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きっとキミのおでこは少し汗ばんでいて、でもたっぷりとしたお日様の匂いがするんだろう

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。

 僕と結婚してください。



 ふむ、やはりプロポーズはシンプルな言葉にすべきか。彼女もその方が受け入れやすいだろう。


「ま、参った! 降参だ、バスティーユ卿! 貴公の勝利を認める」


 足の裏に伏した敗者が大きな声でのたまった。

 王立学院(リセ)の広場に集まった野次馬(ギャラリー)達からは拍手とヤジと口笛が飛び交い、常日頃から漏れ出ている加虐心を今この時は隠す素振りもなく大いに発揮させていた。


「ああ、失礼。ポルポンヌくん、あまりにもあっけなかったので少し考え事をしてしまった」


 なんて張り合いのない、豚……失礼、豚と比べるのも烏滸がましいゴミ屑、ポルポンヌ伯爵の第一子の男は高貴なる僕の靴に踏まれながらなんとか立ち上がろうと藻掻いていた。


「足を! 足をどけてくれ! 痛くて、頭が割れてしまう」

「何を言っているんだい、ポルポンヌくん。これは決闘だと貴公が言ったのではないか」


 靴底のゴミにも理解できるように爪先に力を込めた。ミチリと血管と頭蓋骨が圧迫される感覚が伝わってきて大変結構なことである。


「敗者に許されるのは死だけだ」


 そも、お前を生かしておく価値がどこにある? 僕のモノに手を出そうとした身の程もわきまえないゴミめ。


 野次馬(ギャラリー)達が俄然と盛り上がった。さすがは栄えある貴族の子息令嬢たち、下衆ばかりで楽しくなってくる。

 ポルポンヌの首が飛んでも笑っていられるかな?


(ああ、きっと彼女なら可愛らしく悲鳴を上げて心を痛めるに違いない)


 想像しただけで鼓動が早まる、恋とはなんとむず痒いものか……。

 

 下衆の誰かが「殺せっ」と笑って叫んで、頭に浮かんだ可愛らしい彼女の悲鳴を上書きする。

 度し難い悪行。

 ああ、そうだ。

 首が無いポルポンヌは家畜の餌にしてその肉を晩餐で下衆共にふるまってやろう。食べきったところでナニを食べて肥えた肉かネタばらしをすれば愉快このうえないに違いない。


「シャルル・バスティーユ!! なにをしているの!?」


 慣れ親しんだ金切り声が、野次馬(ギャラリー)を分け入って神聖な男の決闘の場に乱入してきた。太陽が反射する豊かな金色の髪を振り乱した、我が婚約者殿が白い頬を真っ赤に上気させて麗しのご尊顔を歪ませる。


「彼を解放なさい! 決着はついたのでしょう!!」

「オディスティーヌ、淑女たるもの男同士の決闘に水を差すものではないよ」

「コレのどこが決闘だというの?! ただの殴り合いの乱闘じゃない! アナタたちもいつまで見ているの!」


 オディスティーヌが集まって盛り上がっていた野次馬達を一括する、水を打ったように静まり返った下衆の極み予備軍の子息令嬢たちは、居心地悪くなったのか櫛の歯が欠けるようにポツリポツリと下衆の群れを解いていく。


「ぐはっ!」


 散り散りになる野次馬たちの間から不安そうな顔が見えて胸が高鳴り、思わずポルポンヌの顔面を蹴りあげてしまった。

 


「シャルル!」

「僕が初めた決闘ではない、彼が申し込んで来たんだ。そうだろうポルポンヌくん?」


 そうするように僕が再三けしかけたのは認めるが、名誉を賭けた決闘を申し込んできたのはコイツだ。


「僕は名誉を重んじる男だからして、ポルポンヌくんの為にも彼の命をわが手にかけねばならないのだけれど、それをするなということはそれ相応のモノをポルポンヌくんは差し出さねばならなくなるね。命と同等……ああ、そうだ!」


