04 ザッハトルテ
【side:マコ】
緊急要請を受けて、叩いた扉の先は未知の世界。…いや、知ってるけど理解が追いつかないカナの部屋である。
築15年のアパートは2年前にリノベして綺麗な部屋だったが、カナが越した翌日にキャラグッズとポスターで飾り尽くされた。
久しぶりに訪れたカナの部屋は、色んな物が変わっていた。最たる物がベッドの横にある祭壇かもしれない。
いわゆるお姫様ベッドみたいな白を基調にした外国製のベッドの横にあるサイドテーブルの上には、カナの一推しのキャラ【蒼井烈】のグッズが飾られている。
缶バッチやぬいぐるみなどで作られた三段ケーキの飾り。その背景となる壁にはポスターとポストカードとクリアファイルが隙間なく貼られ、ケーキの下も下敷きや栞などで埋められ、ケーキの前に立ち並ぶフィギュアとその間に置かれた蝋燭形のLEDが何かの儀式みたい。
そして、天井から吊り下げられたぬいぐるみたち。
「パワーアップしてる…」
その一角から漂う気迫という名の愛が凄まじい。
前よりも確実に範囲を広げている祭壇は、ほぼ毎日進歩している気がする。
ちなみに、蒼井烈とは歌って踊れるアイドルゲームのキャラで、コミック化、アニメ化、2.5次元のミュージカル化もしている人気ゲームだ。
もちろんイベント事は全てカナに付き合わされた。
「あ、座っててー。もうすぐリカちゃんも来るから」
リカちゃんとは、小さい子のお友だちではなく、カナの同人仲間で私たちより3個上の塾講師である。もちろん腐女子だ。
「2人とも空いてて助かったー!」
そう言ってコーヒーと共に持ってきたのは15cm直径のザッハトルテ。
「衝動買いするからよ」
「だって!烈くんがSNSでザッハトルテ好きって呟いてたのよ。これは買わなきゃ!って思うじゃない?」
「でもバレンタインチョコは贈ったんでしょ?」
「運営にも、中の宮っちにも郵送したし、祭壇にも捧げてる。でも、それはそれ。これはこれなの!」
うん。分からないけど、掘り下げても熱くなるだけなのでやめておこう。
「もうさ、烈くんが流綺くんとザッハトルテを食べてるのかと思うと辛抱堪らんというか、妄想が爆発するね。給餌行動の末に熱い夜を過ごすは必然。チョコにも烈くんにも酔うが良い。酔いしれていろっぺー烈くんを前に理性のリミッターを外す流綺くんとか想像するだけで、もう、無いはずのものが立ちそうだよっ」
ノンブレスで噛まないって凄いな。
流綺くんとは同じグループの子で、カナの推しカプである。ちなみに流綺×烈らしい。
「そんなわけで、ザッハトルテを衝動買いしちゃったのよ。悔いはないけど、流石に1人じゃ消費しきれなくて」
そして召喚されたのが、私とリカちゃんらしい。
バレンタインに予定のない女3人でザッハトルテを食べて過ごすとか、世間的には侘しい感じだが、断言してもいい。たぶん、深夜までしゃべり明かす。
私とカナの2人の時でさえ、飽くこと無く過ごしてるのに腐女子のリカちゃんが加われば……結果は言わずもがなだろう。
その予想は見事に当たった。
ピンクのロゼワインを手土産にやってきたリカちゃんとカナが推しカプで揉めたり、流れてくるSNSに感極まって泣いたり、酔い潰れたリカちゃんを介抱したりと、主に私が大変だった。
でも、楽しかったので、まぁいいや。
マコ「さすが王室御用達。うまっ」
カナ「今頃、烈くんも流綺くんとコレ食べながら過ごしてるのかな………はぁ、尊い」
リカ「バカね、こんな時間よ?食べ終えてイチャイチャタイムに決まってんじゃん」