舌先でキミの耳介をなぞって形を確かめたいけれど、我慢できずに噛みきってしまうかもしれない
オディスティーヌ・ル・オスマヌスは望まぬ婚約をされている可哀想な侯爵令嬢だ。
彼女の未来の夫であり現婚約者の僕シャルル・バスティーユは冷酷無比、傍若無人、傲慢無礼、拝金主義、顔だけ男、ド屑……
まあ全部彼女が僕に投げつけた言葉だが、とにかく酷い男らしいので別れてやろうと画策したことも百や二百では足りない。
池に落としたり、乗馬中の馬に悪戯したり、彼女の比較的仲の良かった連中を裏から手を回して疎遠にさせたり、僕なりに彼女に嫌われる努力をしてきたのだ。
もちろん僕も彼女を嫌っている、出会った時から大嫌いの極致に吹っ切れて、これ以上は頭打ちってレベルで嫌いなので嫌がらせは嬉々として実行してきた。
何かするたびに「アナタって最低」「大嫌い」「ヒトデナシ」「アナタと結婚するよりナメクジに嫁いだ方が幸せ」と順調に嫌われていったにも関わらず「婚約破棄する」という肝心の言葉は一度も引き出せないまま今の今まで手をこまねいていたが、もうそんな期待を持ち続けるには僕の忍耐は限界かもしれない。
「あら、シャルル。おはよう、ではごきげんよう」
もうこの女、ぶっ殺してやろうか。
「さあアネット、しっかり掴まって。アナタって普段も何もないところで転ぶのだから」
「う、うう……ご、ごめんなさいオディスティーヌ……前が全然、見えなくて」
あろうことか、我が愛しのアネット嬢の手を取り、腰に腕を回して抱き寄せながら寄宿舎から学び舎へ続く煉瓦道を歩いていたのだ。
(殺す、殺してやるっ、僕のアネットにそんな羨ましいこと…………ああ! アネット!)
よたよた恐々と歩いてオディスティーヌとしっかり手を繋いでデカパイに圧迫されて辛そうにしているアネットが! 遮る眼鏡のないつぶらな目を不安そうに歪めている! 僕のせいで!
(さっそく彼女の素顔を見れてしまった)
昨日、というか昨夜妄想しまくったモノがこんなに早く拝めるなんて、僕の日頃の行いの賜物ではなかろうか。
(可愛い、なんて愛らしい! ああ、見ているだけで勃っ……)
抑えろ僕、万が一でもオディスティーヌにバレたら変態の烙印を押されて二度とアネットに近づけなくなる……ああ、でも僕が劣情を催していると知ったアネットの顔も見てみたい。
僕の葛藤なんて露知らない二人は亀もせせら笑うような歩みでノロノロと前進……いや、していないな、これ。
「アネット大丈夫よ、いつも歩いているじゃない。怖がらずにいつもどおり、このままじゃ学校に付くのが夜になってしまうわ」
「でも足元がぼやけてよく見えないの、貴女の顔もこの距離じゃないとわからなくて……」
「困ったわね、一体眼鏡をどこに落として来たっていうの」
アネットは口を噤んでキュッと眉根を寄せた。
……僕が眼鏡を持ち去ったことをオディスティーヌに話していないのか。
きっと親友とその婚約者がこれ以上仲違いしないように、彼女なりに考えぬいた結果なのだろう、無駄ないじらしさにときめいて胸を押さえた。
教えてあげたい、キミの眼鏡なら僕の右胸のポケットで眠っていると。昨夜はとても無理をさせてしまったから大事に抱いているんだよ。
ああ、でも……そんなことも知らずにキミは……
「きゃあっ!」
「アネットォ!?」
アネットの細い身体が煉瓦道にべしゃりと転がった。見間違いでなければ右足と左足を同時に出そうとしてバランスを崩し転倒したのだ。眼鏡が無いだけで歩行すら困難になるほどの低い運動能力の発覚に、身の内で抑え込んでいる興奮が暴れ狂わんとしている。
(これなら難なく監禁できる……!)