 まるで今思いついたとばかりに手を叩いてやる。


「修道会に入ればいい! あそこは王立学院(リセ)と兼業できるし、神のしもべとなるのなら僕もよろこんでこの決闘の決着を受け入れよう。どうだろうアネット」

「ひっ!」


 野次馬に紛れるようにして見ていた灰色髪の乙女を振り返ると、乙女は顔をこわばらせて友人であるオディスティーヌに助けを求めるように顔を向けた。その顔には「助けて」と「なんで私に聞いたの」と「怖い」がグチャグチャに混ざり合っていて……


(かっっん、わぃいい!!)


 ギュンと心臓がトキメイた。

 ああ、我が愛しの小動物、子爵令嬢アネット・グノー。今日も地味な丸眼鏡にくすんだ灰色の髪を編み込みで束ねたダサ可愛さを全開にして、小さくビクビクオディスティーヌの金魚の糞を頑張っているんだね。

 今すぐ襲い掛かって喉元に食らいついてやろうか。


「噂にきいたのだけれどポルポンヌくんとアネットは近々婚約するとかしないとか、キミの数少ない婚姻チャンスを潰してしまうことになるがそれでもいいかい?」


 修道会に入ったら姦淫はモチロン禁止で、女子との接触は家族以外禁止となる。当然、婚約の話もお流れだ。

 もちろん修道会入りを了承しなければ、結局はこの場でこのゴミを殺す。

 どちらにしろアネットは婚約できない。

 たた、彼女は恐ろしくてそこまで頭が回らないようで青ざめながらブンブンと首を縦に振った。僕に向かって首を縦に振った! あんなに激しく! 可愛い!


(あああ、アネット可愛いよ。怯えるキミはとっても素敵だ! 今すぐ抱きしめて真ん中分けの前髪から見えるおでこの匂いを嗅ぎたい!!)


 いつか絶対に嗅いでやる。


「決まりだ、ポルポンヌくん。学友達に感謝したまえ」


 鼻血を出しているゴミ屑はうめき声のような了承を口にしながら、我が糞五月蠅い……いや、麗しの婚約者殿の腕の中でガクリとうなだれた。


 当然だろう、王侯貴族の子供たちが集まる王立学院(リセ)、大衆の面前で正式に決闘を申し込み負けてしまった挙句、命乞いをして生きながらえたとなれば社交界でポルポンヌ家は格好の笑いものだ。

 修道会に入って己を鍛え直す、という言い訳を用意してやるのは僕にしては温情的措置で、それは誰の為かというと愛しい我が灰色乙女の為に他ならない。


「アネット! ごめんなさい、次の授業行けないわ。彼を医務室へ連れていかないと」


 糞ゴミ屑を介抱しながらオディスティーヌに言われて、愛しのアネットは自分から小間使いよろしく彼女の鞄を持つと、ほっとしたようにオディスティーヌに微笑んだ。


「いいのよ、先生(マダム)には言っておくわ、あの……ポルポンヌさま……私、気にしませんから」


 敗者に声をかけてあげるアネット! なんて優しいんだ! ああ、やはりポルポンヌはぶち殺してやればよかった!! アネットに慰めの言葉をかけてもらえるなんて羨ましすぎる!


(僕にも『大丈夫ですか?』と尋ねてもらえないだろか)


 嬉しくて絶頂の極みに昇りつめてしまうかもしれない。


 羨ましいゴミ屑であるポルポンヌはアネットはもう眼中になく、自分に肩を貸すオディスティーヌに夢中だった。それはそうだろう、オディスティーヌは学院内でも指折りの美女、おまけにおっぱいがデカい、だいたいの男なら顔がよくておっぱいがデカい勝気な美少女に介抱されればそっちに意識が向く。

 案の定、ポルポンヌはオディスティーヌの顔に見惚れ、胸をチラ見しながら彼女の自己顕示欲のあらわれである偽善行動に感動しているようだった。


「シャルル!」


 デカパイが僕をキッと睨みつける。はずみで胸が揺れ、ポルポンヌは最早釘付けだ。


「このことはお父様にお報せするから!」

「かまわないよ、しっかり手紙に書いておいて」


 それでキミとの婚約が解消できるなら願ったり叶ったりだ。

 鼻息荒くポルポンヌを医務室へ連れていくオディスティーヌを見送って、決闘で使った剣を拾いあげアネットの元へ歩み寄った。

 剥き身の剣を持ったままそばへ来た僕にアネットが怯えて縮こまる。


(可愛い!)


