楽園はキミのナカにあるのに、未だその秘境を蹂躙することが出来ない僕は弱虫なのだと思う。
拝啓、愛しの息子シャルルへ
王立学院の生活も残すところあと僅かですね。アナタが家に帰ってくるのを、母は待ち遠しく思っています、お部屋はずっと使っていた2階の東向きの部屋が良いかしら? 一応掃除はさせておきますが、あの部屋今のアナタでは少し小さいかもしれませんね。新しく書斎を作るにせよ、書棚と執務机は家具職人と相談ですね。アナタが相談するのよシャルル、アナタの書斎なのだから。なんでも母に頼ってばかりではいけませんから。ただ、一応、母の方でも色々とデザインを考えておいてあげましょう。
ところで、先日マダム・シェルスキーのサロンで例のあの子と会いました。ご丁寧にご挨拶いただきましたが、どうにも大きくなったのは余計なところばかりでオツムは空っぽのようではないですか。王立学院での数年間は彼女を淑女にはしてくださらなかったのね。
シャルル、女の子は他にもたくさんいるのよ。
最近サロンで知り合うお嬢さんたちなんて、とても可愛らしいの、アナタが家に帰ってきたら、母が本物の女の子たちを紹介して差し上げます。
楽しみにしていてください。
追伸
このことはお父様には内緒ですよ。
母上、ご心配には及びません。
僕は既に本物の女性に出会っています。
淑やかで奥ゆかしく、可憐なその人は
今、共に箱に閉じ込められ僕に臀部を押し付けています。
「あ、あぁっ、バスティーユさまっ、申し訳ございません! ごめんなさい!」
アネットが声を震わせながら身悶えると、彼女の薄い尻が僕の顔から喉元へとずり下がって、思わずプハッと息を吐いた。
アネットの顔が青ざめる。
「ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
「いい……気にしないでくれ」
(この世の天国かと思った)
僕の両肩にはアネットの足が乗って、腹の上に仰向けに細く小さい身体が、そして太ももの上に灰色髪を乱して散りばめた乙女の頭がある。
なぜこうなっているのかと言えば、トラブルモンスターにして最嫌悪対象殿堂入り、理性を胎内に置き忘れた社会不適合者、オディスティーヌ・オグマイアスと、王立学院を視察に訪れた大公閣下のせいである。
こともあろうに神聖なる学舎に猫などというケダモノを連れ込んだ大公閣下が、こともあろうにケダモノの世話をオディスティーヌに頼んだ。
あとは言葉にするのも阿保らしくなる顛末で、とにかく動物の繊細な機微がわからないオディスティーヌのせいで猫が大暴れの末逃走し、学舎裏の物置小屋の2階に逃げ込んだと思ったら、暴れたせいで床が抜け、連れ回され巻き込まれたアネットを、二人を追いかけた僕が咄嗟に庇って今に至るというわけだ。
「バスティーユさま、お怪我は……?」
「ああ、心配ない。キミはどこも怪我をしていないかい?」
「はい、おかげさまで……」
追いかけてきてよかったと心底思う。
本当は大公閣下に顔を売る為にケダモノの捕獲に乗り出したが、僕が庇って一緒に落ちなければアネットは骨を折っていたかもしれないし、最悪死んでいる。
空箱が降ってきたのも不幸中の幸いだ、おかげで彼女に瓦礫が降り注ぐこともない。
「アネット?! アネットどこ?!」
箱の向こうからオディスティーヌの声がする、生きていやがったかクソ女。
「オディスティーヌ! 私はここよ! バスティーユ様が助けてくださったの!」
「シャルルが!? アネットに変なことをしていないでしょうね?!」
「ご心配をありがとう婚約者殿。動けるならキミは猫を追え! 今のでもし死んでいるようなら似たような猫を下町から連れてこい!」
「アナタって本当に最低ね! あっ、いた! アネット少しだけ我慢していて、すぐに助けに戻るから!」
そう言って、「お待ちなさい!」と雄叫びを上げ、オディスティーヌは足音荒く駆けていった。
(さて……どうするか)
冷静になってくると、背中に鈍痛が生まれてきた。少し身じろぐだけで痛むが無理が出来ないほどじゃない。