こんな、いつも歩きなれたつまらない学校への舗装道ですら歩けないのなら、目隠しをして攫って見知らぬ屋敷に閉じ込めたらどうなるのだろう。堅牢な檻や鍵など必要なく、出入り口の玄関にたどり着くこともできずに一生を終えることになるんじゃないか?
這いつくばってメソメソと泣きながら僕の名を呼んで助けを乞うアネット。
(見たいっ、いや、見よう。いつか必ず……! そうだ、新婚旅行の遊戯に加えよう)
2人きりの屋敷の中で僕の声や手拍子を頼りに手を伸ばすアネット。
「ねえ、旦那様どこにいらっしゃるの?」
「ははは、ここだよ僕の乙女妖精、掴まえてごらん」
……いいじゃないか。
目隠しもしていないのに目隠し遊戯……実によろしい。
将来の僕達の蜜月の過ごし方がまた増えた。アネットと新婚旅行でやりたい遊びはたくさんある、フォンテーヌ湖畔のサマーハウスに行って裸で湖水浴をさせたり、狩場にしている森の廃教会の祭壇に身動き取れずに泣いて漏らすまで縛りつけたり。
「ぅう……ひぐっ、痛い……」
「アネット立てる? ねえ、アナタこのままでは命が危なくてよ。新しい眼鏡が手配できるまでお休みしなさいな」
「でも、休むと先生の課題についていけなくて……私、要領が悪いから……何日も休んだら落第してしまうわ」
名案だ! その手があった。
思わず手をポンと叩きそうになってしまうほどの閃きに心が湧きたつ。
女子にも教育と教養を、という流行りに貴族たちは一門の子女をこぞって教育機関に突っ込んでいる。私立、王立問わず学校や学院を卒業というのは今や身分ある令嬢たちにとって大事なステータスとなっている。
そんな流行に乗り遅れ、落第したとすればアネットの実家は赤っ恥だろう。彼女は学院にも実家にも身の置き場が無くなって……そこを僕が助け船を出す。女性の学者の伝手があるとでも言って僕の屋敷に呼びだして通わせよう! そうすれば……
僕が助ける→アネットは感謝する→アネットが僕を好きになる→アネット、オディスティーヌに相談する→オディスティーヌ親友恋の為に婚約破棄をする→僕とアネット結婚!!!
(まさか眼鏡を盗ったら本体までついてくるとは)
人生のチョロさに高笑いしそうだ。
「でも、アナタ今朝から転んだりぶつかったり……私、本当に気が気じゃなくてよ」
オディスティーヌは転んだアネットの手を取りながら僕相手には一片たりともみせたことのない慈愛をたっぷり面の皮に浮かべて言った。
「勉学も大事だけれど、アナタが怪我をしているのを見るのは耐えられないわ」
僕はずっと見ていられる。弱って息も絶え絶えとするアネットはきっと極上の甘露だろう、傷がついたというならその全てを口づけで愛撫する。
僕の唇が押し当てられた傷口の痛みに苛まれる彼女を想像しただけでよだれが零れそうだ……それも結婚後のお遊びに加えようか。
地べたから起き上がらないアネットたちを同じ学び舎の下衆共が好奇の目で見ては通り過ぎていく、困り果てている可憐なる淑女を助けないのは、その淑女を助け起こしているのが淑女の擬態が上手い獰猛猿だからだ。
王立学院で学ぶ者であるならばアレが普段からどんな奇想天外で野蛮な振る舞いをしているのかよぉく知っている。
おおよそ貴族の尊厳も立場もわきまえない言動、淑女と紳士の境界線を土足で踏み荒らし、キーキーと喚きながら世間知らずの理想論で周囲に多大なる被害をまき散らす獰猛猿には、近づかないことが最も賢い選択なのだ。
「ねえ、アネットお休みをいただきましょう。課題なら私が手伝うわ、でも怪我や痛いのは無理なのよ。お願い、さあ立って。寄宿舎まで送るわ」
「……私」
「アネット?」
「私、嫌なの。貴女と一緒に卒業したいのよオディスティーヌ、自分の力で……いつも貴女に迷惑をかけて守ってもらってばかりだから、せめて勉強だけは自分の力で……」
「アネット……!」
ぐあああっ! 天使! なんたる天使!! 守りたいその健気さ! ああ、今すぐ僕がキミの助けになることができたなら! この胸に抱く眼鏡を返す以外でキミの助けになれるならなんでもするのに!
