龍卵の章 1
【作者コメント】
全面的に書き直します。
この前の文章は忘れてください。
少年は、蒼穹を見上げる。
冬枯れした草原のような黄金の髪と、高い空を映したような青い瞳を持つものなど、同じ部族にはいない。いや、たとえこのカルバート大陸の全土を見回したところで、人の身でそのような色と目を持つなど、聞いたことがない。
ヴァルは牧童である。十歳になるまでアギール族の中で野辺の魔術師である叔母と暮らしていたが、叔母が旅に出てしまうと、族長の牧童として正式に雇われて族長の全ての羊のうち、十六分の一を任された。
その後二年、年長の族長の七番目の息子と二人で遊牧したが、彼が戦士として騎馬軍に加わって後は、一人で遊牧の旅に出なければならなかった。そしてさらに二年が過ぎた。
アギール族は誰一人、少年のその容姿を差別する者などいなかった。
ただ一つ、噂があった。
少年の母は、青き龍たる戦神タルラに愛を受けたのだと。
東の方を見回した。
アーレンディラ姫が、退屈してそちらのほうに野いちごを摘みに行ってしまった。早く帰ってくればいいと思いながら、野営に備えて、焚きつけの小枝を集める。煙を上げれば、目印になるので、姫も迷わずにすむだろう。
そうしていると、アギール族の旗印を掲げた馬が数頭駆けてきた。
ファイサド将軍と、その一隊である。
将軍の前に、少女が抱えられて座っている。
「おてんば娘さんを拾ってきたぞ」
ヴァルはその少女に手を貸して下ろす。
ラーフェドラス王国第八王女アーレンディラ姫が、王弟シャードール公とともにこの草原に来たのは、二年ほど前になる。ヴァルよりさらに一つ年上の姫は、本来なら政略結婚の渦中にいるだろうに、女らしい仕事も何一つ覚えず、こうしてヴァルの遊牧の旅につきあっている。
王弟シャードール公は、現国王のすぐ下の弟である。
謀反の噂が流れ、罪を問われる前に東方の草原地帯に逃れて来た。その時に、妾妃の母を失ったアーレンディラ姫もともに連れてきてしまったのは、庇護すべき傘を持たない王女の行く末も、自分同様に案じられたからだろう。
シャードール公はそのまま、アギールの民の一人として受け入れられた。ラーフェドラス王国の将軍を務めていた彼は、そのままアギール族の戦士として将軍職を与えられ、ファイサドという名を名乗ることとなった。
そして、アーレンディラ姫は、ヴァルのその容姿に興味を持ち、いつしか遊牧へとついて来るようになった。
「我々は、サルディスカン族の族長に会いにいくところだ」
ファイサド将軍はヴァルに云った。
「今夜は、我らもここで野営しよう。
お前達もそのほうがいいだろう。食料が多少ある。西方の干果実が手に入ったので、あとで少し分けてやろう」
ファイサド将軍の隊と合流して野営する。
十日ほど前に一族の本拠地を出発してより、ひさしぶりに他の者の姿を見る。将軍の隊も、アーレンディラ姫の歌や舞いに盛り上がり、楽しい一夜であった。
早朝、将軍は出かける前に、ヴァルに剣の稽古をつけた。
「まあ、護身用には充分だろう。大分、腕を上げたな。だが、人数が多い時は逃げろ。お前はまだ子供だ。無理をしてはいけない」
それなりに、上達を評価してもらえたようである。
「最近、バルシア族が縄張りを広げようと戦をしかけてくる。
だから、あまり南のほうに行くと、戦に巻き込まれるかもしれない。注意しろ」
そう言い残すと、将軍はサルディスカン族の縄張りに向かって隊を進めた。