僕達をすっぽりと覆っている箱をどかそうと腕を動かすと――
「ひゃんっ!」
アネットから聞いたこともない声が聞こえた、腕が彼女の脇腹を擦ったのだ。
思わず薄暗い箱の中にいる彼女の顔をみると、落ちたときの衝撃でめくれ上がったスカート、その中からチラ見えるシュミーズ、そして下着……
「み、見ないで!!」
「見てはいない!!」
咄嗟に目を逸らす。
アネットがスカートの裾をたくし上げたけれど、まったく効果がない。
なんといっても彼女の両足は僕の両肩にそれぞれ乗っていて、尻の位置は僕の胸元で、見てくださいと言わんばかりの体勢なのだから。
(見た、見てしまった……女の……)
たった一瞬だけれどバッチリと。
網膜に焼き付いてしまった。
心臓が痛いほど逸る、血流が活発になって背中の痛みが増した気がしたけれどそれどころじゃない。
最高のアングルで彼女の細く白い滑らかな肌をした太ももと、その先の女の園のベールを見てしまった。
小刻みに腹の上のアネットから振動が伝わってくる、きっと羞恥で震えているんだろう。その顔も是非拝みたい。
「ア、アネット……その、顔を動かしてもいいだろうか。首が痛むんだ」
「ぇ、え? あの、それはっ」
「僕も紳士だ、首が今にも落ちてしまいそうな激痛に苛まれることなんて何ともないが、親からもらった身体は大事にしたい」
「……ぅ、は、はぃ」
消え入りそうな了承に胸が高鳴る。
そっと顔をもとの位置に戻すと、薄暗い中でズレた眼鏡の奥で、涙を浮かべる濃いアメジストの目と、恥ずかしさで真っ赤に染まった乙女、そして太ももと丸見えの下着がワンセットで眼前にあるではないか。
ドクリと心臓が凶悪に喜ぶ。
「ぁの、あの……」
恥ずかしいのか、目を閉じてグズリと鼻をすするアネットが愛おしい。
絶景とはこのことを言うのだろう、彼女の奥ゆかしい部分が薄衣一枚を纏って僕の前に晒されている、少し身体をずらせば、きっとまた顔面に天国が味わえる。
「く、首は……首はいかがでしょうか?」
「ああ、大分楽になったよ」
呼吸を整えるフリをして大きく息を吸うと、それにすらビクリとアネットが震える。僕の腹の上だというのに羞恥を味わっていることを隠さない可愛らしい反応。
(匂いが濃い)
肺を満たす空気の中にアネットの香りがする、少しの汗と甘酸っぱい匂い。アネットの体臭そのものが、この小さな空間を満たし、なおかつ分泌され続けている。
(この匂いの元は……アソコなんだ)
この、大公開されているスカートの中身。可憐で神秘の女の園、下着という頼りない布を隔てたあの向こうの香りが僕に届いている。
(嗅ぎたい、直接……)
顔を埋めて深呼吸したい。
グズグズと下腹に熱が集まりだす、駄目だ、我慢しろ、絶対に駄目だ。
理性ではわかっているのに、腹の底では灼熱の炉が急速に出来上がっていく。腹の上に乗る彼女の心地よい重さ、温もり、伝わってくる微細な震え、すべてが僕の野蛮な性衝動を搔き立てる。
「はぁ」
「ひっ」
興奮を抑えるためのため息にすらアネットは怯えた、煽っているんだろうか。僕に手を出されると期待でもしているのかもしれない。
「アネット」
「は、はい」
「触れてもいいだろうか?」
「ふっ、へ? な、なぜ?!」
「キミと絡み合ったままだと、この箱をどけられないだろう。僕はこのままでも一向にかまわないが、淑女が長居するにはこの空間は適さないと思う」
「はひ……」
なんだその返事は、呂律が回っていないのか。もっとあられもなく喘がせてやろうか。ヒィヒィ言わせてやろうか。
「キミの許可が欲しい」
僕へ、キミに触れる許しをくれ。
僕のキミへの欲に慈悲を与えて欲しい。
沈黙が訪れる。
アネットの心中は測れないが、理性と貞操そして現状を長々と天秤にかけたあと、小さくコクリと頷いた。
(ああ、アネット! アネット! なんて……!)
淑やかでいて淫ら、奥ゆかしくも猥りがわしい。
丸ごと……頭のてっぺんからつま先まで、もちろん薄布の向こうの生々しい生命の揺り籠まで全部舐めまわしてしまいたい!