「きゃあああっ!」
悶絶していたところにアネットの悲鳴を聞こえて顔を上げた。
「?!」
は? はああああ?!
「え? え? オ、オディスティーヌ?? はぇ?」
アネットが目を白黒させて顔を真っ赤にしているのも無理はない。
「アネット! 貴女の想い! 受け取ったわ!」
オディスティーヌが僕の天使を横抱きにして立ち上がったからだ。悲劇の恋愛オペラで男が女を抱いて連れ去る定番の逞しい抱き上げ方に、道を歩いて無視を決め込んでいた学院の令嬢たちが黄色い声を上げ始める。
「オディスティーヌ! おろしてっ、無理だわ、重いから」
「何言ってるの、貴女とっても軽いわ。羽のようじゃない」
「えええ?!」
「さ、行くわよ! 遅刻したくないならしっかり掴まって!」
「わっ」
タッと駆け出して、制服のスカートの裾を翻しながらオディスティーヌはアネットを横抱きにしたまま学舎への道を駆けて行った。
(な、な、何してるんだあの女!)
なんて羨ましい、いや、余計なことを。お前の役目はアネットを寄宿舎まで届けることだろうに!
(…………羽みたいに軽いのか)
僕だって、いつか……くそっ。
それから今日一日、アネットを抱き上げて学院内を移動するオディスティーヌを幾度となく目にすることになる。
女二人でオペラの真似事か、何か新手の新しい遊びかと好奇の目にさらされつつも、オディスティーヌはアネットを抱えて歩くのをやめなかった。
その結果……
「ああああっ、オディスティーヌゥ、ごめんなさい私のせいでぇえ!!」
一日のカリキュラムの最後、男女混合の天文学の講義を終えたころにはオディスティーヌの体力は尽き果てていた。
「だ、大丈夫よアネット……これくらい……」
「無理よ、貴女両手の力がもうないじゃない。両足だって産まれたての子鹿みたいに震えているわ」
確かにとてもじゃないがアネットを抱くことも背負っていくことも無理だろう。ましてや天文学の授業は東棟の最上階で行われていたのだ。
「でも……じゃあ、どうやって貴女ここから降りていくのよ、私がいなかったら転がって下につく頃には人の形をしていないかもしれないのよ。イヤよ親友が肉団子なんて」
「それは……」
オディスティーヌの言う通りだった、同じ授業を受けていた学友は好奇の目は向けつつも誰一人として手を貸そうとしない。
それどころか、面白半分に賭け事の対象にしているほどだ。
(…………僕もキミが肉団子は嫌だよ)
「おやおや、もうへばったのかい?」
講堂から誰もいなくなったのを待って、へこたれている2人に声をかけた。ビクッと怯えるアネットと潰れた蛙のようなうめき声をあげるオディスティーヌ。
「今アナタの相手をしたくないわ、消えてちょうだいシャルル」
「今朝からのキミのご活躍ぶりに僕も失笑を禁じえなかったよ、ほうぼうからキミは本当に女性なのかと問われてね。仕方ないから、アレは未開の原始人を目指しての訓練だと答えておいた。卒業したら冒険船に乗って新大陸に移住して二度と帰ってこないでくれ」
「お皮肉をどうも、さっさと消えて」
「ですがね淑女たち、お困りだろう?」
オディスティーヌからアネットに目配せをしてウインクすると、彼女は青ざめて硬直してしまった。
「手を貸そうじゃないか」
「はあ? 頭でも打った? アナタが私を助けるだなんて明日は世界が滅亡するのではないかしら」
「婚約者殿の奮闘に胸打たれてね、力になりたいんだ」
「嘘をおっしゃい、アナタが善意で何かするはずないわ」
「だろうね。実は賭けたんだ、キミは最後まで友人を抱えきれない。最後の授業は昇れても降りで根を上げるだろうってね。そうしてくれれば950フラン僕の総取りになる」
