05.卒業
【カナ語り→マコ】
蕾をつけた桜は細い枝に薄らと色を纏い春の予感を告げていた。
まだ肌寒いが、そこかしこに春の息吹を感じさせる校舎を巣立ち、先輩が卒業する。
体育館に入ってくる黒い学ランの卒業生たちに贈る拍手で少し手が疲れた頃、先輩が入場してきた。
どんな群衆の中でも必ず目に止めてしまう。
いつもよりキリっとした精悍な顔。少し太めの眉も、意志の強い瞳も、引き結んだ薄い唇も、全て目に焼き付けたい。
短く刈り上げた黒髪が見た目ほど硬くない事を知っている。
あの大きな手が温かい事を知っている。
先輩。先輩の事を思うだけで泣きたくなるぐらい幸せで、苦しいんです。
当時流行ったバスケ漫画の影響で友達となんとなく入部したバスケ部にいた一つ上の先輩。
2年なのにレギュラー入りするぐらい実力がある先輩のプレーは凄かった。
どんどん点を入れる華々しいタイプではなくて、素早いカットや粘りのあるディフェンス、それにシュートする姿勢がとても綺麗なんだ。
特に3ポイントの時は本当に見惚れるぐらいで、僕もあんな風になりたいと思った。
憧れて、憧れて、恋焦がれたのはいつだったのか。
先輩は男で、僕も男で、この恋は絶対に叶わない。誰にも知られる訳にいかない。
バスケに熱中したいから、彼女はいらないって言っていたけど、先輩はモテるからどうなるか分からない。女の子といる先輩を見るだけで胸の奥が痛くて息が苦しくなる。
僕が女の子だったなら、すぐに告白するのに。
両想いなんて高望みはしない。ただ、好きな気持ちが溢れて、苦しくて、この気持ちを知ってもらいたい。
でも、どうやっても、僕は男だから。
先輩に気持ち悪いって言われたら?他の奴にバラされたら?……いや、先輩はそんな事しない。
卒業したら、先輩はスポーツ推薦でバスケの強豪校に行ってしまう。
学力的に同じ高校を狙えるけど、そこは私立だから、受けたいなんて親には切り出せない。
不景気だ、ボーナスカットだ、ってグチを吐いていた両親に、三男の僕が私立に行きたいとは言い難い。
どうしよう。今日を逃したら、もう中々会える機会なんてない。
もう会えないかも。
そう思ったら足が動いてた。
卒業式の後、校庭で別れを惜しむ卒業生たちの中から先輩を探す。
探し回っていたら、体育館の横にある部室の前に立つ先輩を見つけた。
「先輩っ」
声をかけると振り向いて、ふっと微笑んでくれる。
あぁ、やっぱり、好きだ。
先輩。先輩。先輩。
こんなに苦しくて、愛しくて、心の中がぐちゃぐちゃで、泣き喚いてしまいたいぐらい。
僕は、貴方が、好きなんです。
「先輩。僕、伝えたい事があって。僕はっ!」
「ってとこで目が覚めたのよ」
「マジか!続き!続きは!?寝ろ!今すぐ寝て、続きを見て来いっ!」
「もう寝たわ!二度寝どころか四度寝したわ!でも………続きは見れなかったぁぁぁ」
「こんの役立たずめ!続き考えろ!プロット書いて原稿に起こせ!」
テーブルに突っ伏したカナの前で、カナの同人仲間のリカが鬼の形相で机をバンバンと叩く。
あまりにも激しいので、出そうと思ったお茶はしばらく台所に避難させる事にした。
「甘酸っぱいとかアオハル尊い。くそぅ、あそこでスマホが鳴らなければ…」
そのスマホを鳴らしたのは私だが、夢の中の責任までは持てない。
それよりも時間になっても来ないから連絡したのに寝てたとはどういう事だ。それは棚上げか。少しは反省しろ。
「わかりみ。卒業シーズンだもん。義務教育を卒業し、大人に近づく少年たちの危うさは尊みがすぎる」
「一歩大人になった先輩を追いかける後輩とか純愛じゃん。学ランを脱いだ先輩にさらに後輩は更にトキメクんだわ」
「物理的に?やだ、エロい。肌けた学ランから覗く腹筋とか胸筋とか涎でる」
「ネクタイ&ブレザーな先輩と、学ランの後輩。電車で偶然の再会。互いのクラスメイトや部活仲間にヤキモチ焼いちゃったりしちゃったりなんかしちゃったりしてー!?」
「部活内恋愛ありよりのあり!むしろやれ!OBで激励に来る先輩の無自覚な嫉妬。ごっつぁんですっ」
「誰もいない体育館倉庫。いや、部室で襲われろ。ブレザーのネクタイは拘束のためにあると言っても過言ではないっ!」
そんなワケがあるか。と、突っ込みたいが、2人とも聞く耳などないだろう。
悲しいほどに確信が持てる。
「バスケのユニフォームってエロいよね。薄いし、あの脇のチラリズムがたまらん」
「分かる!わかりみしかない。いいわ、アオハル。描いちゃう?描いちゃう?」
「バスケと言えば、王道は◯ラム◯ンク。だが◯子のバスケも捨て難い」
「私は◯ィア◯ーイズも推すね。でも、◯子ならみうみゅーさんたちが描いてたじゃん?合同誌、誘ってみる?」
「オケオケ。◯子ね。萌える。ヤバイ、カプに迷う。推しが多すぎるっ」
「迷うね。固定ありだけど、あっしは一部リバオケですよ。その辺り被らないようにしたいね」
「だね。んじゃ、三舎猫さんとみうみゅーさんには私が連絡するわ」
「じゃあ、私はニーシェさんと薔薇尻可憐さんに連絡するわ」
「よっしゃ!燃えてきたー!」
アオハルと卒業はどこに行ったのか。もはやエロと部活しかない気がする。こういうのをなんて言うんだっけ。本末転倒?竜頭蛇尾?七転八倒?
今にも紙とペンを持って、始めてしまいそうな二人の前に避けておいたトレイをドンと置く。
そのネタ作りは自分んちでやって欲しい。
「とりあえず、お茶飲もうか?」
揃って返ってきた返事に笑ってバウムクーヘンを出した。
マコ「その後、夢の続きは見れたの?」
カナ「見れなかったから、妄想で補完した!」
リカ「なにそれ!ラフでいいから描け!いや、描いて!」