「……んっ」
両肩に乗る細いふくらはぎを掴むと、アネットは小さく声を漏らして目を閉じた。靴下越しだというのに、ふくらはぎは甘えるように僕の指に沈む。柔らかくも細い足はこのまま力を入れれば折れてしまうんじゃないかというひ弱さで、それが僕の腹の底で高温に熱された炉にまた火をくべていく。
「あっ」
ゆっくりと折るように彼女の足を畳む、膝や関節の可動域が思った以上に柔らかい。喉を鳴らしながら、時折漏れるアネットの小さな恥じらいの声を逃すまいと息を殺す。心臓が壊れた玩具のように胸の中で狂い暴れている。
「ん、ぁ……バスティーユ、さま」
「シャルルと」
アネットの折りたたんだ両足を少し開かせると、スカートとシュミーズがパサリと細腰の上に落ちてむせ返るほどの芳香が鼻腔を満たした。
「シャルルと呼んで」
「ぇ、でも……」
「呼ぶんだ」
何もかもが僕の目の前にあった。
陶酔の極地、甘露と禁断を煮詰めて人の形にしたモノがきっとこの娘なんだ。
「シャルル、さま」
ああ、素晴らしい。この世界はなんて素晴らしいんだ!
アネットの膝頭が彼女の腹に付くほどに折りたたみ、見えた景色は楽園だった。
箱の中には一切の倫理も道徳もなく、ただただ恥じらいと欲望だけがみちみちと満ちている。
こめかみから汗が伝う。
それが天が定めた力場の流れによって滴り落ち、アネットの太ももの上で弾けた。
「ひぅっ」
限界だった。
僕の分泌物を受け止めて肌を震わせる女が、
僕の分泌物を受け止めて恐ろしいと啼く女を、
恥らいながら僕の名を呼ぶ女に――
「アネット」
こんなにも心が冴え渡ったことはかつてない。
「キミは僕にとって、特別な女性だ」
後戻りはしたくない。
僕達を外界から隠す箱をどけるのはそれほど難しいことではなかった。両腕で頭上の箱をどかす時に、上に乗っていただろう少しの瓦礫と割れ物が落ちる音がした程度で、僕一人でもなんとか持ち上げられる程度の重量。
箱から出てようやく現状を視認することができた、二階部分が丸々と底抜けてしまった物置小屋の惨状をみれば、本当に不幸中の幸いにして僕一人が背中を打ち付ける程度で済んでよかったと思えるほど、あたりは尖った木板や梁の瓦礫と粉々となったガラクタで足の踏み場もない。
オディスティーヌはよくこの中で無事だったな。
「足元に気をつけて、手を」
紳士として当然の嗜みで、僕にも女性を敬う行動は勿論とれる。それは誰であっても……オディスティーヌは別にして、好いた人であろうとなかろうとこういう時は男がエスコートするべきで、女性はそれに応えることが礼儀なのだ。
それなのに、僕が伸ばした手をアネットはとらない。
乱れた灰色髪を直しもせず、溶けてしまうんじゃないかというほど頬を赤くして、居心地悪そうに途方に暮れている。
「あの、ぁ……バスティーユさま、あの……わたっ、わたし、わたくし、はっ」
「シャルル、と呼べと言ったが? 何度も言わせるなんて、子爵家のご令嬢は侯爵位の家格をなんとお考えか?」
「も、ももも申し訳ございません! シャ、シャルル……さま」
お利口となったアネットに再度手を伸ばす、今度は彼女がもっと取りやすいように柔らかく指先を広げながら。
「では、行こうか。我が婚約者殿のご友人」
クスリと笑いが零れた。嘲笑いやからかいではなく、少しの罪悪感からだ。
僕が彼女を呼ぶいつも通りの呼び方にアネットはホッとした様子で、それでも恐々と僕の手を取った。
素肌が重なる。
手が触れるだけで身体中に歓喜を掻き立てられるのは彼女だけだ。
小屋から出ると、オディスティーヌと猫の格闘はまだ続いていた。今度は木の上に登って何かをしているらしい。猫と野蛮人の捕り物を見つけたアネットは僕の手を事も無げに放してしまった。
「オディスティーヌ! 待って! 危ないわ! ねえ、待って……きゃああああああ!!」
猫と一緒にオディスティーヌが木から落下した。頭でも打って死んでしまえばいいのに、当然の如く華麗に着地した女にアネットは大慌てで駆け寄っていく。
母上、僕は本物の女性を知っています。
その人は可憐でお淑やかで臆病なくせにトラブルの主を恐れない、柔らかく脆い身体を持ちながら強烈な誘惑を放ちつつ貞淑でいる、残酷な女性です。
だから僕も残酷になろうと思う。