視界に入ってきた。
今日はいつもより寝室に入るのが遅くなったから、待ちくたびれて眠ってしまったのだろう。ノックに応答がなかった時点で予想はしていたが、無防備な寝顔に思わず笑みが零れた。
もし結婚するのなら、伴侶は情勢を見た上で最適な相手を選択するつもりだった。
相手に求めるのは、王太子妃としての事務的な能力だけで、心は自分には必要ないと思っていた。なのに。
眠る彼女が愛おしくてたまらない。そしてそんな彼女が同じだけの感情を返してくれるのが嬉しい。
唯一の人と気持ちが通じるというのはまるで奇跡みたいだ。また、こんなにも自分が満たされる日が来るとは思わなかった。
想いの強さで言えば自分の方がより強いと断言できる。自分には彼女しかいない。
父も、弟も、和解はしたけれどどこか距離がある。
クラウスと周囲の側近は主従関係にあるから、そもそも同等の立ち位置にいない。
でもエステルは違う。彼女には兄が、そして叔父夫婦という保護者がいる。
絶対的な味方たる親族を持つ彼女に対して、時々昏い感情が頭の中をよぎる。
エステルだけでなく、彼女を取り巻く全方向に対して妬ましく感じてしまうのだから自分は醜い。
これは自分のものだ。自分だけの。だから自分だけを見て欲しい。そんな女々しく浅ましい感情が溢れて暴走しそうになる。
アークレインは指先を伸ばすと、彼女の顔を隠す栗色の髪をそっと避けた。
滑らかでほのかに色付く頬に唇を寄せると甘い香りがした。
本当はもっと触れたい。だけど、起こしてしまいそうだから我慢しなくては。
理性を総動員し、頬への口付けだけにとどめる。
さすがにこのままソファに放っておいたら風邪を引かせてしまう。
アークレインは眠り姫を起こさないよう慎重に抱き上げると、ベッドへと移動した。
「ん……」
固く閉ざされていた瞼が持ち上がったのは、ベッドの上にエステルを横たえた時だった。
ぼんやりとした赤紫の双眸がアークレインを捉える。
かと思うと大きく見開かれた。
「え……やだ、私、眠ってましたか!?」
「起きなくていい。起こしてしまってごめん」
身を起こそうとしたエステルを制し、こめかみに唇を落としてから隣に滑り込んだ。そして寝具をかけて抱き寄せると、エステルは首を傾げた。
「今日は何もなさらないんですか?」
「日々の公務と講義で疲れてるだろうから今日はいい。眠ろう」
アークレインの提案にエステルはどこか寂しそうな表情をした。
「したいの? エステルから誘ってくれるなんて嬉しいな」
「……っ! それは、あの、今日は出来やすい日なので……」
からかい混じりに囁くと、エステルは頬を染めた。
「子供を……後継者を産むのが私の役目ですから。だから……」
「子供が欲しいだけ? 作りやすい日だからと強請られるのは、種馬扱いされているみたいで不快だな」
「違います! そういう意味ではありません。もう、わざと意地悪な事を仰らないでください。怒りますよ」
むっとした表情で言い返されて、アークレインはクスクスと笑った。
アークレインの言葉が本心ではない事は、異能を持つエステルにはお見通しのはずだ。不快と口にしながらも、心はこんなに浮き立っている。
予想通りの反応を返してくれるから、ついからかいたくなるのは、出会った時から変わらない。
今思い返せば、あの時から彼女に惹かれ始めていたのかも――。
アークレインはエステルに触れるために体を起こそうとした。しかし、その動きは彼女自身の手で制される。
眉をひそめたアークレインにエステルが顔を近付けてきた。
唇が重なる。
アークレインは目を見張った。エステルからの口付けは初めてだ。
「少し恥ずかしいですね」
頬を染めながら微笑む彼女は暴力的に愛らしく、アークレインは敗北感を覚え苦笑いした。
書籍版とWeb版は展開やエピソードの並び順が変わっていたり、新キャラが出ていたりします。
(アークレインに仕える護衛官以外のおじさま職員を追加したかった…!)
今後は展開を変更した影響で、内容がWeb版からは変わっていくと思います。
Web版を既読の方にも楽しんでいただけるように担当さんと一緒に頑張りますので、何卒よろしくお願いいたします。
そしてWebtoon!
現在企画進行中です。何かお知らせできる情報が出てまいりましたら告知させていただきますので、こちらもよろしくお願いします。