 僕の胸元くらいの背丈しかないアネットが怯えて縮こまると本当に小さくて、一口で丸呑みにできるのではないかと思えるほどだ。心臓と下腹に直撃する可愛らしさである。


「アネット」

「は、はぃ」


 声を裏返して返事をするなんて……思わずキミの喘ぎ声もそんな感じなのかと想像してしまったよ、アネット。イケナイ娘だ、今夜もたくさんベッドの中で想像のキミを汚してあげよう。


「婚約の機会を奪ってしまってすまない」

「……」


 戸惑った表情でアネットは僕を見上げた、丸眼鏡の向こうにあるつぶらな薄茶色の目にニコニコと笑った僕が写り込んでいる。我ながら「すまない」とは露ほども思っていない笑顔だ、本当にこれっぽっちも思っていない。


「決闘を申し込まれた以上、受けるしかなかったんだ。拒むのは男の名誉にかかわる」


 その前に散々ポルポンヌくんの人格や尊厳を踏みにじったことは隠しておこう、都合が悪いから。


「グノーのご実家に謝罪のお手紙を送らせてもらうよ」


 未来の義父に取り入るチャンスだ。


「そこまでしていただくわけには」


 アネットはなんとかどんぐり一粒分の勇気を振り絞って僕と会話を試みようとしている。


「婚約のお話は……あいだを取り持ってくださった大叔母様が少し先走っていただけで……私はポルポンヌさまとはあまりお話したこともなくて」

「そうだったのか!」


 その大叔母様はそのうち毒殺しよう。


「ああ、よかった。キミの心を傷つけてしまったかと心配で……」

「いえ、そんな……私、あの、早めに授業に行かないと、先生(マダム)にオディスティーヌが欠席する理由をお伝えしなければなりませんので、これで」

「僕も一緒に行こう」

「ええ?!」


 アネットは目を白黒させて飛び上がり、編み込みに束ねた髪がぴょんと跳ねた。鷲掴みたい、その髪の毛。掴んで顔をうずめたい。


「あのっ、あのっ、バスティーユさまも医務室に行った方が……」


 アネットが僕の拳をチラリと見て言った。赤く色づいた手の甲、皮膚が向けて血が滲んでいる。決闘の最初の一撃でポルポンヌの剣を弾いてから、自分の剣も投げ捨ててヤツをボコボコに殴ったときにできた傷だ。


「これはこのままでいいんだ」


 どうしても許せなかった。

 道具じゃなくて、僕の手でキミを奪おうとするあのゴミを殺してやろうと思ったんだ。


「誉れだから」


 今はまだ明かせないキミへの想いを証明した傷が、今の僕にとってはかけがえのない勲章なんだよ。


「はぁ」


 アネットは分かっていないようだった、それでいい。


「では行こうか」


 いずれ必ずキミの心と身体に思い知らせてあげるから。


「あの、女子の学習棟は男子禁制です」

「わかっているよ」


 だからあまり可愛いことを言ってくれるな。


「婚約者殿の()()()友人を入り口までエスコートしてもいいだろう」


 今すぐキミに歯を突き立てたくなる。



 僕は護憲元老院議員バスティーユ大侯爵の嫡男、シャルル・バスティーユ。

 王立学院所属、17歳。

 どこにでもいる普通のありふれた、淡く切ない恋に身を焦がす憐れな男だ。





















 

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