2話
再び意識が戻った時、わたくしの修理は完全に終わっていました。
「おはよう。調子はどう?」
目を開けると、目の前に年若い青年がいました。
癖のある薄い茶色の髪に、鳶色の瞳がわたくしをのぞきこんでいます。
気安い調子で話しかけられて戸惑いましたが、彼はこういう人でした。
「ええ、お陰様でかなり具合が良いようです」
体を起こして、簡単な動作を行ってみます。
日常生活を営むのに、問題のあるような個所はみつかりませんでした。
丁寧にチューンナップしてくださっているようです。
しかしもとがスクラップ寸前の体でした。
いくら手入れをして頂いたとしても完全には元に戻るべくもありません。
それこそ出せたとして全盛期の六割程の力でしょう。
わたくしが全快、と言えないことは青年もわかっているようでした。
「立って、歩いてみて」
どこか不安そうに青年がいいます。
立ち上がると、青年が何を恐れていたのかわかりました。
「右足の調子が悪いようですね」
歩くと、一瞬右足の接続が不安定になります。
足を引きずるほどではありませんが、素早い動作を行うことはできそうにありませんでした。
「ごめんなさい、完全に治せなかった」
「走ることはできないと思いますが、ゆっくり歩けば問題ありません。
治して頂いてありがとうございます」
事実、歩いてみるまで気づかなかった程度の違和感でした。
むしろあそこまで壊れていた体をここまで直した青年に驚嘆すべきでしょう。
礼を言うと、青年は困ったようにうつむいてしまわれました。
「それで、どうするの?」
下を向いたままの青年に返事をします。
「しばらく御厄介になってよろしいでしょうか」
青年が勢いよく頭を上げ、目があいます。
「もちろん、歓迎するよ」
「それで、その、マスターではないマスター、あなたのことはなんとお呼びすればいいですか?」
「マスターではないマスターって」
青年は笑いながら考えるそぶりを見せます。
「では私のことはマヒロと呼んで欲しい。
あなたのことは何と呼べばいい?」
「マヒロ様がお決めください」
「様付けはやめてほしいな」
「マヒロさ、――――ま」
何度か試してみましたが、どうやら元の機能として許可されていないようでした。
「わたくしには難しいようです」
「仕方ないみたいだね。
前のところでは何と呼ばれていたの?」
「ワタリ、と」
「では、ワタリさんと呼ぼうかな」
「かしこまりました。
お心遣いに感謝いたします」
「ワタリさん、一応聞いておくけれど、マスター権限はどうなってる?」
「前のマスターのままとなっております」
「よかった、私に変えられていたらどうしようかと思った」
「それはお望みではないようでしたので」
「ワタリさんはすごいね、その通り。
これからよろしくね」
「よろしくお願いいたします」
そうして人心地ついて見回すと、作業場と思われる部屋の中には様々な機械や部品が雑多に並んでいました。
デスクのすぐそばにはオーガスタの鉢が置かれており、葉にはうっすらとほこりが乗っています。
足元も銅線の切れ端やら、ほこりの絡まった銀色の破片などいろいろなものが落ちていました。
「そうだ、これ執事服」
「ありがとうございます」
自動人形用の執事服を渡されました。
覚えていてくださったようです。
「あの、マヒロ様」
「はい、なんでしょう?」
「差し支えなければ、この部屋を後で掃除してもよろしいですか」
「そんな悪いよ」
「わたくしが見てはいけないものがあるなど、具体的な問題がないのであれば、床を掃き、この施術台を拭く程度のことでよいので是非ともご許可頂きたいのですが」
「ワタリさんは意外と押しが強いね」
マヒロ様はクスクスと笑われながら頷かれました。
「その程度のことならお願いしようかな。
床に落ちているものは捨ててしまって問題ないものばかりだけど、棚の中のものは触らないでほしい」
「かしこまりました」
そうして、マヒロ様の家で新しい日常が始まりました。