オディスティーヌはギッと血走った碧眼で僕を睨みつけた。賭け事の対象にしたことにか、それとも不正に勝ちを取りにきたことに怒っているのか、多分両方だろう。
「最低な男ね」
「キミに嫌われて嬉しいよ。で、どうする? 僕に手を取られて寄宿舎まで送られたいか?」
「死んだ方がマシだわ」
「決まりだ、キミは自力で帰れ。アネット嬢は僕がエスコートしよう」
「え?!」
僕らの罵り合いはいつものことだと、関わらないように存在を消していたアネットは想像もしていなかっただろう僕の提案に子ウサギのように飛び跳ねた。編み込んだ灰色の髪がぴょんと揺れて可愛らしい。
オディスティーヌは了承しなかった、胡乱な目に猜疑心をぎらつかせて僕の真の目的を探り当てようとメデューサもかくやな眼差しで警戒をあらわにしている。
「あのっ、バスティーユさま……わ、私は一人でも平気です。だからオディスティーヌを」
「駄目よアネット、アナタ本当に死にかねないわ。昼食の時なんて、見えてなくてサンドイッチと自分の手の区別もついていなかったじゃない」
「あれは……でも、味が違ったからちゃんと自分で気が付いたでしょう? 大丈夫よ」
結局噛んでしまっているのだから大丈夫とは言えないだろう。思わずアネットの手に噛み痕がないか探してしまった……歯形を知るチャンスだったが顎の力はそこまで強くないらしく、彼女の手も指先も繊細で美しかった。
「さっさと決めてくれないか。僕の950フランに協力するか、一晩ここで過ごすか」
オディスティーヌはブスくれた顔をして渋々、本当に渋々と帰り支度を始め出した。
「……アネット、ごめんなさい。私アナタを下まで抱えて降りられそうにないわ、正直2人で転げ落ちる不安しかないの」
「オディス……」
「棟の出口で待っているわ、階段さえ降りてしまえば二人で手を繋いで帰れるもの。シャルル、アネットをお願いね、怪我をさせたら許さないから」
「もちろん、女性の扱いは得意さ。知っているだろう」
「どの口が!!」
体力はからっきしでも気力は少し戻ってきたらしいオディスティーヌは再三の念を僕に押すことを忘れない。その間もなんとかして口を挟もうとしていたアネットだったが、彼女の言葉を遮るのなんて小鳥の首を絞めるよりもたやすいことだった。
「いい? 急がないで、ゆっくりでいいから。一段一段しっかり降りてくるのよ」
「キミこそ早く動け、背中が近くにあるとうっかり蹴り飛ばしてしまうかもしれないだろう。僕の足が長いせいで」
オディスティーヌは苛々と舌打ちすると獰猛猿にふさわしい無礼なジェスチャーを残して、フラフラと講堂から出ていった。
残されたのは僕とアネット2人きり。
天文学の講堂は空がよく見えるように設計されたドーム状の硝子天井で、夕方前の濃い太陽がひとときの静寂に差し込んで特別な雰囲気を醸し出していた。
(静かだ)
チラリと見下ろしたアネットは講堂の座席に座ったまま、ウンともスンとも言わず凍りついていた。息をしているのかさえも疑わしい緊張の極致に包まれている。
それはそうだろう、何故なら昨日同じような時刻にこのような事態の原因を作った男と奇しくもまた2人きりになってしまったのだから。
ふっ、と腰をかがめてアネットに身を寄せると小さな身体がビクッと震えて身をのけぞらせた。
「バ、ババババ、バスティーユっ、さま?! な、なにを?」
「顔が見えないと不安だろう」
「ひぇっ、そんな! 大丈夫です!」
識別はできなくとも、今隣に誰がいるのか彼女は重々承知しているのは僕にだってわかってる。でも、昨日の今日でこんなに近くで彼女の裸眼を見つめることができるだなんて幸運をみすみす逃す手はない。
(綺麗だ)
困惑を浮かべたアネットのつぶらな目に僕が映っている。
(瞳の色は黒だと思っていたけれど、よく見ると虹彩に紫が混じっているのか)
研磨されていないアメジスト色だ。未加工未洗練の原石だけがもつ可能性が彼女の瞳には宿っている。
「いつもしている丸眼鏡はどうしたんだい?」
「……っ?!」
青ざめていたアネットの顔が怯えに怯え、蒼白になっていく。少し意地悪な質問だったかもしれない。昨日、彼女は寝たふりをしていたのだから当然、犯人が僕であることを分かっている。
それを誰にも言わずにいたのは、僕がオディスティーヌの婚約者だからか……それとも僕の窃盗の罪をかばってか。
「落としてしまったと聞いたけれど心当たりはないのかな?」
「そ、それは……」
怯えて竦む小さな身体に、朝方抑え込んだ興奮が再燃する。
「もしかして盗まれた、とか?」
震える肩が堪らなく愛おしくて、逃げられないように座席の背に手を回し僕の身体で彼女をすっぽりと包み込んだ。
「どんな眼鏡だったかな。確か丸くて……」
上手く見えないらしいアネットも気配で自分がどうなってしまっているのか分かったのだろう、身をよじらず、息を殺して益々小さく萎縮してしまっている。
「銀のフレーム」
腕の中に囲んでいる少女の存在が嬉しくて、美味しそうで、堪らず舌なめずりしてしまう。
「こめかみの、丁番の近くにイニシャル、とか?」
今日もまた、キミの匂いをこんなに近くで嗅げるなんて嬉しいよ。
(味見くらいなら……)
眼鏡を盗ったことを不問にしてくれた優しいアネットだ、頬を齧っても許してくれるかもしれない。
(ああ、俯いてしまって瞳がよく見えなくなってしまった)
もっと僕を映して欲しかったのに、なんて恥ずかしがり屋さんなんだろう。
愉悦が止まらない。
ゆっくりと屈んで、目を覗き込めない代わりに唇を耳元に近づけた。灰色の横髪が頬を撫でて、吐息が肌の産毛を湿らせられるほどの近さに、心臓が爆発しそうだ。
「アネット」
可愛い、柔らかそうな形のよい耳に最高に愛おしい獲物の名前を吹き込む。アネットの鼓膜を僕の声と吐息が支配しているのだと思うと背筋がゾクゾクした。このまま耳の穴を舌で犯してやったらどうなるだろう、耳朶にしゃぶりつく音を脳に直接聞かせてやったら、悲鳴を上げて泣くかもしれない。
「顔を上げて」
はっ、はっ、と上がる息を宥めすかしながら乞い願う。
顔を上げてくれないと、このままキミの耳に舌を這わせてしまうよ。大口を開けてはしたなくねぶり、甘噛みして食いちぎってしまうかもしれない。
「顔を、あげろ」
最後通告、背けば今度は眼鏡ではなく右耳を貰うぞ、と含ませて命じると、ビクビクンとアネットの身体が痙攣するように震えた。
恐る恐る、まるで空想上の怪物から逃げるかのように慎重な動作でアネットは縮こまっていた身体をほぐして顔を上げる。
再び僕を見た女の、その頬の血色の良さに腹の底に住んでいる獣が喜びの咆哮を上げた。
「いいこだ」
熟れたチェリーのように赤い顔、さっきまで狙いを定めていた耳もじわじわと赤くなってどこを齧っても美味しそうになっているアネット。羞恥と恐怖と戸惑いでアメジストが混じった黒色の目に小さなさざ波が生まれている。まばたきをすればきっと世界で一番美しい透明な真珠が生まれるだろう。眼球ごと舐めてやりたい……。
「動かないで」
アネットはとっくに微動だにしていなかったけれど、これは僕の思いやりだ。彼女が身じろいでしまったことで、一線を越えたくはない。
胸ポケットから昨日盗んだ眼鏡を恭しく取り出し、永遠の愛の誓いを立てるように厳かに元の持ち主のあるべき場所へかけてやる。
視界の戻ったアネットが目を見開いて僕を見た。
「僕が奪ったんだよ」
「……っ」
「女性があんな場所で無防備に寝息を立てるものじゃないって身に染みただろう」
「あっ! あれは……そのっ」
「今後は気をつけてくれ、キミに何かあったら僕はとても悲しい」
なぜだろう、心からの本心が彼女には言える。
名残惜しいけれど身体を離したら、アネットは戻ってきた眼鏡を確かめるようにかけ直して、安堵を隠さなかった。
「あの、バスティーユさま。なぜ……?」
盗ったのか、返したのか、そもそも何故無防備を窘めるのか。僕はその全てにたった一つの返答で返すことができるけど。
「キミは、僕の大切な……婚約者の友人だから」
きっとアネットは受け止めてくれないから嘘をつく。
「このことは誰にもナイショだよ」
共犯、今はそれだけで満足しなければ。
「さあオディスティーヌが下で待っている」
「あ! そうでした! 大変!」
頬の赤みなんてなかったかのように顔色を戻したアネットは、あわただしく支度をしてオディスティーヌの元へと一目散にかけていく。
(……アネット)
ありがとう。キミが庇ってくれるなら、僕はどんな大罪でも喜んで犯せてしまうよ。
(その眼鏡、昨夜僕が散々に舐めてしゃぶってぶっかけたと知ったらどんな顔するかな)
知らずに無邪気に眼鏡をかける彼女を見て、しばらくは楽しめそうだ。
※950フラン=仮想レート約115000円也。
※獰猛猿の生息地、たぶん萌えがたくさん成ってる密林。
※オディスティーヌの腕力、推しに荒ぶっているときのオタクの瞬発力と同等。
※アネット裸眼の視力、桃鉄100年ぶっ通しでやりまくったときの感じ。
※シャルルの足の長さ、ムカつく程度には長い。
Q、一晩誘拐されていたということですが、どのような扱いをうけたのですか?
A、とにかく最初は驚きました。持ち主からあっという間に引き離されて、気が付いたら薄暗い部屋に連れ込まれていたんです。とても怖くて逃げだしたかったことを覚えています。彼ったら私を自分の部屋に連れ込んですぐに視姦してきたんです。舐めるような目で隅々まで眺められて、恐怖と恥ずかしさでどうにかなってしまいそうでした。そのうちに口を開けて……彼、私を本当に舌で舐めだしたんです!濡れた熱い感触が……人の肉って柔らかいんですね。私にとっても初めての経験で……生まれてこの方、肌にしか触れたことがないものですから。いえ、性癖ではなく私の機能てきな問題もあったのですが、とにかくまさか舐められるなんて……歯ブラシたちの気持ちがよくわかります。彼らは毎日大変な苦労をしてたんですね、私これまでは「朝夜にしか出番がなくていいご身分だこと」なんて見下していたんですけど……いえ好きで見下していたんではないんです。私のポジション的にどうしても上から彼らを見てしまう位置で……だから、とにかく私は……ええ、すさまじい体験でした。普通はベッドにも呼ばれないし、ましてやバスルームにも連れ込まれないでしょう? それが一晩で初めての経験が山ほど……一番驚いたのは彼が裸で……え? ここから先は駄目? なぜ? ええ? 続きは感想欄で質問してくれたらコメント返信で書きますって……ただの誘導じゃないですか! 垢banが嫌だって……そんなこと言ったって誰も感想なんか書きに来ませんよ。大体読み逃げです、そうでしょう?このあとがきだってほとんど誰も読んでいませんよ!ねえそれより、彼が裸で私をベッドの上で……『アネットの眼鏡に起きた悲劇で倒錯的な一夜』から抜粋。続きは感想欄にて(こい! コメントこい!!ネットで公開するやりがいを!くれ!!)